第5話 ヘンゼルとグレーテル
混ざりあったぐちゃぐちゃな色。
赤、青、緑、黄、紫、白、黒。
怪獣の心の中の色はぐちゃぐちゃだ。風に乗って漂うこの色が私の心をかき乱す。おそらく私じゃなくてもこんな怪獣に出会ったら叫び声も上げるし、心臓が張り裂けそうになるだろう。
だけど、隣の光ちゃんは叫び声を上げなかった。
声にも出せないくらい怯えてるかといえば、そうでもない。
私は人を色で感じる。匂いで感情なども読み取れる。
それでいうと光ちゃんはいたって冷静沈着。先ほど叫び声をあげていた光ちゃんとは別人のようだ。
「光ちゃん、大丈夫だからね。急に動かないでね。」
私は小声でささやいた。
「...うん。」
「ぐるるるる!!!ぐぅ~~...!!!!」
怪獣はうめき声を上げて、いつでも飛びかかる準備は出来ているようだ。
「私が合図したら私とは反対の方に逃げてね。...いくよ!」
私がポケットから防犯ブザーを取り出し、駆け出そうとしたとき、
「取り囲め!配置につけー!砲台用意!」
どこから現れたのか怪獣駆除の特殊部隊がいっせいに怪獣を囲む。
怪獣の色と声に惑わされて、こんなにも数多くの人が周りを取り囲んでいたとは気がつかなかった。それと風向きも関係しているかもしれない。
光ちゃんはもしかしたら、特殊部隊が見えていたのかも。けれど、なぜ、それなら話してくれなかったのだろう。
「もう少しだ!押しきれー!!」
容赦なく砲台を浴びせられている怪獣は、うめき声を上げて暴れているらしかったが、徐々にその声、色は弱まっていた。
隣にいる光ちゃんの色は相変わらず冷静でぶれていない。
「光ちゃん、良かった!私たち助かったみたいだね!」
「そうね。良かった。」
光ちゃんは冷静に返事をする。まるで予定調和のように。
それから5分ほどしてすぐに怪獣は退治された。この怪獣がまた私たちがいる研究所に運ばれてくるのだろう。
一人の特殊部隊員が私たちに近づいてきた。
「たまたま誤報の警報が近くで発令されていたので良かったです。もう外も暗いので私たちが、家までお送りしましょう。」
と、もう一人が近づいてくる。
「光!探したよ!こんなところにいて...!」
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん?」
「あなたが光を保護してくれていたんですね?ショッピングモールで目を離したすきにいなくなってしまって!...すぐに警察の方から話しを聴いて追ってきたんです!」
何人か警察官も同行していた。多分、話しを聴いたのは狐坂さんだろう。私たちがいなくなった後の狐坂さんの慌てぶりが思い浮かぶ。福顔の狐坂ならぬ、狐顔の困り顔になっていただろう。
「そうだったんですね!...私もすみません。勝手にこんな場所まで連れてきてしまって...。」
ほんとは9割ほど私が連れ回されていたわけだが。
「いえいえ!こちらこそ大変申し訳ありません!多分、光のことだから、光がワガママを言ってあなたを連れ回していたんですよね?こちらの不手際です!申し訳ございません!」
深々とお辞儀をする光ちゃんの兄だったーーなんて良いお兄様だろう!声の感じからしてそんなに光ちゃんとは年齢が離れていないはずなのに!
「申し遅れました!僕は内木田黒百(うちきだくろと)と申します!黒色のくろに百で、くろとです!」
「あっ、どうも!私は色彩陽菜乃って言います!」
すると、またオレンジの匂いがした。
「もしかして、オレンジ持ってる?」
「あっ!はい!僕のおじいちゃん、おばあちゃんが農家をやっているので!...もし良かったらどうぞ!」
「えっ!いいの!?ありがとー!ずっと食べたかったんだ!」
黒百くんがネットに入ったオレンジをわけてくれた。
「陽菜乃、これもあげる。」
光ちゃんが渡してくれたのは丸い形のネックレスだった。
「いいの?」
「うん。私のママがくれたの。キャンディ型のネックレス。もう一つあって私も肌身離さずつけてるから陽菜乃も着けてね。」
「うん!ありがとう!」
それから光ちゃんと黒百くんとは別の車で送迎してもらい家路についた。
ベッドに潜り今日一日を振り返る。
歩き疲れてヘトヘトだし、怪獣にも襲われたけど、光ちゃんが無事家族と再開できて、良しとしょう!
ーーただ、気になる点もあった。
光ちゃんの両親はなぜ二人をほったらかしにしていたのか。あの様子を見ると、両親が捜索願を出しているようにも思えない。いくら黒百くんがしっかりしてるからって。親の責任を果たしているようには到底思えない。
次に、光ちゃん、黒百くんはこの辺りに住んでいるのか。
迷子というからには、少なくとも東京に住んでいると思う。あの軽装で、ましてや、子供二人。光ちゃんはともかく、黒百くんも、旅行で両親と東京に来ていたとは言っていなかった。
そして、この辺りに住んでいるのなら絶対に〈オアシス〉という名前は知っているはず。けれど、光ちゃんはまったく知らなかった。のに、〈オアシス〉に来ていた矛盾。住宅街に、囲まれたあの場所は、他から来たら絶対に見つけ出せないし辿り着けないだろう。
絶対に〈オアシス〉には自分たちの意志で来ていたと思うのに...。
また、ふわりとオレンジの匂いがした。
今度は色で感じず、枕元に置いてある黒百くんからもらったオレンジの匂い。
今日は疲れたし早めに眠ろう。
夢の中で両親と出会いますように、と願い、また一日を閉じた。
このときの私はまだ知らなかった。後に起こる悲劇を。
あの兄妹と出会ってしまったことを後悔するかのような、激しい感情の日々。まるでパレットの上で絵の具を混ぜ合わせたかのようなぐちゃぐちゃな日々を。
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