第08話 見上げる流線形

そのセダンは、颯爽と高速道路を駆け抜けていく。右車線から軽やかに追い越していくその様は、光の線を成し地上の流星にも見える。あの車は、どこから来てどこへ向かっているのか。そんなことは知る由もなく、気づけば遥か先に。目に留まったのは、ほんの数秒であった。


渋滞も無く、進行方向の車線も対向車線もまばらに車が走る。運転席側と助手席側の窓を少しだけ開ければ、絶えず夜風が飛び込んでくる。頬を撫でたその風は、もう外の世界に向かって走り抜けていた。その先には波が立たない海が見え、それはまるで眠っているようにも見えるが、そんな水面の下には無限の生物が生きている。


更にアクセルを踏み加速したいところではあるが、せっかくの時間を警察のお世話に水を差されるのはまっぴら御免であるので、程々の速度で夜景と海の眠りを目に焼き付けながら、先へ進む。降りる高速道路の出口はまだまだ先で、とりあえず最寄りのサービスエリアに立ち寄ることにした。


建物の隅でひっそり明かりを光らせる自動販売機の前で運転のお供を探していると、ヘッドライトの眩しさが目に入りエンジン音が聞こえた。私と同じ、このサービスエリアの利用客である。どうやら彼も私と同じ一人で運転しており、夜の高速道路を楽しんでいるのだろうか。


スチール缶のブラックコーヒーを握り、運転席に戻った。エンジンをかけると、夜にピッタリの洋楽が流れ出した。優しくリラックスする音のタッチは、高速で駆け抜けたいというよりは、ムードに合わせて車を走らせたい。そう思わせる一曲を聴きながらコーヒーを一口二口と喉を通した後、再びハンドルを切った。


交流地点から本線に入るが前後に車はおらず、どんなマイペースさえ許される。さっきサービスエリアに停車した蒼いセダンは後ろから来ないようだ。別に旅に来たわけでもなく、ここは自宅から遠い場所でもない。ただ、今この時は「一人旅」と呼んでもよさそうであった。


しかし涼しくなったもので、もはや窓を開ければエアコンは必要ないようだ。それもそのはず、速度計の下に表示される外気温は19度。月も星明りも、日の光のように暑さを届けることはないので、ここから明日までは気温は下がり続ける。秋が深まれば、そのうち鬱陶しささえあった暑さも少しは恋しくなるのだろう。


ミディアムバラードは車内を巡り、夜景に溶け込むセダン。片手に握るコーヒー缶は、まだ冷たいまま。そのうち、フロントガラスの向こう側には摩天楼がうっすらと見えてきた。数えきれないほどの色が浮かぶ光の風船たちが、ゆらゆらと。それは、降りる出口が近づいていることを意味していた。

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