第4話 ナイトサファリ

 ショッピングモール〈オアシス〉を離れてから約2時間。ショッピングモールに着いたのは15時くらいで、すぐにこの子にあったから今の時刻は17時くらい?結局全然お買い物できなかったな~。

 いまだに女の子は私の手を握り無言で街中を引きずり回している。けれど、私は左手に白杖を持って歩いている。なので、ある程度、私の歩幅に合わせて歩いてくれている感じはある。いざとなったら白杖で白状させてやる、なんて心の中で勇んでいたら、

 「ふぅー。この街は何にも無いのね。これだけ歩いてたら遊ぶ場所の一つや二つくらいあるもんでしょ。」と言うので、〈オアシス〉がいかにこの街にとってオアシスだったのかを説明した。すると、

 「ほんとにつまらない街ね!じゃー陽菜乃が私をもてなしなさい!」と激昂した。

 もてなすといっても、この何にも特徴の無い街でどのようにしてこの子をもてなせばいいと言うのか。何が狙いで私は連れ出されたのか。

 というかはたから見れば年齢的に私が4歳の女の子をつれ回しているように見えないか!?それはまずい!だからといってこのまま置いていけないしな~。うーん。...まず迷子の子に対する接し方をしてみよう!あまりにこの子が堂々としているので迷子だということを忘れていた。

 「そういえば、まだお名前を聞いていなかったわよね?あなたは何ていうお名前なの?改めまして、私は色彩陽菜乃よ!よろしくね!」

 「私は内木田光(うちきだひかり)」

 「光ちゃんていうんだー!いい名前だね!」

 「.....。」

 う~ん。ちょっとだけ明るいキャラで接してみたけど失敗だったかな~。それにしても何か引っ掛かるんだよなぁ...。

 「ナイトサファリ」

 「へ?」

 「ナイトサファリに行きたい。あなたどこか知らない?」

 「ナイトサファリ?...いや~、ナイトサファリって動物園でやってるやつよね?夜の時間に動物を見れるっていう。う~ん、たまに、〈オアシス〉に移動型動物園が来たりするけど今日は来てなかったなぁ、う~ん。」

 「別に動物園じゃなくてもいいのよ。ナイトサファリって聴いてあなたが心に思い浮かぶもの。」

 「私が心に思い浮かぶもの?」

 急に哲学的なことを言ってきた光ちゃんだ。

 ナイトサファリって聴いて心に思い浮かぶもの?思わず二度見ならぬ、二度言いをしちゃったけどそんなのある?ナイトサファリって言葉すら普段聞かないのに。

 だんだんと日も落ちてきたし、そろそろ私じゃ対応できなくなってきたーーというか体が壊れる!悲鳴を上げている!早く私を解放してくれ!

 心も体も、4歳の女の子に問われた哲学的言葉に答える頭のエネルギーももう無い!ーー後はまたプロの警察官にまかせて私はとっとと帰ろう。

 「光ちゃん!もうお空も暗くなるし、もうこの返にしない?今日はいっぱい歩いて楽しかったよー!光ちゃんを警察署まで送るから!ねっ?」

 「私がここで叫んだらあなたは周りからどう見られるかしら?」

 「うっ...。」

 この子、自分が子供って理解してる!ほんとに子供なの!?立場を利用して交渉してくる!何が目的なの!う~~~!

 そろそろほんとに左手の白杖で白状させようかと考えたときに閃いた。

 「ほんとに私が思うナイトサファリでいいの?」

 「いいわよ。何か思い当たるところがあるの?」

 「わかった!ついてきて!」


 それから30分ほど歩いて着いた場所は自然公園。

 ここは両親とよく来ていた場所。まだ幼くて目が見える頃に、動物が見たいと駄々をこねたら夜中に懐中電灯を持ってナイトサファリごっこをしてくれた。

 「さぁ、着いた!私のナイトサファリクルーズへようこそ~!」

 「ほんとにここ?ここでいいの?」

 辺りは暗くなりかけているはず。夜の公園の雰囲気が怖いのだろう。少しだけ声のトーンが低い。

 「大丈夫!昔、私も親によく連れてきてもらったんだ!」

 ポケットからスマホを取り出して明かりをつけた。

 「器用なのね。分かるの?」

 「これくらいはね!もー何年か前だし!」

 「事故が原因なの?」

 「そう。両親が運転していた車でね。...両親は死んじゃった。...私もその車に乗ってたの。」

 「...そうだったの。思いださせちゃってごめんなさい...。」

 「...いいの!せっかく来たんだから遊ぼ!」


 それから私と光ちゃんは自然公園をぐるっと回った。私が前を歩いて左手に白杖を持ち、右手のスマホで明かりを照らす。光ちゃんはちゃっかり私を盾にしてついてくる。

 「ぎゃー!何、何、何!?何か動いた!!!」

 「あそこ!あそこ!はやく照らして!」

 「いや~~!!何かにつかまれた~~~!!!」

 ーーと、いうようにほぼ光ちゃんの叫び声が公園中に響いていた。

 「はぁ、はぁ、はぁ、...。」

 「大丈夫?光ちゃん。」

 「大丈夫よ!やるじゃない!全然驚かないなんて!」

 「私は見えないし。あと何回も来てるからね。」

 小さな体で虚勢を張る光ちゃんはとても涙ぐましい。

 一息ついてから、公園内のベンチに腰かけた。辺りはすっかり暗くなってしまった。

 「今日はありがとう。とても楽しかったわ。」

 「ほんとに?すごい叫んでたけど、あれは楽しかったの?」

 「うん。私あんまり普段、感情を表に出すことってしないから。」

 「ふーん、楽しんでくれたのなら良かった!」

 「.....。」

 「...さっ!光ちゃんのご両親が心配してると思うからもう行こ?」

 光ちゃんの寂しそうな色を感じた。

 「私ね、普段、ママとパパとは遊ばないの。忙しいから...。」

 より一層悲しみの色が増していく。

 「だけどね、今日はほんとに楽しかった!久しぶりに年相応のことが出来たな、って感じ!」

 強がってても、大人っぽい言動をしててもやっぱりこの子も他の子と同じなのね。両親の愛情に飢えているんだ。

 そう思うと、今日の一日がこの子にとって意味のあるもので、私もその手助けが出来たなら、こんな日も悪くないと思えた。

 「ははっ!年相応って。まだ子供なんだから強がらなくていいの!子供は遊ばなきゃ!さっ、行こう!」

 すると光ちゃんは手を強く握ってきた。

 「あのね...。実は」

 と光ちゃんが話している最中に気がついた違和感。


 光ちゃんの色とは別のもう一つの色。


 ベンチから、30メートルくらい前方。荒い息遣いがかすかに聞こえ、


 ぐぉーーーーー!!!!!という雄叫びが夜の公園に響いた。

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