第一章 その七 ニュースの爪
夜9時。ドワーフはカウンター席も埋まり、ボックス席も2組ほど埋まる。不景気なご時世にしては繁盛店だと言えよう。
リナッパは「最近指名してくるお客がやたらと乳首を引っ張りたがる」と言う話を隣に座る初対面のサラリーマン2人にケラケラ笑いながら話している。
「ねー!ハナちゃんもリナッパの乳首引っ張りたいー?」
「もう一杯いただいてもいいすか?」
「いーよー♪」
いくら夜とは言えこれが店員と客の会話か。
鳴神が私を睨む。流石に勤務中は私に声をかけるようなことはしない。わきまえているのでは無く、ただ面倒なだけだろうが。
ツユが8杯目のビールを空け、新屋敷に声をかける。
「マスター、ビール。それとさ、テレビの落語、音出さないなら変えてよ。」
今日初めてまともな言葉を聞いた気がする。ツユには見えていないが私は大きくうなづいた。
「なんだよ、落語の所作を見るのがいいんじゃない。」
「そんなん家でやれ。」と一言、ツユはカウンターから立ち上がりリモコンを手に取り、自らテレビ画面を通常の地上波放送に切り替えた。
「・・・は?何これ・・・。」
テレビ画面に映し出されたのはニュース番組。その画面に出ている文字を見てツユは音量を上げた。
「・・・警察は事故、事件両面での捜査を続けており、詳細の発表はまだされていません。では次です、大型ディス・・・」
タイミングが遅く、ツユが気になったニュースは終わってしまった。しかし店内に突如流れたニュースの音声に皆が振り返り、そこに居る全員が画面に出ている文字を読む事だけは間に合っていた。
『コンビニエンスストアのゴミ箱から老人の頭部発見』
そこにいる誰しもが固まっていた。何故なら一瞬だけ目視で確認出来たニュース映像には、『行き慣れたこの街のコンビニが映っていた』からだ。
「え?あれ神明ロードんトコじゃね?」
「嘘、あそこ俺の従兄弟バイトしてんだけど。」
実感の沸かないレベルの緊張が店内を包む。しかしその雰囲気も一瞬だけだった。皆、心配や恐怖よりも野次馬の顔になり、スマホで今のニュースを検索しながらまた酒場の空気に戻ってしまった。
「どう言う事?お年寄りの頭だけが捨ててあったって事?この辺で?」
ツユはあからさまに嫌悪の表情になっている。ふと気付くと一際表情が変わってしまった人物がいた。
「りな?」
ツユに声をかけられてもリナッパの表情は変わらない。今にも泣き出しそうな、吐いてしまいそうな、リナッパのこんな顔は今まで誰も見た事が無かった。
「・・・え?・・・え、・・・シロちゃんだったら、どうしよう・・・。」
リナッパはそう呟くとカウンター席からずり落ちるように床に崩れてしまった。
私と鳴神の目が合う。その空気を新屋敷も感じたのだろう、鳴神にだけ聴こえるように新屋敷が囁いた。
「・・・準備はしとくよ。」
ここに居る人間の中で私と鳴神だけは見えていた。先程のニュース画面、コンビニエンスストアの映像に映る、
『爪の長い鬼』の姿を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます