第76話 星暦551年 青の月 22日 下調べ

流石シェフィート家の情報担当。

セビウスは翌日にはダンガン商会の3男が使っていそうな怪しげな倉庫や建物のリストを入手してきた。


早!


ということで救出に行くことになったのだが・・・。


「俺たちで奉公契約書の転売合意が偽造されたかどうか、認定出来るのか?」

そう言う魔術は実は習っていない。

まあ、誰かが書いた文書と言うモノには書いた本人の気が多少は残るから、それを確認することはできる。

だがその程度では有力な商会の息子まで関与している人身売買リングを沈黙させるのに十分とは思えない。


「魔術院にリクエストするか・・・?」

アレクが提案しつつも微妙な顔で悩み始めた。


魔術院もねぇ・・・。

強力な相手がごり押ししてきた時は『奉公先から勝手に抜け出してきた』と言って偽造証明を依頼する為に逃げ込んできた奉公人(というか奴隷)を『奉公先』へ引き渡すことがあるからなぁ。


まあ、オレファーニ侯爵家とシェフィート商会の子息たちが正しいことをするよう『お願い』しているのだから多分大丈夫だと思うが。


でも、アレクにしてみればあまり魔術院に借りを作りたくないのかもしれない。


「学院長に頼もうよ。あの人なら何とか出来るだろうし、何とかしようとしてくれるでしょ?」

シャルロの提案が一番良さそうだ。


ということでシャルロが学院長を説得しに行くことになり、その間に俺とアレクでセビウスが持ってきたリストに載っている場所を調べることになった。

幸いセビウスが『緊急の用件』として早馬車をアレクに送りつけてくれたので、アレクと手伝い2人(ということになっている)は特別に学院祭の準備から抜け出す許可を貰えた。


メッセンジャーとして来たサーシャと馬車に乗って街に出る。


早馬車なんてある意味かなり注目を集めるのだが、それでも足で歩くよりはサーシャが目撃される可能性は低いだろう。

俺やアレクはまだしも、サーシャがもう一度人身売買の連中に目撃されたら姉の身が危ない。


「これで姉が見つかるんですね。本当にありがとうございます」

サーシャが涙ぐみながら礼を言ってきた。


「人として当然のことをしているまでだ」

いやいや、ここまで助けるのは人として平均的な『当然』じゃあないよ、アレク。

まあ、それが出来る立場にあるんだから助けの手を差し伸べるのは良いことだけどさ。


「今日貰ったリストはダンガン家の3男関係の場所でしかない。

怪しいぐらいに羽振りが良くなっているっていうことだから関与している可能性は高いけど、隠れ場所に直接関係していなかった場合このリストに含まれていない可能性もそれなりにある。

ちゃんとお姉さんを見つけるまで追い続けるけど、今日見つかるとは限らないからあまり期待を高めない方がいいよ」


大船に乗ったのかごとく安堵しているサーシャに思わず釘をさす。

・・・というか、今日中にお姉さんが見つかったとしても無事に助け出せるとも限らないし、下手をしたらもう死んでいるかもしれないし。

既にどこかに売られていた場合は、人身売買リングの人間もしくは書類から売却先を見つけなければならない。

あまり楽観的にならない方がいいんだよねぇ。

だが、『魔術師』(の卵なんだけど)が手伝ってくれているということで成功への絶対の自信を持ってしまったのか、サーシャが妙に楽観的になっていて心配だ。

何も出来ない状況でくよくよ悩んで心配しているよりはマシだけど、あまり安堵していると後が怖い。


◆◆◆


セビウスが持ってきたリストに載っていた建物は

●下町にある倉庫

●下町にある古い建物

●商業地区にある改装中の商店

そして4件ほどの3男が持っているらしき住居型投資用不動産だった。


「とりあえず、下町の倉庫を確認しよう」

ということで馬車をそこまで行かせ、俺が心眼サイトで探したのだが、倉庫は怪しげな薬草モドキが大量においてあったが拘束された人間はいなかった。


・・・あれって麻薬の原材料かなぁ。


盗賊シーフギルドの長は麻薬には断固として反対する立場をとっている。

麻薬に侵された人間は薬の為には仲間でも平気で裏切るようになるから、危険すぎるのだ。

長期的に使用すると人格も肉体も破壊されるし。


今度長に『相談』しようと思いつつ、次の建物へ行ったが・・・今度は全く何も無かった。

丁度賃貸人が出て行ったところなのか、人気が無くて誰も借りたい人がいなかったのか。

ある意味、不動産投資にうまくいかなくって苦しくなったから人身売買なんてモノに手を出したのかもしれない。


しょうが無いので商業地域の方へ行こうと思って考え直した。

考えてみたら、連中は船で逃げていた。

だとしたら、潜伏先も船に近い可能性が高い。


地図で確認してみると3男の持っている投資用不動産の1件が港にそこそこ近い。


「船で逃げたんだから、逃げた先も船から遠くない場所なはず。

自分が売られると分かって自棄になっている女性を連れて街中を何十メタも歩けるもんじゃない。こちらの家を先に試してみよう」


俺の提案にアレクも合意し、そちらへ馬車を回す。


行った先は、ちょっとしたウォーターフロントの洒落た戸建だった。

・・・貸したらそれなりの賃貸が入りそうなのに、さっきの無人建物でなくここを使うかね?

幾ら船で直接移動が出来ると言っても、無駄な気がする。


違うんだろうなぁ・・・と思いつつ心眼サイトで探したところ。


いた。


この3男の経済的判断の基準って分かんね~!


何もこんなお洒落なところを人身売買の倉庫代わりに使わなくてもいいだろうに。


「地下室に5人ほど人が閉じ込められている。ここだな」


「賊は何人いる?」

敷地内を丁寧に視て回る。


「1階に2人、2階で休んでいるのが2人、外を警戒しているのが2人・・・かな。船が見当たらないからそれが戻ってきたら何人乗っているのか分からないが」


アレクが情報を簡潔に紙に書き込み、それを式にして飛ばした。


さて。

後はしばし待ちだな。

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