第8話 星暦549年 青の月 19日〜20日 学院祭:ストーリー分析と応用


『雪の姫の魔法剣士』を見終わって寮に戻った俺は、早速アリシア・ノブリを捕まえて観客の黄色い悲鳴と甘いため息の解説を求めた。


「え~と、まず最初の出会いのシーンで、剣士が姫を見て足を止めますよね。何であれに観客が甘いため息をつくんですか?」


「だって、運命よ、運命!

誰にも心を動かされなかった宮廷一と歌われた美姫と、国一番の使い手と言われる魔法剣士が初めてお互いを見て恋に落ちるのよ!

女なら誰でも一度は夢に見るようなシーンだわ」


・・・そうでっか。

魔法剣士は知らないけど、姫に関して言えば、誰かに惚れても政略結婚をさせるために父親がそれを握り潰していただけなんじゃないの?


「じゃあ、パーティの後半で庭に出た姫を魔法剣士が追いかけて、石垣の上に彼女を座らせて話しかけるシーンで黄色い悲鳴が上がったのは?」


はぁ~、とアリシアが甘いため息をついた。

「筋肉よ、筋肉。

いい男の筋肉を使っているシーンってドキドキするじゃない」


う~ん・・・。

魔術師である姫は石垣の上に座りたければ自分で体を上げられたと思うんだけどね。

勝手に頼みもしないのに腰をつかんで持ち上げるのってめっちゃ失礼なんじゃないかと思ったのだが、相手がいい男の場合は大丈夫らしい。


「じゃあ、戦場でのご都合戦闘シーンでも悲鳴が上がりまくりだったのも似たような理由ですかね?」


「そうね、筋肉もだし、あとは剣士さまの魔術もあわせた強さに痺れちゃうってところかしら」


強いというのが魅力というのはまあ分かる。

とは言え、あの戦闘シーンはかなり無理があると思ったけどね。

仮にもプロの騎士や兵士が戦っているシーンでああも一方的に独りだけが強いなんて、ありえないだろう。

剣の握り方もおぼつかない皇太子の近衛騎士なんて絶対にいないぞ。


「ちなみに、皇太子を助けて『礼には何でもやるぞ』なんて言われたのに姫の父親と交渉してくれって頼まなかったのって何か理由があるんでしょうか?

どう考えてもあそこで頼むのが合理的だと思いましたが」


『合理的』な行動なんて煩いハエであるかのように、アリシアは話を手で払いのける仕草をした。


「そんなことをしたら話が盛り上がらないじゃない。いいのよ、剣士さまは他の事で頭が一杯だったの」


なんか、人間顔さえ良ければどんなバカでも英雄になれて女にもてるんじゃないかという気がしてきたぞ。


・・・まさかね。


な~んかとりあえず、突っ込みたい個所は大量に出てきた。

これをパロディみたいな感じにしたら脚本の骨組みが作れそうだ。


だが。

あんまり突っ込んだら女性陣から雷を落とされそうな気がする。


無事、この学院祭に参加できるのだろうか・・・。


◆◆◆


盗賊シーフは基本的に夜行性なイキモノだ。


普通の働いている人間なら日中の方が家を留守にしているが、盗賊シーフが狙うような金持ちの家は使用人が沢山いるので日中は忍び込むのに適していない。だから俺の体内時計も夜型に設定されていた。


お陰で学院に入って朝からクラスに行くのが辛くって辛くって・・・。

だから休養日の朝はたっぷり惰眠をむさぼるのが何よりもの楽しみなのだ。


なのに!!


今朝は通常の朝食時間に乱入してきたフェンダイとアリシアに叩き起こされた。

10日・20日・30日の休養日の朝は食堂も休みで単にパンや果物が置いてあるだけだから、朝食の時間なんて無視して寝ていられるのに!

寝坊が好きなのは俺だけじゃないぞ~~!!



「もうそろそろ配役や舞台装置・衣装なんかも決めなくちゃいけないんだ。さあ吐け!」


さあ吐けって、そんな無茶な。

大体何だって入学してまだ3カ月の1年生にそんな大役を押し付けたんだ、この人は。

まあ、確かに魔術を使っての貢献はまだ難しそうだけどさぁ。

それでも裏方の雑用なら幾らでもあるだろうに。


とりあえず、フェンダイが持ってきた朝食のパンを齧りながら昨日まとめたメモを開く。


「まず、最初はオリジナルと同じでパーティで始めます。初めて出会った2人が立ち尽くすシーンは思いっきりドラマチックに。舞台全体は2人を除いて薄暗くし、姫には後光を、魔法剣士には輝くバラの乱舞でも背負わせると言うのでどうでしょう?」


