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「お食事でございます」

 と、差し出され方だけはうやうやしいものの、こちとらがんじがらめのイモムシである。どうやって食えっちゅーねんって状態だが、最初の食事で、嫌味男には犬食いしろと言われている。

「器に口を寄せて召し上がって下さい。熱くなく堅くない食事をお持ち致しますゆえ」

 慇懃無礼って言葉が、よく似合う。

 出されたものはお粥が冷えて固まったみたいな物体だ。こんな世界観じゃ真っ白ご飯はあり得ないよなと思ってたけど案の定、雑炊みたいな茶色である。具は見当たらない。

 見当たらないってのは、食べてないから分からないのだ。


 さるぐつわを外されるのは、ご飯が与えられた時だけだ。

「騒いだり、舌を噛もうなどともなされては、他の者たちがどうなるか分かりませんよ」

 などと言い含められたので、下手なことができないでいる。

 しゃがみ込んで来た嫌味男を、頑張って見上げると、やっと顔が見えた。月明かりを背にした表情は見えにくかったけど、豊かな髭と独特な髪型は嫌でも判別できた。

 なんていう髪型だっけ。ツーテールを丸めたみたいな。

「ミコ様なら、手を使わずとも容易くお召し上がりになれるはず。もしくはお飛び頂いても構いませんよ。今はタバナがお側に控えておりますゆえ」

「タバナ?」

「お戻りになられた際、会われましたでしょう。遠征から戻りましたのです」

 戻った時ってことは、草原で追ってきた馬の群れだ。あの中にタバナという者がいたらしい、その人が私の……側近? なのかな?

 っていうか「手を使わず」は、ともかくとして、「飛んでも構わない」って、なに?

「合点のゆかぬお顔をしていらっしゃる」

 高飛車な男に、気の毒そうな声色を出された。


 ひょうきんな髪型とは真逆で、顔は怖い。細く鋭い目、顎髭があっても分かる、尖った顎、細いけどガッシリしてる身体つきが、今にも私を締め殺すんじゃないかって殺気に満ちている。

 少なくとも敵意、悪意だ。どう捉えても友好的な空気は感じない。

「はっきり申し上げましょう」

 彼は背後を気にしつつ、小声になった。周りに聴こえないように、だろう。小声なのに大声で罵られているかのような、罵倒されてる気分になった。

「お前がツウリキを失くしてしまっているなら、処刑する」

 ツウリキ……?

 何それ食べれるの美味しいの? とか聞きたいけど聞ける空気じゃない。それを失くしているなら殺されるって言われても……そもそも何も持ってないし。服にポケットとかなかったと思うし。

 どこかに落として来たんだろうか?

 だとしたらバレたら殺される。

 でも……。

 こうして捕まってるのに、まだバレてないってことあるんだろうか?


「死にたくなければ、ツウリキを出したまえ」


 あざ笑うように、吐き捨てるように言って、彼は立ち上がる。どうしよう何をどうやって聞けば良いのかと思って顔を上げたけど、何を話せば良いか分からない。

 顔が見えなくなったのもあって、私は頭をおろして、そっと息をついた。疲れた。身体が疲れたのもあるけど、この男と目を合わせているのは、それだけで緊張して疲れる。

 下手な聞き方をしたら殺されかねない。

 って感じるほど、冷たい目をしていた。

 敬語を使ってるってことは身内なんだろうか。敵にも敬語を使うヤツとかいるけど、でもタバナって人が私を追ってきた時の様子は、敵っぽくなかった。本当に私を心配してくれてる感じだった。

 会いたい。

 この男じゃ怖くて、何も聞けない。

「タバナに会わせて」

 一か八かで、言ってみる。さるぐつわ噛ませられてないのだ、喋って良いってことでしょ。

 でも。


 ガスッと脳天に衝撃が走った。


 痛みより驚きで顔を跳ね上げた。

 が、ざわめきは聞こえない。男も私の頭のすぐ側に、しれっと立っている。けど……。

 足が、近い。

 コイツ今、絶対に私を蹴ったよ。

 見えないように蹴飛ばしたに違いない。

 その足はもう、出口に向いてて歩きだしていた。帰るのだ。私を置いて。タバナに会わせずに。

「召し上がりませんか?」

 別の男がしゃがみ込んできて確認しながら、私にさるぐつわを噛ませた。ここで首を振れば、さるぐつわは解かれる。でも犬食いは勘弁だ。私は大人しく従った。

 助けを呼んだりとかしたら、他の者たちがどうなるか……という、それは、この人や、草原で出会った人たちのことなのだろうか。だとしたら、どうにかされるのは嫌だ。さるぐつわを噛ませながらも、この人の手は優しい。草原の人たちも、本気で私を心配してくれてた。そういう雰囲気が感じられた。

 迷惑をかけたくない。

 とにかくは、そのツウリキとかいう代物。

 それを差し出すしかない。


 って、どうすりゃ良いのよ!

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