第49話 星暦550年 緑の月 11日〜12日 建物:手始めに

実習の時以来、毎日夕方に鍛冶場に通って色々教わってきた。

・・・というか、最初は単なる雑用係だったんだけどね。

それなりに何をやっているのか分析し、役に立つように努力して通い始めから10日後ぐらいには手伝いがない時間に槌を振るわせてもらえるようになった。

槌を振るって怒られることで色々と吸収してきたと思う。


で、見て盗んだ知識を色々実験してみたかったんで、廃鉄を集めてきて炉を借りて溶かして見よう見まねでダガーを作ってみることにした。

使いやすいダガーと似たような形にしたのに何故かバランスが取れなかったり、刃が思ったように形にならなかったり、握りがいい感じにならなかったりと中々うまくいかなかったのだが、時々タランやステルノがぽろっと役に立つ助言をくれたりしたので先日とうとう完成した。

昨日なんて、砥ぐのに夢中になって気が付いた休養日を丸々一日鍛冶場で過ごしていた。


初の俺様一人の作品だぜ!

魔剣でも何でもない、普通の短剣なんだけどね。

でも、ある意味俺専用のオーダーメードで使いやすいように工夫された剣だし、何といっても切れ味は抜群だ。

長く使っていきたいところだ。


思わず今朝の授業で最初に会ったアレクに見せびらかした。


「へぇ。良いバランスだね」

アレクがダガーを手にとって見てみる。


「切れ味もいいはずだぜ」

ふふふ。

ひたすら密度を高め、中の結晶を揃えてあり得ない位にレベルの高い金属にしたつもりだ。

まあ、そうすることが本当に一番いい刃を作る方法なのかまだ知らないけどさ。


「すっかりハマったねぇ、ウィル」

アレクからダガーを受け取りながらシャルロが言った。


「拘れば拘るほど、工夫することがあるからつい、ね」

自分ではあまり気が付いていなかったのだが、俺って実はとても拘り性だったようだ。

次から次へと色々考えて試してみたくなる自分に、驚いたよ。


「工夫することが幾らでもあるって・・・ウィルの天職じゃない?」

笑いながらシャルロが言う。


「・・・そうか?」

「「そうだよ」」


う~ん・・・と考えていると教室の扉が開いた。

今日の教師はサシャーナ教師。

科目は『構造魔術』だそうだ。構造と言っても魔術の構造ではなく、構造物の。


建物にかかっている魔術と言えば防犯タイプが一番多い。

これに関してはプロなんだけどなぁ、俺は。授業なんていらない気がする。

まあ、破ったり避けたりする為の弱点を見つけるのは得意だが、かける方からの視点では研究したことはないから、考えてみたら学ぶことはあるか。


「席に付け~!」

サシャーナが声を上げる。


生徒が思い思いに席に着いたのを確認して、サシャーナが前で講義を始めた。



「建築物に付与する魔術には、

構造そのものを術回路に利用するもの、

柱や壁と言った構造の一部に術をかけるもの、

素材に術をかけるものなど、色々とある。

また扉や窓、金庫などにかけて、能動的な効果を起こす為に魔石でパワーアップする術もあるな」


そ~そ~。

でも、そんな魔術も俺にかかれば朝飯前に終わっちゃうぐらいだったんだけどね。


「防犯用の術や、調理店の防火用の術の様に能動的にパワーが必要な術は魔石を使うが、それ以外の術は保温性や防音性を高めたり、状態を固定化して破損を防いだりと言った受動的なモノが多く、魔石を使うタイプは少ない。

だからこそ、周りのエネルギーを吸収して半永久的に継続するような術は非常に高価だ。

宝石や貴金属と並んで遺跡冒険者が追い求めるのはそう言った術も含まれる。

とは言え、普通の冒険者に魔術は解析出来ないし、術を解読してコピー出来るような研究者タイプの魔術師は下手をすると遺跡に行っても命を落とすことが多いから、肉体派の冒険者と手を組んで護衛として連れて行くことが推奨されている」


成程。

遺跡の研究者って、良くぞまあそんな趣味にかける時間と金があるもんだと思っていたら、転売出来る技術が目当てだったのか。


「明日からあちらこちらの建設中の建物を周り、今言った色々なタイプの術が実際に使われている場面をみせる。ついでに現場で少し実習代わりに手伝ってもらう予定だ。

頑張ってくれ」


防寒とか防熱の術を部屋にかけられたら、便利かもだな。


◆◆◆


だだっ広い更地の前に俺たちは来ていた。

「建物を建てる前の更地の整備というのは、土地を完全に水平にして建物が傾くのを防ぐのが第一の目的だが、それなりに長期的に使う予定の建築物の場合は固定化と防水の術をかけることも多い。

ここの更地には昨日、一つ術が掛けられた。どちらだと思う?」

生徒の前に立ったサシャーナが尋ねる。


「固定化ですね」

タニーシャが答えた。


正解。

かなり入念にかけられているね、これ。一様に全体にかけた後に、端と柱が通るであろう要点に強化した術が重ねがけされている。更に地面に対しても垂直に固定させることで建物が傾かないようにしてあるようだ。


「そう。一番大事な基盤だからね。柱が一本曲がっていたり、屋根が漏っていたりしても建物はまだまだ使えるし修理できるが、基礎が傾いていたら修理はほぼ不可能に近い。

基本的に、建物は設計の段階で不必要に圧力が一点にかからないように計画されるが、それでも所有者の意向とか周辺の環境のせいでバランスが偏ることがある。

建てた当初はきちんとバランスを取っていたのにリフォームしたり増築するうちにバランスが崩れるというのも良くあるケースだな。

そんなことになっても建物が傾いたり倒壊したりしないように、土台の更地を固定化し、更に地面に対しても術をかけることで地盤そのものが傾いたりすることを防ぐ。

術そのものをどうやってかけるか誰か知っているか?」


構造に対する術っていかに盗みに入るのに関係するかしか見て来なかったから、どうやって地盤との固定化をしているのかは知らなかったな。

どうやっているんだ?


