3-9

 --呪いだ。

 ヒタオが遺した言葉は、タバナを縛り付けてしまった。


 意識を飛ばしすぎて薄れて、私は気を失ってしまった。正確には、高く飛びすぎて、意識が消えてしまう寸前だった。

 戻れたのは、ヒタオと、タバナのおかげだった。

 ヒタオに、押し戻されたイメージがあった。

 身体を放れたからこそ解放されたヒタオのツウリキだったとは、戻ってこれた今だから分かることだ。文字通りの、最期の力だった。もう、ヒタオもほぼ消えていた。

 押し戻された私はタバナの意識に支えられて、身体まで戻ってこれた。でも気力を使い果たした私もタバナも、身体に意識が戻っても気を失ったまま、倒れていたらしい。フツが女性陣を総動員して、私たちを清め、寝かせてくれたそうだ。


 そうだ、とは、フツから、そう聞いただけだからだ。

「フツ……本当に、ありがとう」

 力なくお礼を述べる私を気の毒に思ってくれたのか、フツは泣きそうな笑みを見せて首を振り、寝たきりになっている私をねぎらってくれたものだった。

 あれから何日たったのか、少なくとも目覚めてからは3日は経ってるはずだったけど、私は起きれず、タバナもいない。口にするものも、まだ水とお粥が精いっぱいで、それもほとんど液体みたいなヤツだ。さすがに今は、鶏のから揚げとかケーキとか、考えられない。

 タバナはタバナの家で眠っているのだろう。死んだとは聞いてない。ひょっとしたら、もう起きれてて、ヒタオのお葬式に間に合ったかも知れない。


 私は、間に合わなかった。


「ご無理もございません。ミコ様は、それはそれはおやつれになって、身を起こせる有り様ではなかったのですから」

 フツがつたなく、おろおろと言葉を紬いでくれたものだった。喋り方が、たどたどしい。そりゃそうだ、今まではずっと、ヒタオが窓口やってくれてて、他の子たちとは名前ですらも呼べない関係だったもんね。

 もしかしたら役割分担は、最初から決まってたかも知れないけど。ヒタオが死んだからフツがリーダーっていうのは覚悟してたのかも知れない。とはいえ、こんな風に訪れるとは思わなかっただろうけど。

 でも、ヒタオばっかりに全部押し付けて任せて、あとは知らんぷりだなんて雑な仕事は、してなかったと思う。みんな、きびきび動いてくれてるもん。影では、ヒタオを悲しんで泣いてるのかも知れないけど、私の前では、少しも泣かない。


 ヒタオは死んだ。

 死ぬところを見とどけた訳じゃないのに、それは、はっきりと分かる。感じる。ヒタオが存在していないことを。

 この社にいないとか、意識が戻ってないのかも知れないとかいう、そんなレベルじゃないことが分かる。きっと、タバナも感じていることだろう。

 最期に事切れた、ヒタオの意識。

 私が無事で良かったと最期まで感じてた。心から微笑んでくれていた。私を、カラナを愛してくれていた。そして、タバナを。

 ヒタオにも影はあった。タバナとカラナを並べたら起こらない訳がない、暗い気持ち。でもヒタオは、そんな気持ちもひっくるめて、光に換えて笑っていた。2人が好きなのだという確固たる光を心に灯して、考えないようにするのではなく、そんな気持ちも自分の一部なのだと認めて、その上で穏やかに過ごしていた。

 本当なら、もっともっと貪欲でも良いのに。奥さんなんだから。

 私が嫁なら、ウチの人に近づかないで、半径2m離れて、ぐらい言いそうだよ。

 でも、それをしなかったヒタオのほうが、一枚も二枚も上手うわてだったのだ。

 だって、ヒタオの表情は笑顔しか思い出せない。ちょっとは嫉妬とかしてくれても良かったのかも知れないけど、そんな表情はかけらも思い出せない。私が、嫉妬するに値しない存在だったのかも知れないとも思うけど、そうだとしても、勝ててないことには違いない。

 どっちの意味で嫉妬してなかったのかも。

 きっと、ヒタオならカラナに全面的信頼を置いてたから、嫉妬なんてしてなかったんだろうなと思えてしまう。相手にもならない、なんていう勝ち誇った気持ちのほうじゃなくて。そう感じさせてしまうだけの器量を持ってたヒタオって、ホントすごい。

 タバナの記憶にだって、きっとヒタオの思い出は、笑顔ばかりなんだ。


「タバナは?」

 と訊けたのは、5日もたってからだった。いや、もっとたっているかも知れない。

「喪に服されておられます」

 この時、答えてくれたのは、フツじゃない。トワダという、ちょっと元気な子だ。中学2年生ぐらいの感じかな。フツもだけど。

 フツが文系で、トワダは体育会系って感じだ。部活あったら、バドミントンとかやってそう。くるくると、よく動く。

 喪に服していても、だから家を出たらダメだとか、そういうのはないそうだ。仕事は、ちゃんとやってるとトワダが付け足してくれた。ただ、ここに来ないだけ。

 物理的な距離がそのまま、精神的な距離にも感じられる。

 タバナはカラナから、遠く離れた。

 ヒタオが連れてってしまった。

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