第11話 色づく吐息

行き交う人々が鳴らす足音が少しずつ変わっているのは、夜半過ぎに降っていた初雪のせいだろう。明け方に降り止んだとはいえ、なんとなくではあるが、この初雪は根雪になりそうな気がする。近所の子どもたちが、はしゃいでいた理由は見当がついた。私にも雪に気持ちが舞い上がる、そんな時があったからだ。


SNSの写真。思った以上に気温が上がったことで、日が差す場所に積もっていた初雪は完全に溶けており、少しくぼんだ所には雪解け水が溜まっていた。路面だけ見れば雨上がり後にも見えるが、夜を越えれば水溜まりに氷が張るのだろう。日中とはうって変わって気温が急降下するという予報を耳にした。


年の瀬。世間が慌ただしく動いていくその様は、何度か振ったスノードームのよう。ただスノードームと違う点は、断続的な慌ただしさがここの住人たちにはあるということ。突き抜ける車のヘッドライトが幾重にも折り重なり、半透明の吐息が生まれては消え、刹那に景色の先を惑わせる。


多忙さの波は私にも襲いかかっており、それはタイムカードの退勤時間に表れている。ここに勤めて数年が経ち、そんな師走の目まぐるしさにも慣れていたので、特に何とも思わなくなっていた。一つ一つの仕事が、見えない先にまで繋がる社会の輪の一旦を担う。今、多くの人々が同じ局面にいる。


ある程度は今日の分の仕事における目途がついた。根詰めて業務に向かっていたため、ここで一息と思い休憩室へ。10階の窓を見下ろせば、何人も歩く姿が見える。もう少しすれば、あの場所を歩く私がいるのだろう。今日の分も終わりが見える。もうひと踏ん張り。そう気合を入れデスクへ戻った。


それから数十分、パソコンの画面と"にらめっこ"し、タイピングを続ける。データの入力が完成し、確認を行ったところで今日の仕事が終わった。長く深い息を吐き、椅子から立ち上がった。コートを羽織り、鞄を携えてエレベーターに乗った。別の職場から退勤したであろうスーツ姿の人が、誰かに連絡をしている。


1階まで降り、ガラスの自動ドアの向こう。そこは、私の想像を上回る寒さが漂っていた。さっき休憩室の窓に触れたとき、暖房によって温められた室温とは対照的な冷たさがあったが、これほどの冷気を浴びていれば、あの冷たさにも納得がいくものだ。背中を丸め、私も休憩室から見下ろした世界へ溶け込む。


栞を挟み忘れた小説。ページ数を眺めながら、続きを探すその作業は面倒ではありながら、目に入る文字たちはジグソーパズルのよう。完成したパズルが、それまでのストーリーを断片的ながらも写し出す。キャンドルライトと吐息をすり抜けていく小説の主人公と今の私のシルエットは、少し似ているようだった。

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