第10話 触れない秒針
どんなに美しい時間であろうと、その時間が戻ることは無く、思い出を三次元という世界の中で蘇ることは出来ない。だからこそ、美しい記憶はより美しく輝き、そして色褪せることも知らずに済むのだろう。再現が出来ない、消えていくものや時間。そういった類に、人は心を掴まれるのは今も昔も変わらない。
この国の各地にキキョウ、ダリア…といった花が延々と並ぶ意味は、秋がこの国を包み込んでいることを指しているが、そんな時間も終わりが見えてきたようである。多少は遡ることがある季節の列車も基本的に片道切符であり、今年も例外ではなかった。もうじきここも白く染まるはず。
消えゆく。過ぎ去っていく。切なさや寂しさを「哀愁」という言葉で表すことが出来るが、その言葉には「秋」という漢字がある。そういった感情が最も前に出やすい時期だから、このような漢字として今の世に存在するというのだろうか。春夏秋と冬。冬だけは、他の季節とは意味合いが異なると思っている。
命の芽が生まれる春。芽が見違えるほど成長する夏。美しさを身に纏う秋。そして、その役目を終える冬。目に見える姿が唯一見られない季節。それが冬である。そして秋は、そんな冬に襷を渡す唯一の季節。夏は秋に。秋は冬に。冬は春に。春は夏に。また、夏は秋に。だいたい3ヶ月ごとに、襷が受け継がれる。
私は、それほど花に関して詳しくはないし興味もあるわけでもない。それでも、役割を静かに終え始めようとする花壇の端に植えてあるコスモスを見ていると、そこに哀愁を覚えるのである。コスモスが思うことなんてわからないから、自分の頭の中で思っていることを想像するだけ。
毎年同じ場所に同じように咲くコスモス。また来年も咲くのだろう。そう思い、白い電飾が飾られたその場所から離れていく。コスモスが告げられない「さよなら」を告げて。コスモスと距離が生まれるごとに、私が冬の知らせが聞こえるところへ足を運んでいるように思えてならない。
眠りにつくにはまだ早いといえど、日の傾きが早くなった今では夜に見えるほどに暗い。人間が肉眼で見られる星の明るさは個人差があるが、おおむね6等星と言われているが、さすがに街の明かりには勝てない。それでも、目を細めればかなりの数の星明りが見られる程に夜空の色は濃さを増している。
目の前にそびえ立つ建物上部にある丸い時計に視線を上げる。夕方は6時50分を示していた。夕日なんてとっくに沈んでいるが、夕方と呼べる時間帯ではある。あのコスモスを思い出す。探しに行こう、もう少しだけ。儚げな季節の終わり際を。すると、夜空からの白い綿菓子が手のひらの上で溶けていた。
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