第77話 星暦551年 青の月 23日〜26日 拘束
「6人なら丁度いい。一人2人ずつ拘束しなさい」
シャルロと一緒に魔術院の人間と警備兵2人をつれて現れた学院長が俺たちに言い渡した。
「魔術の現実的な使い方のいい練習になるだろう?お前たちが全員を同じタイミングで拘束すれば、捕らわれている女性たちに害が及ぶ心配もない」
荒事対応の為にその警備兵が来ているんじゃなかったの?
まあ、魔術の実践的な練習というのは悪くないから従うけどさ。
「じゃあ、シャルロが外の2人、俺が下にいる2人、アレクが上の2人ということでいこうか。どこにいるか、分かるか?」
道の反対側に停めた馬車の中から家の中にいる人間の場所を確定して拘束の術をかけるのはそれなりに難しい。
だから場所が大雑把にしか分からなくても範囲を広くして術を行使すればいい外はシャルロ、動かない休息中の2人をアレク、そして定期的に動き回って家の中を見張っている1階の2人を俺が担当するのが一番効率的だろう。
短期間の拘束の術だったら直径2メタ程度の実行範囲を作り上げるのはそれ程難しくない。
だが、言い方を変えると直径2メタ以内の場所にターゲットの2人がいてくれなければ困るのだ。
と言うことで1階の二人がお互いに近づくのを俺が確認したら一斉に拘束術をかけることで合意した。
しばし待っていたら、喉が渇いたのか一人が台所に向かった。まだ食事の時間じゃないから飲み物でも取りに行ったのかな?
海寄りのリビングをうろうろしていた男も台所に近づいた。自分にも飲み物が欲しくなったのか。
だとしたらグラスを渡す瞬間が一番いいのだが・・・。
「よし、いまだ!」
グラスが台所にいた人間からおねだりに来た人間の手に渡った瞬間に術を放つ。
「「「
一瞬の間に3つの拘束フィールドが具現化し、男たちの身動きを止めた。
シャルロの拘束フィールドは長さ10メタはありそうな庭を完全に押さえていた。
おいおい。
どんだけ~?
気をつけないと、シャルロったら警備兵とか軍隊にスカウトされちゃうぞ?
「よし、行くぞ。警備兵の諸君はとりあえず拘束された男たちを縛って見張っておいてくれるかな?
下で閉じ込められている女性たちを解放し、奉公契約の違法転売が行われていたかを確認する間に逃げられては困るからね」
学院長が指示を出す。
そっか。
奉公契約の違法転売(つまり人身売買)が証明できるまではこの警備兵たちにあまり大きなことをさせられないのか。
まあ、4人の女性と1人の美少年が閉じ込められて泣いて解放を喜んでいるのを見たら、どう考えてもまともな奉公契約じゃあないことは誰の目にも明らかだったけど。
「いない・・・」
地下から解放された被害者たちを見てサーシャが絶望のうめき声を上げた。
ちっ。
サーシャの姉は既に売られた後なのか。
それとも殺されたのか。
もしかしたら別の場所に運び出されたのかもしれない。
どこかの素人にでも売られていればいいんだが・・・。
違法組織の一部が検挙されたとなると、芋蔓式に捕まることを恐れてプロなら証拠隠滅に動きだす。
「ウィル」
学院長が奥の部屋から呼んだ。
「開けられるか?」
部屋の壁に掛けてあったらしき絵画が下に降ろされ、金庫が姿を現していた。
なるほど、書類はそっちなのかな。
・・・人身売買なんて言う危険な商売の書類を隠すにしてはちょっと凡庸な隠し場所だが。
とりあえず、その金庫を開け、中に入っていた書類を学院長に渡した。
「見事なモノだな」
「単純な構造でしたから」
謙遜などではなく、本当にズブの素人以外なら確実に開けられるような単純な構造の金庫だった。
殆ど気休めの域を出ていない。
しかも『ここに重要品あり』と周囲にアピールしているようなものなんだから、却って無い方が良いぐらいだ。
学院長が資料を調べている間に俺は部屋を
だが・・・何もない。
おかしいなぁ。
どんな素人のおバカちゃんでもこんな単純な金庫は使わないと思うのだが。こんなモノ、今では買う人もいないから当然製造も停止されており、入手するのの方が難しいぐらいだ。
書斎には何もなかった。
ふむ。
下と上、どちらに隠しているかなぁ。
結局、もう一個の金庫は掃除道具置き場にあった。
掃除をしないんかね、この建物の主は?
