第05話 夜間散歩

海開きして数か月の間、この海岸には日中多くの観光客などで一杯になる。今年もやはり多くの人でごった返しており、思い思いに楽しんでいる。ただ、そんな海岸も日が沈んだ後はそのような賑やかさが影を潜める。昼間は人々の声で溢れ返っていても、星空の下では潮騒が"いの一番"に耳元に届くのである。


私は、そんな夜の時間に海岸線を歩くのが趣味の一つとしている。今夜の天気予報が晴れ予報であり、今夜は海岸へ行けそうだ。家に着くと、仕事道具が入っている鞄を椅子の上に置き、フォーマルな格好からラフな格好へ着替えた。これはいつものことで、やはり身軽で気軽な状態で楽しみを味わうことが大事だと思っている。


自宅から海岸まではそれほど距離が離れているわけではなく、歩を進めて10分もしないうちに着く。日中とは異なる海沿いの雰囲気を楽しむ人々、花火を楽しむ人々、各々の自由がそこにある。それでも潮騒が今は主役を張り、時折聞こえてくる笑い声や話し声が季節を語っているようで。


大学生あたりか、花火を片手に盛り上がりを見せており、それはとても目立つ色を誇り花火が映える。彼らが写真として残すには申し分のない瞬間が幾度となく巡ってくる。スマートフォンを片手に笑顔を見せる。花火を片手にはしゃぐ。それはそれで素敵な時間であることは、彼らの表情からも明らかであった。


あるカップルは、海の向こうに視線を向けた後に横になって星空に向かって視線を上げた。何を話しているのかは分からないが、何かを願うならタイミングとしては絶好で、今夜は流れ星が流れるのだ。星たちが駆け足で消えていくまでの瞬間を、あの二人組は見逃すことなく願いを乗せられるのだろうか。


この海岸の夜について何度も友人や知人、同僚に話そうとは思った。しかし、溢れる言葉は喉まで登ってきては飲み込み続けてきた。噂が噂を呼び、私のお気に入りが消えて無くなるのでは、と。だからこうして今日も私は、たった一人でサンダル越しの砂の感触と遊んでいる。誰かの足跡が海に飲み込まれていく。


海の色は青く、満天の星空の大半は紺色で黒色とは異なる色合い。そう私には見えており、海と星空の境目であろう水平線は、あまりに滑らかなグラデーションがある。夜の海は空の色を飲み込み、ある意味で人工的とさえ思えるほどの調和と変化を表現する。しばらく、曖昧な水平線を眺めていた。いや、見とれていた。


一点の曇りなく、星座が私たちを見守り、規則的な不規則を繰り返す海。地球と宇宙が生み出す何気ない瞬間一つ一つが、人間には創り出すことが出来ない芸術。命の灯が燃えているから巡り合える瞬間は星の数ほどあるが、この時間だってそうだ。今は、余計な言葉なんていらない。しばらく先までの未来まで。

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