第50話 星暦550年 緑の月 12日 やり過ぎ注意

2番目に来た建物は既に土台は終わり、壁が作られている最中だった。


「防音、防寒、遮熱。どれも不用意にやり過ぎてはいけない。何故だかわかるか?」

サシャーナが尋ねる。


「どれも、一番単純な方法は外との伝達を遮断することだから?」

シャルロが答えた。


遮断?


サシャーナが頷いた。

「熱や音を伝えるモノを無くし、家の中を外の世界から遮断する度合いが高ければ高いほど、中から外、及び外から中への不都合な伝達を阻害できる。伝わらなければ外の音は聞こえてこないし家の音は漏れない。外の寒さや熱も入ってこないし、家を温めた際の熱も逃げない」


成程。


「伝達を完全に止めると温度・防音に関しては最適な家になるかもしれないが、誰も住めなくなる」


そりゃそうだ。

気温に関してはあまり考えたことが無いが、音は確実に空気を介して伝わる。これを完全に遮断すると言うのはつまり家の中の空気を外から完全に切り離すということ。

冬に暖炉で火をつけたり、台所で料理の為にかまどに火をつけたりしたら窒息死だろうな。火をつけなくてもそのうち空気が淀んできて気分が悪くなるだろう。


「俺が何のことを言っていると思う、ウィル?」

おや、俺に聞いてきた。分かったような顔をしたのが見えたのか?そんなに表情が読みやすかったつもりは無かったんだが。


「空気の出入りがあったらそれとともに熱も音も出入りしてしまいます。だけどそれを完全に止めたら住民が窒息してしまう」


「術者が空気の出入りを止める意図が無くても、防音の意図が強すぎて空気の出入りが阻害された事例が今までにある。

物理的に音を遮断する為の工事を行う場合、空気の出入りの遮断は起こるべくして起こるから、技術者もそれなりに手を講じる事が出来る。

だが、魔術の場合は『空気の動きを阻害せよ』という指示が無かったにも関わらず、究極の防音を求めて魔力を注ぎ込み過ぎると結果として空気の動きが阻害される事がある。

魔術は時折、命じられた結果を実現する為に魔術師が想定していなかった現象を引き起こす事があるんだ。

拙い術に魔力を込め過ぎた際に起きる事が多いから、学生の皆も十分気をつけるんだぞ」


まじっすか。

魔術って『意図』で事象を起こす現象だが、『空気が動くと音が伝わる』なんてことを知らない術者が『音を伝えるな』と意図したら空気の動きまで止めちゃうなんて・・・驚きだ。


「通常の家の場合、窓を開けないのだったら一番大きな空気の出入りは人間が出入りする際に開けられる扉だ。毎日2回程度出入りしているのだったら極端に密封性が高くない限り問題が起きないことが多い。だが、例えば冬に異常な雪吹雪のせいで暖炉に火をつけたまま住民が5日程扉を一度も開けずに家に閉じ込められると言う状況はあり得なくは無い。だから家の防音・防寒の構造魔術は自分が意図した結果への効率性だけではなく、普通ならあまりない状況になっても住民が害されることが無いよう十分用心することが重要だ」


サシャーナが肩をすくめながら続けた。

「まあ、現実の話としては設計を受け持つ人間と実際に建てる親方がこういったことには注意をしてくれる。ただ、偶に不慣れな新人が魔術の効果を計算に入れずに密封性が高すぎる家を作ることがあるから、魔術師は防音や防寒の魔術の依頼を受けた時は必ず換気の程度を確認することが求められている。

確認すれば分かったことを調べずに、うかつな魔術をかけて住民が死に至った場合は業務過失致死ということで家を建てた他の人間と一緒に責任を問われるからな!」


おやま。

そんなこと言っても、俺たちにどうやってどのくらいの換気性が必要なのか、分かれと言うのだろう?


「じゃあ、そう言う術を依頼されたら先生のところに相談に来れば良いですかぁ?」

シャルロがあっさり尋ねた。


「大きな案件ならば魔術院の方に行った方がいいが、ちょっとした相談になら来てもいいぞ」

にやりとサシャーナが笑う。

「勿論報酬の一部は貰うがな」


だぁ~と文句の声が上がるのを無視し、サシャーナが壁の前に立った。

「昨日授業で教えた防寒・遮熱の術だ。昨日教えた術を確認出来たらお前らも自分の担当の壁をやれ。やり過ぎに関しては後から確認するから気にせず、精一杯やれ」


なんだ、散々脅しておいて気にしないでいいって?

どうせなら『やり過ぎない』方法って言うのも見せて欲しかったんだけどな。


しっかし。

思うに・・・小さめな家に住んでいる人間が対象だったら、内緒で相手の家の密封性を高めたらそれで標的ターゲットを暗殺出来るんじゃないか?

まあ、殺したいというような動機が存在する相手は金持ちが多いが。

大きな家だったら一晩やそこらで窒息死しない位の空気が中に入っているから、実現性は難しいか。


どちらにせよ、魔術師は色々と気をつける必要があるんだな。


『うっかり』で人を殺せてしまうんだったら、不注意で人を殺してしまって裏社会に逃げ込む羽目になる魔術師がそれなりにいそうなもんだが・・・それにしては暗殺者アサッシンギルドや盗賊シーフギルドにいる魔術師の数は意外と少ない。


魔術院が裏に逃げ込んだ人間を抹殺しているのか、それとも逃げ込まなくて良い様に問題を握り潰すのに協力しているのか。


どちらにせよ、魔術師と言うのも意外と危険な職業な様だし、気を付けよう。



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