フェンダイとアリシアが考えている間に紅茶を注ぐ。

「光彩魔術で舞台の他の部分を暗くさせ、誰かにバラと後光のイリュージョンを作らせるか」


「どうせなら、バラはラメでも振りかけた本物の花びらを使いましょうよ。その後のシーンで足元にバラの花びらがあるほうが面白いわ」アリシアが反論した。


フェンダイが頷いた。

「まあ、そうかもな。で?」


「本当はワルツの後にベランダへ出た際に、魔法剣士が石垣に姫を乗せるシーンに対して大いに突っ込みたいところなんですが、イマイチ笑えるシーンを思いつけなかったので、この際ワルツで笑いを取るということでどうでしょう?バラを撒き散らす2人が踊る間に段々宙に浮いてきて、しまいには他のダンサーの頭を足蹴にしながら踊り続けるという感じで」


フェンダイが笑った。

「恋に夢中で周りの見えていないバカップルか!いいな」


アリシアも特に異論が無さそうだったので続ける。

「翌日、二人が姫の父親に関して相談するシーンはそのまま。その後、父親に会いに行った時に、父親がちょうど外出する間際に来た為『今はそんな暇は無い』と言われ、姫が言っていたとおり、父親は彼女を政略結婚に使うつもりで主人公の言うことに耳を傾ける気が無いのだと二人が誤解する・・・なんて流れを考えています」


「全部の苦労は思い違いからっていうことにするの?ちょっと皮肉が効き過ぎじゃない?」

アリシアが微妙に不機嫌そうな顔でコメントする。

まあ、彼女のお気に入りである魔法剣士を『うっかり者の思い違い男』という風にするのだから、不満があっても不思議は無い。


「国一番の魔法剣士で王子や有力貴族ともそれなりに交流のある適齢期の男が、中堅どころの貴族の娘と結婚できないなんてそもそも可笑しいでしょう」

俺だったら戦場やらモンスター退治やらに出る前に、適当に偉い友人に父親へ脅しをかけさせるね、絶対。

「だからちゃんと友人や味方を使って有意義な交渉をしなかった魔法剣士がバカだと俺は思いましたね。

なのでこれをちょっと大げさに、『思い違いでした』という形にしてしまおうかと」


フェンダイがアリシアの方へ目をやる。

「一理あるが・・・ファンの反感を買うかな?」

一瞬考えてからアリシアは首を横にふった。

「考えてみたら男女反対のコメディですもの、怒るほど感情移入しないと思うわ」


「では、次に行きましょうか。断られたと思って絶望した魔法剣士は戦場へ行きます。

戦闘シーンは思いっきりベタにやりましょう。他の兵士が普通に戦っているところで、魔法剣士が剣を振るたびに火が飛び交い、敵兵が舞台の端までぶっ飛ぶといった感じで。

そんな風に敵をポンポン飛ばしている間に皇太子を偶然助けます。今回は、皇太子は実は魔法剣士の親友だったという設定にして、大げさにお礼を言うのではなく、『ありがとよ』と言った感じにカジュアルに済ましてしまいましょう」


このパロディを考えていて気がついたのだが、俺はこの魔法剣士が非常に気に食わないらしい。ついつい悪意のこもった場面を色々と思い浮かべてしまった。これでも大分毒を薄めたのだが、どうだろう?


「親しいという関係がそれだけで観客に伝わるかは分からないが・・・とりあえず、いいとしよう」

フェンダイが先を促すように眉を上げて見せた。


「で、戦場から帰ってきた後の凱旋パーティで、皇太子が途中から登場して姫の父親に魔法剣士が姫と結婚するのを許すよう彼の面目に免じて許可してくれと言いに来ます。そうしたら父親が『駄目だなんて一度も言ってないじゃないか。一言言ってくれれば喜んで賛成したのに』とつぶやくという感じで結ぼうかなぁなんて」


フェンダイがう~んとうなった。

「ちょっとあまりにも魔法剣士と姫がバカに見えるなぁ。何か、もう少しこの2人を格好よく見えるシーンを最後に入れよう」


「な~んか、ここまでおちょくられると『雪姫』の2人って実はかなりバカだったかな?って感じがしてくるわね。この際、更に話を進めて女性の強さを見せ付けてやりましょうよ」

アリシアが苦笑しながら伸びをした。

「父親が実は反対していなかったって分かった場面で皇太子を暗殺しようと敵国の人間が乱入。それを姫が魔術でコテンパンに撃退しちゃうとしましょう。折角だからダレンに少しは魔術を使って活躍してもらいたいし」


いや、スカートをはいた時点でダレンは活躍をすることは諦めたと思うが。

コメディには賛成していたものの、恋する女性役をすることになるとは思っていなかっただろうなぁ、彼・・・・。


とりあえず、パロディのあらすじを作ると言う大役が終わったようなので・・・寝る!






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