「術を彫り込んだ鉄棒を地面に埋め込み、その鉄棒の間で更に固定化の術をかけますよね?」

アレクが発言した。


良く知っているじゃん。


「その通りだ」

サシャーナが頷いた。


「良く知っていたね」

アレクに小声でシャルロが囁いていた。


「新店を建てる時に見に行ったことが何回かあるんだ」

アレクが肩をすくめながら答える。

授業を抜け出して見に行ったな?

それともシェフィート家の将来を担う息子の一人として、社会見学の一環で見せられたのか。


「今日かけるのが、防水の術だ。何故これをかけるのか、分かるか?」

さあ。

防水って川が氾濫しても大丈夫なぐらい強固なのか?

それとも単に濡れにくいっていう程度なのか。

知らんよ・・・。


「地面からの湿気を通さない為」

誰も答えようとしなかったので、アレクがまたもや答える。

貴族や金持ちの子息たちじゃあ家を建てるのを見に行ったりはしないのか、どうもこの範囲には皆さん弱いようだ。

領民の家を建てるのを助けてあげたりしないんかね?貴族だったらタダでこういう構造魔術をかけてあげられるだろうに。


「そう、湿気は柱や床板を腐らせたり、健康を害したりと言った様々な問題を引き起こす。だからそれなりのレベルの建築物には防水の術をかけることが多い訳だ」

教師が答えた。


そっか。

気温があまり動かないから地下室や半地下の保管室に食料品とかを置く家庭が多いが、確かに湿気ていたらカビが生える可能性も高いから碌なことがないよな。


「私が防水の術をここにかけるから、各自担当のグリッドに同じように術をかけること。

うまくいかなかった場合は私が補強するが、出来るだけ自分の力で出来るようになっておきなさい」

昨日見せられた防水の術を、サシャーナが自分の足ともにあるグリッドにかけた。

うん、憶えている通りだ。


記憶に間違いが無いことを確認してから、今朝指示された自分のグリッドへ向かう。

「アシャル・ウィシュ・ダン・アヴィード・ヘレ

アボ・ビロ・ナ・スル

ウォプラ」


建物に建てる魔術と言うのは、戦闘用とかと違って特に急がない。

だから発現させる為だけの一言ですむ簡易呪文と違い、こちらは長い。

その分効きがいいんだろうけどね。


術をかける際に範囲指定したグリッドの中に薄っすらと魔力の陣が浮かび上がり、消えた。

『これってどのくらい防水機能が続くのかな?』

心話で清早に尋ねる。


『なに、防水にしたいの?俺に任せてくれれば絶対に水を通さないように出来るよ?』

水精霊だけあって防水は得意なのか、清早が提案してきた。

いやいや、ありがたいけど、それはずるだからね。

『清早が力を割くほどのことは無いさ。それよりも、俺のかけた魔術がどのくらいちゃんと出来たか分かる?』


『まあ、問題無いんじゃない?俺が命じる程ではないけど、俺の加護しているウィルが命じたんだし』

との返事が来た。


あっそ。

どちらにせよ、ずるなことに変わりは無いのね。

・・・まあいいや。


サシャーナが更地をゆっくり回って全員の魔術の出来を確認する。

所々で止まって術を補強しているようだ。

考えてみたら、強度もまちまちな継ぎ接ぎな防水の術で、良いのかね?


それとも学院が責任を持ってアフターケアしますとでも言ってあるのか。


そんなことを考えていたらサシャーナがこちらにきた。

アレクのを確認して頷き、シャルロのを見て小さく口笛を吹き、俺のを見てなにやら頷いている。


何だって言うんだ?

一人で満足していないで、教えてくれよ。


まあ、補強されていないと言うことは一応合格レベルだったんだろうけど。


「よし、良いとしよう。今補強された生徒はまた後で別の建物で防水の術をかけてもらう」

全員のを見終わった教師が声を上げた。

「では、次の建物へ行くぞ!」


ぞろぞろと生徒が歩き始めた時、サシャーナがシャルロと俺のところにさりげなく近づいてきた。

「水精霊の加護があると大分防水の術のかかり具合も違うようだな。今回はプラスに作用しているが、場合によっては反対向きに作用する時があるかもしれないから気をつけろよ?」


なるほど。

水精霊の加護があるから水関係の術は効きがいいんだ。


水精霊だから・・・防熱とかには効きが悪いのかな?

考えてみたら炉の周りの魔術にも悪影響があるかもしれないから、今度一度しっかり清早と確認した方がいいのかもなぁ・・・。

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