家政婦とかを雇っているとしたら、そんな人間が四六時中出入りするそちらの金庫の中に奉公契約転売の証拠が残すというのは危険この上ない。
まあ、隠し場所の可否はともかく、ダンガン家の3男が集めた仲間に関する『保険』の情報は凄かった。
この人身売買リングはこれで終わりだな。
良いことだ。
良いこと・・・なんだが、肝心のサーシャの姉貴はどこに行ったんだ?!
◆◆◆
ダンガン家の3男が用意していた『保険』は彼が知っていた人身売買組織のメンバーの様々な情報だった。裏切られたり、恐喝されそうになったりした時の為に集めていたらしい。
それらの人間を逮捕するに十分な情報で、警備兵のキャプテンに唸らせるぐらいの質を持っていた。
だが。
残念ながらサーシャの姉に関する情報は無かった。
しょうが無いのでアレクとシャルロは学院祭の準備に戻ったが、俺だけは学院長の承認の下に警備兵と魔術院の人間と一緒に街中をかけずり回ってこの情報をもとに人身売買組織の壊滅へ奮闘する羽目になってしまったのだ。
まあ、警備兵と魔術院の人間は壊滅へ奮闘、俺はサーシャの姉の情報を求めて奮闘ということで微妙に目標が違ったけど。
最初に警備兵が俺たちを連れて行った先は倉庫街にある建物だった。
「警備隊だ!」
大きな警告とともに警備兵が中へなだれ込む。
あっという間に倉庫の中にいた人間が拘束され、警備兵が倉庫の中を調べ始めたが役に立つような情報は見当たらないようだった。
まあ、最初の家での情報でこの倉庫を所有している商人の逮捕は確実だったんだけどさ。
警備兵としては更にこの先のコネクションも潰したかった訳。
だから必死になって倉庫をひっくり返していた。
俺はといえば、隠し金庫もしくは隠し部屋が無いかと倉庫を
人身売買の書類なんて危険だ。だが、それなりに記録を取っておかないともしもの時に問題になるし、人身売買の情報って言うのは恐喝の材料にもなる。
しかも偽造された署名が付いているとはいえ、魔術院の人間に鑑定されなければ立派に合法的(に見える)書類なのだ。
完全に処分されてしまっていると言うことは無いと思いたい。
・・・最初に見つけたのは、死体だった。
地下の停止の術をかけた部屋があり・・・中にそこそこの数の死体が積まれていた。
下手に死体遺棄をしてそこから足が出るよりは・・・とここに放り込んでいたようだ。
うげ~。
とりあえず、この死体は身元を確認する為に警備隊の方で似顔絵を作って回すらしいので、俺の方にも一枚くれるよう頼んでおいた。
で、更に視て回って・・・。
隠し金庫を見つけた。
暖炉の下って一体冬の間はどうしていたんだろ?
それともこれって飾り暖炉で実は火をつけないのか?
とりあえず、あまり警備兵に変なところを見られたくないのでひっそりと静かにこの飾り(?)暖炉のところまで来て、置いてあった木炭を除けて金庫の扉をあらわにする。
分からんなぁ。
こんなに暖炉のそばにあったら暑くって金庫の中のモノが痛むと思うんだが。
タダの飾りにするにしてはこの暖炉にはそれなりにお金をかけていそうだし場所も悪くない。
見つけるのには手間取ったが、開けるのは早かった。
ま、俺様の技能に勝てる金庫なんて無いのさ。
「金庫を見つけました!」
金庫の中には手をつけず、警備兵を呼び寄せる。
これで、次の拠点への資料入手と言う訳だ。
だが。
行く先々の拠点で金庫や死体やまだ生きているが軟禁されていた被害者を見つけたのに、肝心のサーシャの姉が出て来ない。
お陰で悪戯に日だけが過ぎてゆき、俺は警備兵や魔術院の人間たちに卒業後に彼らのところで働くよう、熱心に勧められる羽目になってしまった。
時々友人や知り合いを助ける為に『正義の味方』をするのは良いが、定職としてやるつもりは無いんだよねぇ。
諦めてくれ。
そして今日は26日。
明日は学院祭が始まる。
警備隊への協力も今日で暫く止めなければならない。
今日こそ、何か見つかってくれよ~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます