第一章 その五 ドワーフ
Tシャツ姿の浮遊霊を完全無視しつつ風俗街を抜けると、汚れ気味の都会の川に差し掛かる。お洒落な作りの橋が渡されてはいるが、緑色の川面とそこから時折立ち込める異臭で建築デザイナーの努力が水泡に帰している。
橋を渡るとすぐに最寄りの地下鉄駅が見える。駅を横目にガードをくぐり、右に曲がるとベトナム料理店がある。しかし店先にぶら下がっているのはメキシコの民芸品だ、訳が分からない。その自称ベトナム料理店入口横の階段を降りて地下一階にあるのが、
『Cafe&Bar ドワーフ』
鳴神の勤務先だ。
ステンドグラスが嵌め込まれたドアを開けると店内は予想以上に広い。カウンター席が8席、ゆったり4人がけのボックス席が4つ、壁際に向かい合わせで座るテーブル席が2つ、店の奥にはピンボールが2台。バー営業の割に店内はやや明るく、天井から吊るされた32インチのテレビ画面にはミュートで落語のDVDが流されている。
・・・ミュートにするなら落語を流す意味があるか。
「はざっす。」
仏頂面で挨拶をする鳴神。遅刻を悪びれるそぶりは微塵も無い。カウンター内に居る背の低い男が笑顔で答えた。
「おお、今日も早いなハナイチ。帰れ。」
男は満面の笑みで鳴神にダーツの矢を放った。
「あぶっ!!刺さったらどうすんすか!!」
すんでのところで矢を避ける鳴神。「刺さったらどうする」と言っているが矢はしっかりと彼のドレッドヘアに刺さりぶら下がっている。
「チッ、避けたか。毎日毎日2時間近く遅刻してもクビにしないんだ。ダーツ刺さるくらいの目に遭う事くらいは受け入れろ。」
男はそう言いつつ立て続けにダーツの矢を2本放つ。彼がこの店のマスターの新屋敷だ。下の名前はなんだったか憶えていない。
身長は160cm、体重は80kg。ボストン型のメガネをかけ、髪型はサイドを刈り上げトップはポンパドール。口髭。店名の『ドワーフ』は彼の見た目に由来する。
新屋敷は若い頃この近辺でも有名な不良だった。本人は「断じて不良などでは無い」と言って聞かないが、つけられたあだ名は『スマイリングドワーフ』。10代の頃、路地裏の公園で喫煙している所を警察に見つかり補導されたのだが、その際全身返り血を浴びた状態で笑っていたらしい。その直前に同エリアの救急病院に3人の男が両眼球を潰された状態で搬送されて来たのだが、何故か『事件性無しの事故扱い』で処理されている。後に新屋敷は、
「さあねぇ、よく知らないけどさ。猫蹴ってるような連中、両目潰されたってしょうがないよねぇ。」
と笑っていたらしい。
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