第75話 星暦551年 青の月 20日〜21日 調査と追跡
「・・・何も残っていないね」
シャルロが見事空っぽな倉庫を見回して呟いた。
倉庫を詳細に視て周る。
かなりの人数が出入りしていて詳細が分かりにくいが、少なくとも奥の部屋にいたらしき女性たちは殺されていないようだ。
ここでは。
「サーシャに目撃された時点で撤退を始めたようだな。少なくともここでは誰も殺されていない」
「どこに行ったか分かる?」
何台かの馬車がこの倉庫に出入りしていたようだが・・・。
女性たちは馬車には乗せられていないようだ。
馬車で移動していてくれれば後をつけるのが簡単だったんだけどねぇ。
「残念ながら船で出て行ったようで、どこに行ったのか分からない。
どんな船を使っていたのか周辺の人間に聞いてみるか・・・角度的に入港・出港する際にちらりとしか見えなかっただろうからあまり期待できないが」
中々『良い』造りの倉庫だ。
船着き場が倉庫と壁に隠されるようになっていて、船着き場以外からは入出港する船が殆ど見えない。
密輸入とかする業者が良く使うタイプの倉庫だ。
となったら例え黒幕が実際にここを借りていたとしても、契約書は穴だらけで役に立つような情報は載っていないんだろうな。
「人身売買は違法行為だ。警備兵を呼び込まないにしても、とりあえず脅してサーシャの叔父とやらからどこから金を借りたのか聞いたらどうだ?」
アレクが提案する。
奉公契約というのはそれなりに拘束力がある。雇用者は奉公に来た人間に最低限の衣食住を提供しなければならないが、代わりに奉公人は最初に貰う支度金に応じた年数だけ雇用者が認めた休日以外は雇用者の下で働かなければならない。
だから奉公人が自由に出て来られないと言うことは良くあるが・・・。
家族が会いにすら行けないと言うことは本来あり得ない。
だが、奉公契約が転売された場合は『奉公先が見つからない』というケースはありうる。
奉公契約の形を悪用した人身売買が横行する原因だ。
一応奉公契約の譲渡は奉公人の合意も必要なんだが、そんなもん合意署名の偽造ですんでしまう。
魔術院に訴えれば合意署名が偽造されたものかどうか分かるが、偽造されるような奉公人がそんな表に出られることなんて・・・ほぼ無い。
しかも偽造が証明できない限り、魔術院へ足を運ぶこと自体が『奉公契約違反』ということで警備兵に逮捕されて奉公先へ連れ戻される行為だし。
奉公制度と言うのは、ちゃんと機能している場合は衣食住を提供された状況下で働きながら技能を学べる良い手段なんだが・・・悪用が簡単に出来すぎる。
だから親が死んだような社会的弱者は絶対に奉公契約に合意してはいけないんだよね。
それが分かっていたから俺は奉公契約を強要されそうになった時に孤児院から抜け出して
「とりあえず、サーシャのご両親がシャルロの実家に縁がある所で以前働いていて、お姉さんとシャルロが知り合いだったから会いたい・・・という設定にでもして聞きに行ってみたら?サーシャ一人で聞きに行っても無視されるか下手したら監禁されて奉公契約を偽造されるのが落ちだ」
「そうだね。じゃあ、僕はサーシャと一緒に行ってみるよ」
「では私はこの周辺の聞き込みを少しやった後、ここの契約から何か見つからないかやってみよう」
「俺はとりあえずここからの馬車をどっか使えるところに辿れないか調べてみる。16の刻に寮の傍の喫茶店で会おうか?」
◆◆◆
「奉公契約が転売されていて、最後には悪質なオークションに出されてされてしまったとかで記録が残ってなかった」
シャルロが肩を落としながら報告した。
まあ、当然だな。妹が建物を見ただけでゴロツキ3人で追いかけ回した揚句、そこを撤退するような組織だ。やっていることは確実に違法行為だろう。追ってこられる記録を残している訳が無い。
アレクの方の報告もある意味、想像通りだった。
「この倉庫の契約は現金払いで、契約書に書いてあった契約主の住所は国立図書館だったよ」
俺も報告できる成果は無し。
「あそこに来ていた馬車の跡を追っているんだが、まだ役に立つようなところまで辿り着いていない。
少なくとも2台は今日の間に出入りしていたから、最終的にはどこかそれらしいところに着くとは思うんだけどね」
最終的には、ね。
だが、今日中に見つけるのは無理だ。
そんでもって明日からは授業。
奨学金生の俺としては、赤の他人の姉が奉公制度の下に消えたからと言って授業は休めない。
「とりあえず、午前中の授業だけはでて、午後の学院祭の準備を抜け出しちゃって探索を続けてくれない?ウィルがいないのは僕とアレクとでカバーしておくから」
シャルロがにこやかに提案してきた。
うう~ん・・・。
ちょっと不安なんだが。
「大丈夫かぁ・・・?」
「私が適当に言いくるめるから、安心して探索してくれ」
まあ、アレクの嘘つき能力なら信頼できるか。
◆◆◆
学院祭シーズンになると生徒もかなりの数が授業中に内職していたり、上の空になって出し物について案を練っていたりするので授業もそれなりに簡単な復習と・・・ミニテストになる。
まあ、上の空な状態でもテストに受かるぐらい理解しておかなきゃ魔術は危険なモノだと云うところかな?
