1-2

「ごめんね、迎えに行けなくて」


 暗闇から声が響いてきた。

 どこか甘えるような、それでいて小馬鹿にしてるみたいに聴こえるのは気のせいかな。少年? 声の低い女の人? 見えないから分からない。

 意識が浮上してない。と感じるのは、どうしてだろう。

 。それとものだろうか。


「あなたは誰?」


 試しに声を出してみようとしたら、声じゃない声が出た。どこから出たんだろう。私の身体、ないのかな。

 私の「声」に反応した雰囲気が、伝わってきた。

 相手は、そこに

 いるなら、見えるはずだ。

 私は目を開けようと試みた。

 薄っすら、視界が拡がっていく。

 まぶたが押し上がる感覚がある。顔に力が入る。「私」が、出来てきた。

 と同時に、相手の存在も見えてきた。白っぽい半透明で浮かんでるけど、ちゃんと人間の形はしている。個体だ。でも性別も分からない。服も着てるのか見えないほどだ。

 なのに。


「そういう君は、カラナじゃないね」


 って、私のことを言われたらしい。

 誰それ外国人? と思ってから、自分の記憶をたぐる。

 ちょっと待って、私はだぁれ?

 自分の姿を見下ろすと、私も半透明で性別すら成していない。手足の形すら不明瞭だ。人間ではあると思いたいけど、この状態は、私は人間ですって言いきる自信がない。


「君は、自分が誰なのかも忘れたようだね」

 クスッと笑みが漏れたような声が聴こえた。

 また少しだけ、ぼやけた視界がクリアになった。

 目の前に立つのが、少年のようだと分かったのだ。くそ、顔が見えない。

 私が必死に目を凝らしているのが分かるのか、少年がまた笑った。

「どこから飛んできたのか分からないけど、賑やかな子みたいだね。もっと早く会えていれば、違ったかも知れない」

 呼びかけられてはいるものの、こちらからの応えを求めていない話し方だ。独り言を聞かされてるみたい。

「仕方がないね。僕も君も、こういう運命だ」

 どういう運命だよ。

 と、ツッコミかましたかったけど、そんな場合じゃなくなった。

 目前の白い存在がゆらりと、ふいに、近づいてきたのだ。


 と同時に、音もなく衝撃が走った。


「!!」


 え、ちょっと待って、何が起こったの?

 痛い。

 痛みを感じるってことは、肉体があるんだよね?

 精神的痛みが具象化するとか何とか、そんなことあるんだろうか。

 でも、ひとつハッキリしていることがある。

 あからさまな

「ちゃんと死んでおいてよ」

 と、白い影が笑う。

 段々と形を成してくる「彼」の姿が、どうも現代のソレではない風に見える。何かを着ているのが分かってきたんだけど、どう見てもシャツとかGパンとかには見えないのだ。

 対して私も、私が着ていた洋服ではないものを身に着けてるように思える。視界の下で、なんかヒラヒラしているのが見えるのだ。でも、まさかのネグリジェなんて持ってないし。

 っていうか私、寝てたっけ?

 え? 夢?


「!」


 また衝撃が走りそうになった。が、今度は避けた。

 目前の男の子が、空気の塊を私に飛ばしてきていたのだ。

 さっきは、それが身体全体を貫いていった……んだと、思う。

 向けられる手の平。

 どこの超能力漫画やねん。

「どうして私を殺すの!」

 叫ぶと、喉がヒリヒリした。

 段々と身体が出来てきたのが分かる。

「邪魔だから」

 少年は、しれっと言う。

 さっき迎えに来れなくて云々、言ったじゃん。

 迎えができなかったら殺すの?! 訳わかんない!


 私も手の平を、彼に向かってかざしてみた。

 同じように出せるのか分からないけど、このまま殺されるのは嫌だ。

 彼が「お?」と言いたげな顔をしている。という表情が見えるのではなく、そういう空気が伝わってきたのである。やってやろうじゃないの。

 力を込めた。

「!」

 何かは、手のひらから出た感じがした。熱さも感触もなかったけど、出した感覚はあった。勝手に出たのではなく、明らかに私が自分の意志で出したものだ。

 出せた! と感動したのは、つかの間だった。

 少年の影には少しかすっただけ。ただ、かすった瞬間に彼の姿が揺らいだのが、気になった。少年ではない、別の人が裏側に見えたような気がしたのだ。

 そこに気を取られたせいで、反応が鈍った。


「やるね」


「うわ!」


 また当たってしまったのだ。態勢が整わない。速い。でも。


「次はないよ」


 言葉だけ残して唐突に、少年の白い影が消えてしまったのだ。拍子抜けも良いところだ。

 何よ殺すんじゃないかったの?! 叫びたいけど声が出ない。

 彼の姿が消えただけでなく、私の手足も消えてきた。うつむいても、何も見えなくなってきた。視界がじわじわと暗くなっていく。

 ええええもう勘弁してよ、とため息が出そうになった。


 また気絶するんかい、私。

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