第42話 星暦550年 翠の月 1日 悩み
ダレンの奴め。
変なことを言ってくれたせいで、色々な考えが頭の中をぐるぐる周っていて、眠れなくなってしまった。
ダレンには悪いが、軍に入って他人の為に命を賭けるなんて言う選択肢はまず無い。
だが、真剣に自分の生涯をかけて何をやるか考えている人間が、たった一歳上の身近な知り合いに居ると思うと・・・適当に金を稼げれば良いとふらふらしている自分に問題がある様な気がして落ち着かないのだ。
まあ、大多数の人間って周囲や状況に流されている間に気が付いたら歳を取っているみたいだから、そこまで悩む必要も無いとも思うけどね。
◆◆◆
何に向けて努力すべきか。
生き続けることだけで精一杯であった
いかに腕を磨き、捕まらない仕事を選び、金を稼ぐかだけを考えれば良かったのだから。
そうなったら後は飢え死にだけだ。
捕まらなくても、下町の同業者なりゴロツキなりに襲われて怪我を負って動けなくなれば、仕事を熟せなくなって溜めた金が尽きた時点で人生は終わりだ。
厳しい世界であったからこそ、世界はある意味単純に白と黒しかなく、悩むことも殆ど無かった。
だが。
魔術師として生きることが可能になり、悩みが生じるようになった。
何がしたいか。
今まで考えたことが無いアイディアだ。今までは、何が出来るか、何が金になるか、何なら捕まらないかと言ったことだけを考えれば良かった。『生き残るのにプラスになるか否か』で何もかもが判断できたのだ。
だが、魔術師になれば選択肢は山とある。
冒険ギルドに登録して傭兵なり護衛なり冒険者なりの仕事をしてもいい。
魔具を作る職人になるのもありだ。
ダレンが言っていたように魔法剣士になり、軍で働くのも可能だ。
こんなことに悩む日が来るとは思ってもみなかったが、『生き残る』という条件付けだけでは可能な選択肢があり過ぎて、決められない!
今までは考えなくても良かった、何を『したい』のかを考えなければならなくなった。
どの選択肢もずば抜けて才能があると言う訳ではないが、それなりに適性はあるからそこそこ成功すると思う。少なくとも、飢え死にしなくていい程度には。
学院に入った時は、魔術師になると言うことが想定外過ぎて将来に関して悩む日が来るなんて想像もしていなかった。
だが、2年目になり、そこそこ余裕もできてきて自分の能力も見えるようになって来て、何も決められない自分に気がついた。ダレンに勧誘されるまでは面倒だし努めて考えないようにしていたのだが・・・いつまでもそう言う訳にもいかない。
ここ数日悩んでいて思ったのだが。
選択肢が沢山あると言うのは、場合によっては却って不幸に繋がりうる。
2択だった場合、どちらがいいか、色々な状況を想定して、自分が一番いいと思える方を実現させる為に努力する。2つしか選択肢が無く、しかも自分なりに考えて決めたことなのだからその選んだ道で成功すれば満足するし、成功しなくても・・・少なくとも出来ることは精いっぱいやったと思えるだろう。
だが。
選択肢が多数あり、どれが一番いいのか、起こりうる全ての状況を想定することすらできない場合・・・何か一つを選んでも、後から『やはり別の道を選んだほうがより満足できたかもしれない』という悪魔の囁きが聞こえてくる可能性は高いように思える。
本人の性格にもよるだろうけど。
まあ、俺はそこまで優柔不断ではなく、一度決めたらそれを全力で実行できると思いたいが・・・後で迷いたくないからこそ、決めること自体に物凄く迷っている。
折角常に飢え死に一歩手前だった世界から抜け出せたんだ。
満足して死ねるような生き方をしたい。
でも・・・。
どんな生き方が『満足した』と後から思えるんだろう?
本当に、未来を見通せる術が欲しいところだ。
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