2-8
でも、私は気絶しなかった。
「タバナ?」
「はい。ミコ様」
いつの間にか背後に立ち、私を支えてくれた人。直感で呼んだら、当たった。
嫌味男の斜め後ろにいたはずが、いつ私の側に来てたんだろう?
とはいえ朝だったはずのお日様は、すっかり傾いて赤くなっている。そんなに長い間、私はトリップしてたらしい。そりゃ疲れてるはずだわ。
でも雨はまだ、しとしとと降っている。私たちの上にだけ。晴れてるけど降ってる……なんていうんだっけ、こういうの。
嫌味男はといえば立ち上がり、私に背中を向け、人々に向かって叫んでいる。
「皆、解散である。一刻も早く、この雨を糧とするのだ!」
オウと応じた眼下の人々が、一瞬にして散っていく。
水、貯めるのかな。せっかく降ったんだもんね。
雲は薄い。太陽も見えている以上、雨は、じきに止むだろう。
もっと長く、強く降らせられるようにならないといけないかも。
嫌味男も叫ぶだけ叫んだら、私に向き直って一礼をだけして、どっか行っちゃうし。部下らしき男の人たち数人も、一緒に走ってく。雨水の確保に奔走するんだろうなぁ。
一礼した彼の顔は、実に悔しそうに見えた。
コツは分かった。気がする。
私が自分で見い出せたというよりは、この身体に染み付いているものを引き出しただけ、という感じだったけど。
現代社会に戻れたとして、その時の私が同じことしても、それで雨が降ってくるとは思えない。例え空腹になっても死にかけても多分、出来ない。やってみないと分からないけど、なんとなく、そうじゃない気がする。
ひとつのキッカケ作りにはなってるのかも? だけど。
空腹のほうが心も空っぽにしやすいような、そんな感じはあった。でも、お腹いっぱいであっても出来るようには思う。この身体の子があんまり食べない理由は、それだけじゃない、違うトコにある気がする。
食べることに、すごい罪悪感を覚えるみたい。
「ミコ様、お召し物が濡れておられます。お入り下さい」
呼びかけてくれたのは、ヒタオだ。そうだ、雨に濡れてるんじゃん。と、気がついた。
夏だからか、シャワーみたいに気持ち良かったからか「建物に入らないと」って意識がなかった。それに周りの皆も、何も対策してないし。濡れるがままなのが弥生式なのかしら。
とはいえ、ちょうど、タバナも側に来てくれたのだ。
話を聞かなきゃ、だわ。
私は、きびすを返して歩きだしつつ、二人を見た。
「タバナも入って。改めて話がしたい」
すると扉近くに下がって控えていたヒタオが、不安げにタバナを見た。で、見られたと分かったタバナも、少しだけヒタオに振り向いて頷いてから、私に向き直って頭を下げた。
ん?
なんだ、この空気?
板張りのボロい社だと思っていたけど、意外に造りはしっかりしてるみたいだ。どこにも雨漏りが見えない。
子供の頃に遊びに行ってたお祖母ちゃん家なんて、納戸の隅が雨漏りしてて壁の色が変わってて、めちゃめちゃ怖かったのを覚えている。虫とか入ってきたし。
この社は、そういや、そういうのがないのだ。
ないことが当たり前だったから気にしてなかったけど……洞窟でも寝てる時、私の顔を何かが歩いてったりもしたはずだったけど。ここでは安心していられる。
ふわりと香った。
外に出てからだから分かる、室内にずっと香っている匂い。花ってよりも、草っぽい匂いなので敷物から匂ってるのかなと思ったけど、そうじゃない。虫除けのお香なんだ。
スゴい贅沢な家だよな、と、改めて思った。
この身体の主には、ミコ様なる存在には、それだけの価値があるのだ。そう思うと改めて、雨を降らせられて良かった。マジ降らせられなかったら殺されてたかも知んないわ。
「タバナ……」
壇上に上がり椅子に座る。
社に入り、退室しなかったのは、2人だけ。タバナとヒタオ。あとはヒタオの手ぶりだけで、すすすっと帰っていった。
まぁ、それが良いだろう。あの子たちじゃ、今から話されることを受け止められないかも知れない。私が、ミコじゃない、なんて。
ヒタオも知らないかも知れないけど、タバナと一緒に残ったってことは、それを聞く立場にあるのだろう。
ヒタオは正座したが、タバナは胡坐を掻いた。それが男性の正式な座り方らしい。
何から話そうかと言葉を選ぶ。
「ねぇ。さっき、見た? 悔しそうなアイツの顔ったら」
軽く、何気なく。
2人が緊張を解きやすいように……。
「洞窟に放り込まれて、死にかけるし。散々な目に遭ったわ」
「……?」
いぶかしむ2人の顔。
私は微笑を作る。
「ヒタオ、ありがとう。どうにか雨が降らせて、本当に良かった」
「え……。いえ、そんな……」
真っ赤になってうつむき、モジモジするヒタオをひとしきり堪能してから、「タバナ」と本題を切り出した。
「アイツは何なの? 私は何? ここはどこ?」
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