第102話 お付き合い始めました♡4

「ちょっとラウ、酷くない? 私、あなたとは色々あったけど頑張っている姿を見て見直して、友人としてあなたのこと尊敬できるようになったのに、ラウのほうは私のことそんな風に見ていたの?」


「ちょ、違うって……。俺だって、あんなことしたのにディアは手助けしてくれて、すげえ感謝してっし、助け合える友人みたいになれて嬉しいって思ってるって! だからディアがどうこうじゃなくてさ、おっさんの人相が悪すぎんだって話」


「そんなことないわよ。人相が悪いって……ちょっと無精ひげがあるだけでしょ」


「んなわけあるか! 人買いか盗賊にしか見えねーんだよ!」


「ラウ、待ってくれ」


 怒鳴るラウを呼び止めたのは、それまで黙っていたクラトだった。どうかしたのかと問い返すと、彼は頼みがあると言った。


「俺が以前はジローのことを悪く言っていたから、お前にも悪印象を持たせてしまったのを今は後悔しているんだ。本当に俺は人を見る目がなかった。ジローは露悪的に振る舞っているだけで、心根はとても優しい奴なんだ。それをどうか、ラウにも分かってほしい」


 頼む、と頭を下げるクラトにラウは慌てて駆け寄り、やめてください! と慌てて顔を上げさせる。


「別に……俺もおっさんを本当に悪人とは思っていないっすよ。クラトさんが、仲良くしろって言うなら、それなりに仲良くします。だから俺に頭下げたりしないでください」


 クラトに頭を下げて頼まれてしまえば、ラウは否とは言いえない。自分から折れるみたいで不服だったが、ジローに向かって右手を差し出して、和解を求める。


「おっさん。……クラトさんのこと、責めないでくれたのは感謝してるし……アンタのこと、割といい奴だと思ってる。ディアと一緒になるなら、おっさんとも長い付き合いになるだろうから、できれば仲良く……したい」


「素直じゃねえなあお坊ちゃんは。俺と仲良くしてーんならもっと可愛くお願いしろよな? まあでもここは、ディアさんのためにも俺が寛大な心でおぼちゃんと仲良くしてやんよ。泣いて感謝してくれていいんだぜぇ?」


「うっざ……あ、いやなんでもねー。ま、よろしくなおっさん」


 どうしても素直に頭を下げたくないラウがひねくれた言い方をするものだから、ジローは握手した右手をギリギリと締め上げてやり返してやる。

 相当痛いはずだが、ラウも意地でニッコリ笑って握り返している。


 笑顔で痛みの我慢比べをする二人を見て、クラトは呆れてため息をついていたが、依然脳内お花畑のディアだけは微笑ましいものを見るような目でニコニコしている。


「ジローさんとラウが仲良くなるなんて、なんだか不思議な感じですね。でも、一時期はもうジローさんだけじゃなくて、クラトさんとラウとも二度と会えないのかなって思っていたから……こうして皆で一緒に居られるのが、すごく……嬉しい」


 ディアの呟きに、ハッとしたのはクラトとラウだった。


 ラウは義母の葬式の後、突然行方をくらませた。

 それを連れ戻すためにクラトが後から追いかけて行ったが、クラト自身も一時期軍警察に拘束されるなど、とにかく色々あって、ディアへ近況を知らせる手紙を出す余裕も無かった。

 結局一年近く音信不通で、ラウとクラトが町に帰ってくるまでディアは彼らがどうしているか全く知らずに、一人町に取り残されたかたちになっていた。

 男二人は自分たちのことで手いっぱいで、ディアが心配して不安に思っていたことにまで考えが及んでいなかったのだ。

 再会して、クラトの様子が落ち着いてきた頃に、ディアから『もう帰ってこないのかと思った』と、言われて初めて、ようやく彼らは待っていてくれた彼女に、手紙のひとつも出していなかった気が付いて謝った経緯がある。


「あの時は……悪かったよ。勝手にいなくなって」


 気まずそうにラウが謝ると、ディアは首を振って否定する。


「ううん。ひとりになって色々考える機会に恵まれたから、自分を見つめ直せたの、だから私には必要な時間だったと思う。事実、そのおかげでこうしてジローさんを捕まえることでできたんだもの。ねっ、ジローさん」


「うぉ!? えっ、あ、ハイ。捕まったっつーか、ディアさんが俺を救い上げてくれたっていうほうが正しいんじゃねえ? 俺はなんもしねえで……かっけえディアさんに人生を救われただけだよ」


「そんなことないです! ジローさんは何度も私を助けてくれましたし、心まで救ってくれました。今の私があるのは、ジローさんがいてくれたからです。あなたと出会えたことが、私の人生の幸運なんです」


