第一章 その六 いつもの
合計6本の矢を全て避けた鳴神は、バーカウンターに入るなりタバコに火を点ける。
「・・・ふぅ。」
「ふぅ。じゃねえよ。」とツッコむ新屋敷。これがこの店のいつもの風景だ。そしていつも通りの時間に入口の扉が開く。
「いらっしゃいませ。」
新屋敷がいつもの笑顔を向けると、やはりいつもの面子が入ってくる。
「ビールー!」
「ビーールーーー!」
席に着く前にビールをねだる2人の女性客。いつもの如くカウンター席に座ると、それよりやや早くいつも通りのグラスビールが差し出される。
そしていつも通り2人並んで一気に飲み干し、カウンターにグラスを置くと同時に次のグラスビールが出される。冗談では無くこれを毎日同じ時刻に繰り返している。
「ハナちゃーん♡ハナちゃんも飲んでいいんだよ♪」
金髪のセミロングの女性客が成神に酒を勧める。しかしもうこの時点で鳴神はワイルドターキーをロックで飲みだしている。これもいつものルーティンだ。客の払いで飲むのに毎回フライング気味で飲むのだこの男は。
「もういただいてますよ。」
「やーっぱりー♪」
と言ってハイタッチ。毎日毎日よく飽きもせず繰り返せるもんだ。
「マスター、ビーフジャーキーとわさび。」
黒髪のボブの女性客が注文する。あれ?と言う顔で新屋敷が顔を上げる。
「ジャーキーでいいの?豆腐やめたの?」
「豆腐食べ過ぎた、ジャーキーに戻す。」
初めて聞いたら全く理解出来ない会話だ。説明するとこの黒髪の女性客はビーフジャーキーに大量のわさびを乗せて食べるのが定番だったのだが、ビーフジャーキーの噛み過ぎで奥歯が欠け、しばらく豆腐に鞍替えしていたのだ。それはそれで飽きたらしい。
「いやツユさん、極端過ぎねぇ?そもそも奥歯入れたの?」
ツユと呼ばれた黒髪の女は鳴神の質問に無言で大口を開けるという返答方法を用いた。
「まだ入ってねぇじゃん。」
そのやりとりを見て金髪の女性客がゲラゲラと笑っている。と、言うより笑い過ぎだ。盛大に咳き込んでいる。
この咳き込んでいる煩い女性客はリナッパと呼ばれている風俗嬢だ。昼間は介護の仕事をしているらしい。介護の仕事と風俗の仕事の合間にドワーフに来てはいつも大騒ぎしている。童顔で巨乳、元気で明るく、昼間の仕事でも夜の仕事でも人気が高い。新屋敷曰く、
「他人の面倒をみるという事にボーダーラインを持たない天使。」
だそうだ。ちなみにリナッパと言う名前の由来は源氏名の『りな』に英語の『UP』でリナッパだそうだが、そこもよく分からない。
そして黒髪のツユと呼ばれる女性客はタトゥーアーティスト、つまり『彫り師』だ。ドワーフから歩いて2分もかからないタトゥースタジオで『初代彫露』の看板を出している。新屋敷とは20代からの付き合いだと言う話だ。彼女はスタジオを閉めたあと毎晩ドワーフに現れる。
実はダメでクズなバーテンダー鳴神がクビにならない理由の一つとして、この2人の常連客が大いに関わっているのだ。
まずリナッパが連れてくる仕事仲間は、一度来ただけで100%鳴神目当てで通うようになる。この鳴神という男は何故か女から見たら格好良く見えるらしい。
本人は色恋営業をかけているつもりはさらさら無いのだが、コイツがカウンターに立っているだけで女性客のリピート率が高くなるようで、新屋敷曰く、
「ダメ男好き専門の看板みたいなもんだ。」
だそうだ。鳴神本人は金が貰えてタダ酒が飲める以上の思考は無いらしい。
そしてもう1人の常連客ツユ。彼女はそんなリナッパ軍団をつなぎとめる役割を担っている。
鳴神目当てで通うリナッパ軍団も通い続けている内にツユが持つ『かっこいい女性のオーラ』に惚れ込んでいくのだ。
そして夜の世界で働く彼女達は悩みや迷いをツユに相談するようになり、いつしかツユに会う事も楽しみの一つになっていく。
このように『鳴神で女性客を集める』『ツユのカリスマ性で魅了させる』『強固な太客の出来上がり』と言う図式が完成し、その起点である鳴神はクビにならないのだ。新屋敷曰く、
「気が付いたら信仰宗教みたいな感じになってたね。」
だそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます