第43話 星暦550年 翠の月 12日 男のロマン?
「魔剣こそが男のロマンだ!!!」
俺たちは、目の前で鉄の塊を振り回しながら暑く・・・ではなく熱く語る男をあっけにとられて見ていた。
今回の実習は魔剣作り。
魔具の中でも特に需要が高い、あれだ。
一般的に『魔剣』と言う場合、普通の剣に魔法剣士が自分の魔力を帯びさせて使うのを指す場合と、剣自体に魔力が込められてあり、それを普通の剣士(魔術師でもいいけど)が使って剣技に魔力を付加する場合を指すのと二通りある。
今回作るのは、勿論後者。
ちなみに『魔法剣士』とは剣に方向性のある魔力を帯びさせて剣技を振るう事が出来るだけの剣と魔術との両方のスキルをマスターした人間の事を指すので、モヤシが多い魔術師の中でこの呼び名に相応しいスキルがある人間は少ない。
俺ですら、まだ剣技を振るいながらの魔力のコントロールが微妙な所なのだ。
現在の魔術学院ではダリルだけなのは不思議では無い。
生徒の中で一人も魔法剣士やその候補がいない時期だって良くあるらしい。
それはさておき、普通の鍛冶師が魔力を帯びた剣を作るのは難しい。
まず、通常は自分で魔力を込める能力がないから、魔石(スポンサーが滅茶苦茶リッチな場合は光石もあり)をはめ込んでそこから魔力を引き出すようにする。
そして単に魔力を帯びているだけでは効果はないので、剣を鍛える過程で術回路を剣の中に彫り込むなり打ち込むなり埋め込むなり、何らかの形で内包させなければならない。
しかもその術回路がちゃんと機能するかどうか、魔力を視ることが出来ないので確かめにくい。
だからちゃんとした魔剣というのは か な り! 高い。
魔術師が鋼を鍛えて魔剣を作るのはそこまでは難しくない。
何といっても魔力が視えるし。一番簡単な方法としては自分の魔力を埋め込むことだって可能だし。ただし、余程魔力がある人間じゃない限り、鋼を鍛えている間に注ぎこめる魔力の量なんて限られているからしばらくしたら魔力が枯渇し、魔石を使っている訳ではないので魔力の入れ直しは難しい。
だから魔術師が人に売る魔剣を作る時も、良心的ならば魔石を使うことが多い。
ただねぇ。
まず、鍛冶師になろうと思う魔術師があまりいない。
しかも筋肉を鍛えて最高な状態の剣を作ろうっていう熱意を持っている魔術師は更に少数派。
となると、魔術師が作った魔剣って『魔』の部分は良くても『剣』の部分の鍛え方がお粗末で、剣として使おうとするとあっさり折れる粗悪品も多かったりする。
以前は手っ取り早い金もうけの手段として魔術師が魔剣を作ることが多かったらしいが、最近では売る前に普通の鋼の剣との打ち合いをして強度を確認することが通常の商習慣となってきたお陰で、魔剣作りに手を染める魔術師は大分減ってきたらしい。
が。
目の前の男はその少数派らしい。
しかも、かなりの熱意を持った。
「俺は魔剣を20年鍛えてきた。よぼよぼになって槌を持ち上げられなくなるまで、続けるつもりだ。俺の魔剣はただの剣としても一流だし、魔剣としては超一流になりつつあると思っている」
じろりと魔術師の卵たちをにらみながら男が続けた。
「魔術師なら魔剣を簡単に作れるということで剣と言うのもおこがましい様なシロモノを作る野郎がいるが、仮にも俺のところに実習に来るんだ、そんなことは許さん。
ここでしっかり魔剣作りの一片でも目に焼き付け、身につけていけ!」
ははは。
・・・なんか、出来そこないな魔剣モドキを作って売ったら、後から追っかけてきて殴られそうな雰囲気だ。
「スタルノ氏は超一流の魔剣鍛冶師だ。何日か実習に通っただけで盗めるような技術じゃあないが、とりあえずここで一流の鍛冶師とは何か、魔剣とはどうあるべきなのかを学んでくれ」
ニルキーニ教師が話を結ぶ。
「邪魔になるから、そこに座って見ていろ」
スタルノが部屋の端にあるベンチを指さしてから炉へ向かい、手に持っていた鉄の棒っぽい物を中へ突っ込んだ。ふいごで煽られた炎が鉄を真っ赤に熱するとペンチでそれを持ち上げ、鉄床かなとこに置いて槌で叩き始める。
カン、カン、ガン。
カン、カン、ガン。
カン、カン、ガン。
また炉へ戻し、真っ赤になったら取り出す。
カン、カン、ガン。
カン、カン、ガン。
うう~む。
実習って剣を実際に鍛えるところからやるんか。
てっきりそこら辺で売っている剣に術回路を彫り込む方法でも教えてくれるのかと思っていた。
まあ、男のロマンだと言う話だし。
ここは一つ、真剣にやってみますか。
打算と希望を兼ね合わせて将来のことを考えるのにも疲れてきたところだし、ちょっと肉体労働で気分転換だ!