「そんな、俺のほうこそ……ディアさんに幸せを全部もらっちまったから……」


「ジローさん……」


「ディアさん……」


「唐突にいちゃつき始めるのやめろよディア……。見せられている俺らの気持ちも考えてくれ。見ろよ、双子が反応に困ってるだろ」


 二人の世界に入り始めた彼らに、ラウがうんざりしながらツッコミを入れる。


「いいじゃねえの。なあ、大好きなディアさんが幸せなら、お前らも幸せだろ? 好きな人が笑っていたら、嬉しいよな?」


 ニヤニヤ顔のジローから急に話を振られた子どもたちは、一瞬驚いて固まる。


 双子にとって、ディアは特別な存在だった。

 肉体的にも精神的にも追い詰められていた時に颯爽と現れて、二人を助けてくれたディアのことを心から慕っている。


 だからこそ、どうみても若いディアに不釣り合いなだらしないおっさんが『恋人ですう♡』と現れても、ディアならもっと良い相手を選べるだろうに、よりによって何で? と、不満に思う気持ちを抑えきれなかった。

 クラトに対する言動からして、悪人ではないと分かっても、それでもディアの恋人にはふさわしくないと思っていたが……。


〝好きな人が笑っていたら、嬉しいよな?〟


 そうジローに問われ、彼の隣で嬉しそうに笑うディアを見て、その言葉がすとんと心に入ってきた。


 釣り合うとか、ふさわしいとか、そういうことじゃなく、好きな人が笑っていてくれたら、嬉しい。そういう単純な話でいいのだと気付いて、もやもやしていた気持ちが急にすっきりと晴れた気がする。


 子どもたちは、この瞬間にジローのことをディアの恋人として受け入れられた。


「「ディアお姉ちゃん」」

「んっ? なあに?」


 アデリとシャルに呼びかけられ、ディアはちょっと目を瞠って子どもたちのほうへ向き直った。


「「おめでと」」


「っ……!」


 二人から祝福の言葉をかけられて、ディアは驚きと喜びで声を詰まらせる。

 ディアにとってもアデリとシャルは特別な存在で、一時期はジローとの未来を諦めて彼らと生きていこうと考えたこともあったほど、彼らを大切に思っていた。

 だからこそ、二人にはジローを受け入れてもらいたい気持ちが強かったため、祝福してもらえたことが嬉しくてたまらない。


 ありがとうと返そうとしたが、感極まって声が出ない。そんなディアを見たジローが、代わりに双子に向かって応えた。


「ありがとうな。お前らの大事なディア姉ちゃんを、必ず幸せにできるようおいちゃん頑張るからな。もし俺が約束を破ってディアさんに苦労をかけていたら、遠慮なくぶん殴ってくれていいぞ!」


 ジローが右手を差し出してニカッと笑いかけると、子どもたちもほんの少し頬を緩めて、それぞれ指先でちょんと触れるだけの握手をした。

 警戒心の強い猫みたいだな……とジローとディアはほっこりしながら可愛い二人を見つめる。


「アデリ、シャル。騙されるんじゃねーぞ。なんか偉そうなこと言ってっけど、このおっさん、以前はディアだけ働かして自分は酒飲んで毎日昼寝してたんだぜ? 頑張るとか絶対嘘だから信用すんなよ」


「「えっ」」


「おいコラ! せっかくいい感じにまとまりそうだったのに余計なこと言うんじゃねえ! お前こそ尻を出してたアホのくせに、まともな大人ぶってんじゃねえよ。俺のこと言う前に、自分のやらかした悪事を子どもたちの前で白状してみろってんだ」


 うぐっ、と言葉に詰まってラウは目を泳がせる。

 ディアにした仕打ちについては、ディア本人がもう過去のこととして話題に出さないので、双子もそのことは今も知らず、孤児の自分たちを引き取ってくれた恩から、ラウのことを優しくて仕事のできる素晴らしい店主だと思っている。


 過去のやらかしをバラされたら、双子から軽蔑されるどころの騒ぎではない。そのことが分かっているラウは、手のひらを返してジローに頭を下げる。


「アッ、俺が悪かったっす。生意気な口きいてすんませんでした」


「分かればいいのだよお坊ちゃん。これからは身の程をわきまえるのだよ」


「おい、ジロー。あんまり調子に乗るとそろそろディアさんに怒られるぞ」


 ふんぞり返るジローを見かねたクラトが窘めると、子どもたちから笑いが上がって、それをきっかけにその場にいた全員が笑いに包まれた。


 ディアは皆で笑い合う光景を見ただけで胸がいっぱいになって、笑いながら涙が溢れて、皆に気付かれないようにそっと瞼をぬぐった。


 大切な人が皆そばにいる。

 そして一緒に笑い合える。これほど幸せなことがあるだろうか。

 湖でジローと想いが通じ合った時、これ以上幸せなことはないと思ったけれど、今のほうがもっともっと幸せだと感じる。


 きっと、不幸にも底がないように、幸福にもきっと天井はないのだ。

 

「ねえジローさん」


 愛しい恋人の袖を引いて呼びかける。


「ん? なにディアさん」


「もっともっと、幸せになりましょうね」


 ディアの言葉に、ジローはちょっと驚いたように目を瞠ったが、すぐに笑顔になって大きく頷いてみせる。


「おう、世界一幸せな夫婦になろうなァ」



 ニコニコと笑い合う二人を、周りにいる人々が半分呆れながらも嬉しそうに見ていた。



終わり

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