1-5
腹が立ったからもあるけど、私はハンガーストライキを決めた。
ツウリキとやらが出せなかったら処刑されるらしいのなら、そんなの、ほぼ確定だし。犬食いまでして生きたいとか思わないし。
そもそも、これが夢なら死なないだろうし、そのうち覚めるのかも知れないし……ひょっとしてファンタジーな世界だとしても、それなら、なおのこと死ねば開放されそうだ。とにかく早く、元の世界に戻りたい。
でも舌を噛んで死のうってほどは積極的になれないし、きっと痛いだろう。ちゃんと死ねなかったら大変そうだし。
蹴られたのは一度だけ、あとは殴られたりもしてないけれど、硬い土に転がされていて、腰も肩も背中も頭も、とにかく全身が痛いのだ。普通に寝転がってるだけで痛いのに、舌なんて噛みきれる訳がない。
深夜もずっと床に転がされたまま、だぁれも助けに来てくれなかったのだ。幸い季節は良いようで、夜になってもあまり冷えず、昼間も洞窟だからか、ひんやりしていて空気は悪くない。空気だけは。
居心地は最悪。
で、おめおめと生きて3日になる。
水ぐらいは飲まないと、死ぬの早まりそうだな……とは思うけど、水を飲むとトイレしたくなるから、飲みたくない。もう、屈辱的な目には遭った。
トイレに行くことも許されず、転がされているまま、そこでしろ、だなんて。せめて端まで転がったけど、そんなので少しでも回避になるのかどうか。固形物が出なくて幸いだった。食べてないもんね、出る訳がない。
普通なら、あり得ない。
普通じゃない世界だ。
お風呂も入ってないから髪もバリバリだし、全身きっと臭い。そもそも、ここの人たちに「風呂」という概念があるのかどうかも怪しい。
教科書には弥生時代の生活がどんなのだったかなんて書いてなかった。
……お風呂、入りたいな。
ひととき、妄想に浸る。今は、お風呂が幻想だ。熱いシャワー浴びて、ごしごし頭を洗いたい。気にしないようにしてたけど、かゆいのも限界だ。土に頭をこすり付けても回避できないぐらい、かゆい。暗くて、見えにくくて良かった。きっと色々、見たくないものばっかりだ。
などとハッと我に返ると、現実は簡単に妄想を打ち砕く。
最初は自分で目を閉じていた。ご飯も見たくない。これを美味しそうなんて思う脳に、なりたくなかった。夢中でむしゃぶりついたりなんかしたら……自分の、何かが壊れそうだ。
今はもう「開けよう」と頑張らないと、まぶたが上げられない。
温かい食べ物じゃないのが幸いだ。匂いがなければ、見なければ感じないで済む。食べ物を持ってくる男も、翌日には諦めて、私のさるぐつわを外さなくなった。逆に食べたくなれば外せとジェスチャーしろってことだ。
私を見下ろす男から感じる空気は、どこか気の毒そうな、でも尊敬するかのような感情だ。嫌味男が放ってくる「気の毒そう」とは質が違うことが分かる。
とはいえ、この人に私を解放してなどとは頼めない。あの嫌味男が見張っていることだろう。最初の日以降は来なくなったけど、どうやってか見張っているのには違いない。
タバナという人も、ここに来ないし。
来たくないのか知らされていないのか、来れないようにされているのか? 何も分からない。
でも。
水も飲まずに、4日目だ。
身体からは、もう排泄物どころか涎も出ない。
身体を動かす気力もない。
縛られている触覚も薄れている。
五感のすべてが遠い。
気がする。
死ねるかな。
戻れるかな。
思った瞬間、家のことが頭を駆け巡る。
お母さんの焼売が食べたいなぁと、ふと思った。
料理上手の継母は、我が子のように可愛がってくれていた。照れるので反発してたけど、今は帰ったら一番に会いたいし、お母さんと呼びたい。
試験勉強も途中までだった。早く起きないと。まだ数学をやってない。明日の範囲は、どこだっけ?
祈るように、泣きたくなるほど切望しながら、意識が遠く暗くなるのを感じていた。
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