と言うことでミニテストが終わったらアレクに小さく頷いた後、俺は学院を抜け出した。
昨日の16の刻までで追えたのは一台の片道分だけで、これは下町の貸馬車屋に辿り着いた。
あそこから借りてきたんだろうね。昨日見た範囲ではまだその馬車が帰って来ていなかった。今日はその貸馬車屋を覗いてからそのルートの反対側を追う予定。
運が良ければ貸馬車屋に肝心の馬車があって、店主は誰がその馬車を借りたのか教えてくれるかもしれない・・・が、あまり現実的にはそんなことを期待しても無理だろう。
世の中そんな都合良く話は進まないもんさ。
で。
貸馬車屋では半ば想像していた通り、問題の馬車は帰って来ていなかった。
ということでまた倉庫街へ戻ってルートの反対側を追跡。
しっかし俺もお人好しになったもんだよなぁ。
赤の他人の、手数料も払えないような小娘の為に足を棒にして街中を走りまわるなんて。
シャルロに毒されたな。
まあ、お人好し菌に毒されるだけの精神的余裕ができたと言うことなのかな?喜ぶべきなのかもしれない。
・・・なんてことを考えながらテクテクと馬車跡を追っていたら、王都を出て西方街道に来てしまった。
おいおい。
駄目だこりゃ。
人身売買というビジネスは、基本的に貧乏な田舎村もしくは大きな都市の下町で貧しい娘を親や親族から買い取り、それを都市の人ごみに紛れこんで売りさばく。
つまり西方街道に出たということは、これから仕入れに行くということだろう。
追い続ければいつの日かは人身売買の仕入担当を捕まえられるだろうが、そんな時間の余裕は無い。
しかも埃っぽい道を遠路出かけて仕入れをするようなのは下っ端だ。
ちっ。
2つしかない馬車の跡で外れを引いちまうなんて、ついていない。
しょうがないからまた倉庫へ戻り、もう一つの馬車跡を追う。
いい加減、足が疲れたからどっか良いところに辿り着きたいもんだ。
◆◆◆
「ダンガン商会が人身売買に手を出しているという噂を聞いたことありますか?」
アレクがセビウスに尋ねた。
もう一つの馬車跡はダンガン商会の本家の3男の家に続いていたのだ。
しかも同じ馬車の跡がもう一本あったから、3男の家からあの倉庫へ行き、帰ってきたんだろう。
ダンガン商会と言えばシェフィート商会の様な全国レベルの商売はやっていないものの、王都では有数の商家だ。
3男が違法奴隷を買って普通の人に出来ないようなことをやって喜ぶ変態なのでない限り、3男もしくはダンガン商会そのものが人身売買に係わっているということになる。
下手に
裏の社会というのは持ちつ持たれつの世界だからね。
長も人身売買を嫌っているが、全面戦争へ突入するほどではない。
ここで長が俺に情報を提供して、それを元にダンガン商会に警備兵の検挙があったりしたら報復は大規模なモノになりかねない。
裏社会の全面戦争なんて起きない方がいいし、それを避ける為に長から情報を漏らされても困る。
ということで、シェフィート家の次男セビウスの情報網を使わせてもらうとアレクが出てきた訳だ。
「ダンガン商会が・・・という噂は聞いていなかったが、3男確かに怪しいぐらいに最近羽振りがいいな。何を聞いた?」
「昨日、ゴロツキ3人組に追いかけられている子供を助けることになりましてね。
何とかゴロツキを撒いた後に跡をつけたら怪しげな倉庫街に出て、そこからダンガン商会の3男の馬車が出て行ったんです。何でも子どもは後見人である叔父に無理やり奉公に出された姉を探していたそうなんで・・・多分人身売買なのではないかと」
適当に話をぼかしてアレクが一連の流れを説明した。
馬車の跡を追って街の反対側にある3男の家まで辿り着きましたなんて言っても信じてもらえないし、信じられても却って後が怖い。
「実際にその姉と言うのを見たのか?」
「見ていたら救出していますよ。ただ、その子供がゴロツキに見つかった時には倉庫に人が多数いたのに、我々がゴロツキの跡を追って辿り着い時には誰もいなくて撤去された後だったんです」
「なるほど、確かに怪しいな」
顎を摩りながらセビウスが答えた。
「分かった。あの3男が何をしているのか、もっと詳しく調べさせる。明日、もう一度来てくれ」
流石アレクのお兄さん。
実はこの人もそこそこお人好しだったんだね。
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