◆◆◆
かれこれ2刻以上鍛えられてきた鉄片は剣の形に姿を変えていた。
ただし刃が無いが。
これから研ぐのか?
つうか、まだ魔力が付加されていない。
「こんなところか」
ふうっと息を吐き出しながら鍛冶師が立ち上がる。
じゅっ!
桶の中に貯められた水の中に剣が突っ込まれた。
剣をそこに置いたまま、今度は小さな鍋になにやら木の実やら銅線、魔石の欠片その他諸々を入れて炉に入れて溶かしている。あれで術回路を作るのかな?銅線と砂は分からないでも無いが、木の実を何故入れるのか、かなり不思議だ。
まあ、卵の殻と砂を入れることでガラスが乱反射するようになるんだ。木の実を入れることで何か効果があっても不思議ではないのだろう。
鍋の中のモノが真っ赤に溶けたところでスタルノがバケツから剣を取り出す。
まだ大分熱が篭っているのか、見る間に表面の水が蒸発していた。
水にも何か足してあるのかな?何か表面に光沢がついた気がする。
剣を机の上に平らに固定し、鍋の中の液体を細心の注意を払って垂らし始めた。
まじっすか?
フリーハンド??
下書きもせずに鍋から垂らすか、普通????
こちらの驚愕を気にした風も無く、スタルノが剣の上に術回路を描いていった。
信じらんねぇ~。自分の人差し指の長さ分の幅も無い剣の上に、鍋から垂らした液体で思うとおりの模様を描くなんて。
息を潜めて覗き込む俺たちの目の前で、術回路が出来上がった。
スタルノが軽く魔力を通したら、剣全体が火に包まれた。
おおお~!
見物していた学生から感嘆の声が上がる。
そして今度は剣を裏返してまた術回路を描く。
最後に全体を灰にくぐらせていた。
ああやることで術回路を固定化出来るのか?
何をやっているのか説明して欲しいところだが・・・。
真剣に集中している姿を見る限り、質問をしたらぶん殴られるか無視されるかになりそうだ。
スタルノが別の鉄片を取り出してきた。
また炉で熱している。
それが真っ赤になったら半分に折り曲げ、灰の中から先ほどの剣を取り出して間に挟んで叩き始めた。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
最初のときよりも音が軽いが、ペースが速い。
そうか、エストックなのかと思ったら、更に鉄を重ねることで術回路を保護し、サイズも標準的なものにするようだ。
というか、標準的なサイズの剣って元々鉄片を幾つか重ね合わせているのかな?一様な素材で出来ているよりも、合わせた素材の方がしなりが可能になり、剣として実用的になるかもしれない。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
カン、カン、カン、カン、カン、カン。
・・・鍛冶について色々考えている間もずっと鍛冶師はひたすら剣を鍛えていた。
面白い。よく、よく見ていると、段々剣が平べったく長くなっていくのだが術回路は変わっていない。
しかも剣の中の気の流れは段々一方方向に統一されつつある。
しっかし。
何だって鍛冶っていうのは叩いて鍛えねばならないんだろう?
同じ形の金型に入れて溶かし込んでも、たぶん駄目なんだろうなぁ。そんな作り方は超安物の場合にしか使われていないと聞くが、何が原因で金型を使って作る剣が駄目なのか、教えてもらいたいところだ。
ちなみに一体これって一本の魔剣を完成さでるのに、どのくらい時間がかかるんだ?
実習は5日間。初日は見ているだけで終わりだというのは想定していたが、1日で終わらないとなると俺たちが実際にやってみる時間が減るんだけど。
スタルノが槌を置いたのは更に3刻後だった。
「今日やって見せたのが、通常の魔剣の作り方だ。まず芯に魔力を伝達しやすい弾力性のある鉱石を使う。
無論むき出しじゃあ剣を使ったら直ぐに術回路が駄目になるし、柔らか過ぎて剣として実用的ではない。
堅い鉄片を重ね合わせることで剣が強くなり、弾力性のある芯があることで堅い鉄も割れにくくなる。だから、魔剣というのは最低限でもこのくらいのサイズになる。
もしもレイピア型の魔剣があったら買うのも贈るのも、やめた方がいい。
それは直ぐに折れるクズ剣だ」
スタルノが簡単に説明した。
「今日はここまでだ。明日から鉄片を鍛えるところから始めるぞ」
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