第7話 星暦549年 青の月 18日 学院祭:ペンタス劇場

『雪の姫の魔法剣士』を上演しているペンタス劇場へ忍び込んでみた。


学院際の準備期間の10日間は授業が午前中だけになるので、昼食を詰め込んだ後アリシア・ノブリから借りた『雪姫』特集が載っている瓦版を手に、劇場に行ってみたのだ。


一応フェンダイから観劇用にチケット代は貰っているのだが、どうせならリハーサルから落ち着いて見たかったからね。


活劇の関係者というのは夜に公演した後、パトロンやファンと飲みに行くので朝は遅いと聞いていたが、どうやらそれは本当だったらしい。

学院で昼ごはんを食べてから出てきたというのに、舞台に出演者全員が揃ったのは瓦版を読み終わってから30ミル以上も経っていた。


「今日はアルデバラ伯爵がいらっしゃるという噂だ。あそこの娘は三回目の社交シーズンだから、ちょっと大人っぽい路線でいってくれ、シャリーナ。

ファンケットも大人の男の陰と魅力を押し出す感じで。

では、最初から通しで!」


舞台監督らしき男が指示を出して手を叩いた。

貴族を『仕事』の相手として一方的には知っていたものの、彼らの出入りスケジュールと換金性の高い所有物以外には特に興味が無かった俺は魔術学院に来て初めて知ったのだが、親の方針(と財政的な状況)にもよるが大抵の貴族の娘は17歳から社交シーズンに参加し始める。20歳までが通常の『適齢期』であり、21歳となるとちょっと行き遅れの印象が滲み出てくるらしい。


伯爵の娘でありながら社交シーズン3回目に突入とは、余程好みが厳しいのか、それともブスなのか。


どちらにせよ、ここであまり初々しい若い娘を恋人の片割れとして演じたら、重要な貴族の機嫌を損ねる可能性は確かにありそうだ。


そんなことまで考えながら活劇というものが公演されているとは知らなかったが。

まあ、監督の気分次第というのもあるんだろう。

主演女優の尻に機会があるたびに触れているような男だ、単に『子供』を演じてもらいたくなかった可能性も大いにある。


ちょっとした傾向に関する指示はあったものの、もう公演を始めて一ヶ月以上も経った劇だ。

リハーサルはかなりさらっと流しただけだった。


お陰でせりふを全部メモって置こうと思ったのに出来なかった。

しょうがない。

本番で残りを記録しておこう。

『この舞踏会のシーンでの主人公のセリフに痺れる〜!』や『モーニングルームで侍女と話しているシーンで雪姫がほろ苦く微笑みながら呟くセリフが深いのよ〜!』と言った感じで瓦版を借りに行った際に延々と語ってくれたあの熱狂ぶりからを思うと、アリシアあたりはセリフも振り付けも全て暗記していそうだが。


劇場というのは舞台のまん前に一般席があり、並んで席を取った平民がそこに座る。舞台に近く、より臨場感を感じることが出来るかもしれないが、舞台上に死角が出来る上に何よりも・・・他の観客席から大根役者に対して果物や野菜が投げつけられた場合に、流れ玉が直撃する危険もある。


もう少し後ろになると上級席、そして斜め上辺りには4~5人用のボックス席が舞台を囲むような形で設置されている。


フェンダイから貰ったお金で上級席のチケットは既に入手してある。

とりあえず、リハーサルがあっさり終わってしまったので楽屋を徘徊して台本を入手することに成功。

ちゃちゃっとストーリーと先ほど監督が俳優たちに何らかの形で注意していた台詞をメモっていたら、いつの間にか開演時間になっていた。


しっかしねぇ。

一体何でこんな嘘っぽい話が大人気なんだろ?

『雪の魔術が得意』と有名なはずの姫は何故か魔術師として働こうとせず、父親の言いなりに政略結婚しようとする。

別に、一般的な魔術師の収入で暮らしていけないほど贅沢癖があるように表現されていないにもかかわらず。

『国一番の魔法剣士』と呼ばれる主人公も、それなりに貴族にも友人がいるはずなのに中堅どころでしかない貴族である雪姫の父親と全く交渉すらしようとしない。

しかも、折角皇太子の命を戦場で救って『何でも欲しいものを言うがいい』と感謝されているにもかかわらず、恋する相手と結婚できるように恋人の父親との交渉に手を貸してくれと頼まない。


な~んか、誰も彼も、自発性どころか普通の知恵すら足りない感じだ。


こんな人物たちのどこがいいのかね?


そんなことを思いながら待っていたら、舞台のカーテンが上がった。

お。

開幕だ。


まずはどっかの貴族の屋敷でのパーティのシーン。

雪姫が出てきてパーティで一緒になった友人(?)たちと笑いさざめきながら話をしている。

と、そこへ主人公の登場。

俳優ファンケットが舞台の左方から姿を現したら、『きゃ~~!!』というファンの黄色い声援が劇場を揺るがした。


そんなことも想定内なのだろう、ファンケットはライトの当たった部分で立ち止まり、優雅な礼をしてみせた。


客席の黄色い悲鳴が一段高まってからすっと収まり、劇の中のストーリーに戻った魔法剣士がパーティの会場を見渡す。

雪姫が目に入り、体全体の動きが止まる魔法剣士。その光景に、観客の間から甘いため息が漏れた。


つうかさ、雪姫も魔法剣士も、社交界の一員としてそれなりにパーティとかに行き慣れているっぽい雰囲気なんだから、他のパーティとかでもお互いの顔ぐらい見ているんじゃないの?どちらも美しさや格好良さで有名な人物だったと言う設定らしいし。

ちょっと考えてみたらここでこんなドラマチックな出会いになることの説明が弱いよなぁ。


そんなこんなで俺に内心突っ込まれまくりながら、劇の話が展開していく。

観客が悲鳴を上げたり、ため息をついたりした箇所を先ほどメモっておいた大筋のまとめの中に印をつけておく。


劇が終わる時点では、メモを書き足す空きも無いほどだった。

俺には何がいいのか分からないが、この活劇は観客の女性層からは圧倒的な支持を受けているようだ。


後でアリシア・ノブリにでも、観客の反応から印をつけておいた箇所の一体何がそんなにいいのか、説明してもらうとしよう。




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