第2話 星暦549年 赤の月 7日 翌朝
高級なベッドでも、慣れない人間にとっては居心地が悪いことが判明。
というか、高級なベッドだったからこそ居心地が悪かったのかも。
学院長のアイシャルヌ・ハートネット(!そう、巡回をしていた初老の魔術師は何と学院長だったのだ。何だって学院長が夜中に騎士と一緒に隠密で巡回なんぞしているんじゃい?!)が提供してくれた客室は、今まで仕事で『訪問』した貴族邸の一部に比べれば堅実路線だったが、それでも俺から見れば十分高級志向だった。
座ったら沈み込みそうなベッドに羽のように軽い布団、歩いたら足跡が残りそうなほどふかふかな絨毯、光沢のあるシルクのベッドカバー。
はっきり言って慣れない。
布団は暖かいのに軽くて心もとなく、ベッドは寝転がっている間にこちらを捕らえる罠のような気がしてくる。
結局、ショックと興奮もあいまって中々寝付けなかったにも関わらず、夜明けには目が覚めてしまった。
寝静まった家の中を一通り探索した後は大人しく部屋で待つことにしたが、幸いにも学院長は朝型人間らしく、さして待たされること無く朝食へ呼び出された。
卵にベーコン、パンとお茶。
普段は朝食なんて堅パンにありつければラッキーというところだから、ちょっとヘビーな気がした。結局、昨日の昼から何も食べていなかったお腹にはちょうどいいぐらいだったが。
まあ、俺はまだ成長期の若者だしな!
「まず、年齢と名前、背景を教えてくれ。あと、どこかに顔を出せないなんてことがあるならそれも言ってくれ。
魔術学院の生徒が警備兵にしょっ引かれるなんてことになっては困るからね。先に手を回しておく為にも正直に答えた方が、自分の為だぞ」
食後のお茶をゆったりと楽しみながら学院長が命じた。
「ウィル。14歳。孤児。盗賊シーフギルドの一員だけど、幹部の一部以外には顔は知られていないはず」
「なるほどねぇ」お茶のお代わりを注ぎながら学院長がため息をついた。
「孤児ならば、物乞いか、かっぱらいか、裏ギルドかというところか。孤児院もあまりいい噂を聞かぬしな」
両親が死んだ後に放り込まれた孤児院は酷かった。
職員による暴力は日常沙汰、体が成長した少女は乱暴をされ、少年も少女も密かに売られ続け。
あの孤児院から出ていくのは病気での死亡か人買い商人に買い取られてというのが殆どだった。
「基本的にこの国では魔力ギフトがあるものは全員、それをマスターすることが義務付けられている。
だから魔術学院の授業料も奨学金として無利子で貸し出される」
「学んでもマスター出来ない人間は、どうなる?」
「魔力ギフトを完全に封印される。
場合によっては人格が変わったとか、知覚に障害が出たとか云う噂も聞くから、精一杯頑張るんだな」
おいおい。
「学校の制服と食事は支給されるし、小さいが寮の部屋も与えられる。全て割引料金で費用が加算され、無利子ではあるが卒業後に返済義務を負う。
割のいい生活環境が安く無利子で提供されるからな。甘えてずるずる卒業を引き延ばされても困るから、奨学金生が2年連続留年した場合は余程の理由がない限り魔力ギフトを封じられて退学だ」
お茶のお代わりを淹れながら学院長が説明を続ける。
「基本的に、カリキュラムは個人ベースだ。魔術にも系統によって相性があるからな。担任と相談しながらクラスを決めて行く。必要になれば個人での補習もある。大抵の場合は努力をすれば魔術師になれるはずだ。レベルは努力だけでなく才能にも左右されるが」
魔術師には3級から始まり特級まで4つのレベルがある。
というか、普通は2、3級止まりで1級に合格したら宮廷魔術師になれる。
特級魔術師なんて一国に一人いるか、いないかといったところで高位貴族並みの権威を持つと言われる。
3級でも職には困らないはずだから、後で奨学金を返済しなければならないとは言っても、魔術学院へ通わせてもらえるのは願ってもない幸運だ。
「まずは寮に行って部屋を決めて、制服を貰うか。担当にも紹介するから明日からのカリキュラムを決めておくのだな」
食後のお茶も終わらせ、学院長が立ちあがった。
さ~て、どんな1日になることやら。
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