第19話

パワードデバイス社

章生あきおは、桐生きりゅう博士が城杜しろもり大学の教授時代に助手をしていた大本律華おおもとりつかを訪ねた。彼女はバイオロボティクスの研究者として、企業と大学の橋渡し役をしていた。

「この間は取り乱してしまって、失礼しました」

律華は少しばつが悪そうに言った。

「尊敬している人を悪く言われたら誰だって不機嫌にまりますよ、お気になさらず。早速ですが、桐生博士の人物像について教えて頂けますか」

章生は挨拶あいさつもそこそこに本題へと入った。

「私が知っているのは博士が城杜大学の教授だった頃ですから6年以上前の話になってしまいますが‥」

「その頃の博士はどんな研究を?」

「BMI、『ブレイン・マシン・インターフェース』をご存知ですか?」

「何となく耳にしたことは‥」

「人が頭で考えたイメージを読み取り、その通りにロボットを操作できる技術です」

「それは素晴らしい技術ですね」

「この技術を実現する為に博士が目を付けたのが『スケープ能力』でした」

「スケープ能力?」

日出ひので大学の富由とみよし教授が提唱した人間が潜在的に持っているとされる能力で、言葉に込められた概念を共有できる能力です。

例えば‥村主さん、机の上からレーザーポインターを取って貰えますか」

「んー‥これですか?」

章生は自信無さげに白い棒を取り上げた。

「残念ですがそれはボールペン、正解はこれです」

律華がリングを拾って指にはめホワイトボードを指さすと、赤い光点が現れた。

「この様にある言葉が何を指すかという概念は、見た目、機能、質感など多くの情報で構成されており、認識は人によって千差万別です。

しかし、同じ概念を持っている同士なら、言葉自体の意味に関係なく正確なコミュニケーションが取れる、それがスケープ能力です。博士はこのプロセスをコンピュータで再現しようとしました」

「なるほど、その技術がPDOSに生かされた訳ですね」

「それが‥博士はこの研究を途中で止めてしまいました」

「え、何故なぜですか?」

「理由は単純で、研究対象のスケープ能力者を見つける事が出来なかったんです」

「それは意外な結末というか何と言うか‥」

「でも、すぐに博士は『ニューロン・インターフェース』というAIを使った技術を思い付きました。

ところが、この方針転換に対する関係者の反発は大きくて‥それからです、博士が身勝手だとか奇人だとか言われるようになったのは‥」

「桐生博士のAI研究はその時から?」

「そうです」

「それであっという間にAIの第一人者になったと‥やはり天才なんですね、博士は」

「だからです、嫉妬の裏返しなんですよ、博士に対する批判は‥その後、私はニューロン・インターフェースを医療向け人工四肢として実用化する為に今の会社に移り、博士は有人二足歩行ロボットの開発に参加する為にハヤセモータースに移りました。

博士とはそれ以来お会いする機会がないままになってしまって‥」

「一つ質問なのですが、桐生博士は簡単に研究方針を変える様な人物ですか?周囲の反発を無視してでも‥」

「そんな事はありません!気難しいって言う人もいますけど、私にはとても誠実に接してくれました。というか博士は世界のすべてに対して誠実でいようとしていたんだと思います」

「それなのにスケープ能力の研究を止めた‥何か釈然としないですね」

「もしかしたら、博士はスケープ能力の研究を続けていたんじゃないでしょうか‥失踪した理由もそれと関係あるかも‥」

「それは話が飛躍しすぎでは‥」

急な展開に章生は戸惑った、しかし律華の心には火が付いた様だった。

「あの、私も調査に参加させてもらえませんか?博士がPDで何を実現しようとしていたのか私も知りたいんです」

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