休暇 (※殴り&えっち注意)

春嵐

休暇

 周りから、とめられて、田舎の実家に帰らされた。実家でも、はれものに触れるような扱いで、大事にされているといわれれば聞こえはいいけど、単純にこわがられて避けられてるだけだった。

 社内の心理ケア系アンケートで、レッドゾーンを越えてブラックゾーンになっていた。つまり、早い話が、精神に異状をきたしている。どこかがおかしい。そういうなかで、あれが起こった。社外への外面のために私は休暇扱いで休まされ、あいつはいなくなって。私は実家。


「あぁ」


 つまんね。つまんねえ。仕事やめてしまおうか。

 左手。

 薬指。

 これが原因なんだけど、誰も気づかないし。もういいやっていう気分になってる。

 遠巻きに、誰か来た。

 会社のひとが来ているらしい。それだけ伝えて引っ込んでいった。会社の誰が来たのかもわかんないし、そもそも家族の誰が来たのかも分からない。


「おお。いい実家だな。家も立派で広い」


 あいつがきた。


「外面だけよ。中身は小金持ちと同じ。くさってるわ」


「そう言うなって」


 彼。

 左のほっぺた。どでかい、ひっかき傷。


「精神に異状?」


「うるせっ」


 叩こうとして、手が止まる。


「おいおい。叩けよ」


 彼が、ほっぺたを寄せてくる。ひっかき傷。

 私がやった。

 彼を殴って。

 傷つけた。

 この、左手の薬指で。


「わたし。おかしいのかな」


 彼が、笑った。


「おかしい、だってさ。あはは。おかしいなあ」


「ねえ。どっちなのよそれ。わからないんだけど」


「そうだな。一般社会的にいうと、おまえはおかしい。突然同僚を殴るのはおかしい。アンケートでやばい値が出るのもわかる」


 やっぱり、おかしいのか。わたし。だめなやつだ。わたしは。


「でも、俺から見たら、正常もいいところだよ。おまえほど普通なやつを俺は見たことがない」


「は?」


「指輪の汎用性を調べたかったんだろ?」


「うん」


 その通り。


「で、指輪がいちばん危ないのは喧嘩のとき。だから、俺を殴った」


「うん」


「ひっかき傷ができたから、だめだったわけだ。しかしそれを社内のみんなに見られておまえは休暇をとらされた」


「うん」


「普通だよ。指輪貸せ」


「はい」


 指輪を渡す。誰とも結婚してないのに、はめた指輪。12万円。

 彼が、雑に投げ捨てる。


「あっ」


 わたしの12万円。


「いらねえだろ。だめな指輪なんて」


「いやいやいや。売るから。だめよ」


「そこは現実的な思考なんだな」


 指輪を拾いに行こうとしたわたしを、引っ張って止められる。左手。


「ほれ。これはどうだ?」


 指環。なんかやわらかくて、ひんやりしてる。


「よし来い」


 彼が、気合いをいれて、こちらを向く。


「うおりゃ」


 殴った。

 ばきぃっていう、いい音。


「よし。今度はいいな。ほら見て。大丈夫。傷がないぜ」


「うん」


 彼は、普通に接してくれる。わたしに。

 指環。ひんやりしてるけど、彼の心であたたかい。


「やめたらいいんじゃねえか、仕事」


「でも」


「アンケート。わざと適当に書いたんだろ?」


「うん。もうどうでもいいやって思って」


「絵で生きていけよ」


 絵を描いている。普通に5桁万円とかする絵を。ほとんど税金に持ってかれてるけど。


「将来が不安」


「そんだけ稼いでるのに?」


「違うくて」


 違う。違うくて。


「あなたの隣に、ずっといたい、から」


「仕事中も?」


「うん」


「よし。わかった」


「何がわかったのよ」


「仕事やめる」


「え、あなたがやめるの?」


「正義の味方にならないかって誘われてんだ、俺」


「なにそれ」


「言葉通りだよ。おまえも一緒にやるか?」


「やらない」


「やらないのかよ」


「せいぎのみかたじゃないもん、わたし。あなたを殴って」


 頬に傷を。


「じゃあ絵を描きながら俺のとなりにいればいいじゃん」


「いいの?」


「いいけど。金は使わせてくれよ。正義の味方がどれだけの給金なのかはいてないんだ」


「おかねか。けっこう持ってたよね?」


「ないなった」


「なんでよ」


「おまえの左手の薬指になったんだよ」


 指環。


「それ。7桁万円」


「はあ?」


「新素材だから。この世に最近存在し始めた金属。すげえだろ」


「えっごめんなさい」


「外すなよ、おい」


「払う払う払います」


「払えねえだろ。7桁万円だぞ」


 わたしの稼ぎ。5桁万円からめちゃくちゃ税金とられて、ええと。


「おいまともに計算すんなよ。もらっとけって」


「でも」


「おいおいおい結婚すんのかしないのか。どっちなんですかあ?」


「しますします。します」


「よし」


 彼が笑った。

 傷が、ちょっと動く。

 彼だけは、わたしを普通に見てくれてる。

 わたしは、彼だけが好き。他はぜんぶきらいになってもいいけど、彼だけは。きらいになれない。


「うわきしたら、ちんちんやいてたべるから」


「じゃあおまえ浮気したら何するんだ?」


「ごめんなさい今の発言は無しで」


「おまえを好きになる時点で、他は無理だろ。おまえほどわけのわからん普通を、俺は知らない」


「ほめてる?」


「普通」


「普通ってなんだよ」


「普通は普通だよ」


「仕事やめます」


「そうか。それはよかった」


「1日何回えっちしますか?」


「えっいきなりそこ?」


「二桁ですか。それとも三桁?」


「え?」


「え?」




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休暇 (※殴り&えっち注意) 春嵐 @aiot3110

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