第101話 お付き合い始めました♡3
ディアはというと、ジローがわざとキツイ言葉をぶつけるのでハラハラしていたけれど、クラトの性質を良く見抜いていて、発破をかけるつもりで言ったのだと分かって感動していた。
ジローは最初から、クラトからの償いなんて求めていなかった。
村ではずっと虐げられる存在だったジローは、どうせ自分の言葉なんて信じないだろうと諦めていたから、クラトが謝罪したいと言っていると聞いて喜んでいた。
湖で言っていた言葉のとおり、彼はただクラトに真実を知って分かってもらいたかっただけで、償ってほしいなんて考えてもいなかっただろう。
だから罪悪感で押しつぶされそうになっている彼の姿はジローにとって不本意だったはずだ。理解を求めた相手から賠償を提案されても、そんなものは求めていないのだから、余計に腹立たしく感じただろう。
だからわざと厳しい言葉でクラトを窘めたのだ。
(ジローさんは、本当の意味で人の辛さに寄り添える人だ)
こんな素晴らしい人が自分の恋人だなんて……と、ディアは一度冷えた頭がまたお花畑になっていた。
尊敬と愛情のこもった目で見つめていると、それに気づいたジローが顔を赤くする。なんだよ~と言いながら、ディアの頬を突っついたりして、すっかり二人の世界を作っている。
その横では、クラトに縋り付いて涙ぐむラウがいて、随分とややこしい状況になっていた。
この場で一番冷静だったのは、恐らく子どもたちである。
大人たちが全員普通の精神状態じゃない様子になってしまって、それを横で見ていたこどもたちはなすすべもなく茫然と彼らを見ているしかできなかった。
ラウとおじさんがケンカをしそうになってクラトに暴言を吐いたので、きっと怒鳴り合いの大喧嘩になるのではと怯えまくっていたのに、なんだか分からないうちに丸く収まってしまって訳が分からない。
一番頼りになるディアまでもが今日は様子がおかしいので、声をかけるのも憚れる。
双子は不安になりながら、皆が普通に戻るのを二人で励まし合いながら待っていたことに、混乱状態の大人たちは誰も気付かないのであった。
***
結局、収拾がつかなくなっていたこの場を収めたのは、それまで家のなかで皆の話し合いが終わるのを待っていた村長だった。
村長は余計な口出しをしないように、あえて顔を出さずにいたのだが、いつまで経っても終わらない上に、子どもたちはほったらかしにされていたので、ついにお前らいい加減にせえと一喝して、ようやく皆我に返ったのであった。
「お前ら揃いも揃って何やってんだ。子どもたちが困ってんじゃねえか。ホラ、まだ話があんなら家に入ってこい。茶でも飲みながら続きを話せばいいだろうよ」
村長に叱られて、大人たちは皆慌てて二人に謝る。さあさあ部屋に入れと促され、全員で部屋の中に入った。
「菓子とか気の利いたもんがあれば良かったんだが、飲みもんだけで悪いな」
村長はお茶の準備をして待っていてくれたようで、大人にはテーブルに人数分のカップが並べられていた。
子どもたちには甘い蜂蜜をいれたミルクを用意してくれていて、村長は恐る恐る二人に小さめのカップを手渡してやる。
厳つい見た目の年配の男性に、子どもたちは怯えるかと思ったが、二人は最初からあまり怖がることなく、ミルクのお礼もちゃんと目を見て言えている。
村長が、歳や仕事のことについて訊ねても、普通に受け答えができているのを見て、ラウがわざとらしくジローと村長を見比べていた。
「やっぱ子どもは人間の本質を見抜くんだなー。村長のが怖い顔してるけど、最初っから全然怖がらねえもん。おっさんのことは悪いヤツって言ってたのになー」
「ピヨピヨうるせえなあ、お坊ちゃんは。ディアさんからは、お坊ちゃんが心を入れ替えて仕事を頑張ってるって聞いたけどよ、こんなん全然まだクソガキじゃねえか」
「はあ? 俺はそのディアにすげえ褒められて感謝されてっけどなー」
「ちょ、ちょっとケンカしないで。また子どもたちが怖がるから」
最初の印象が悪すぎたせいか、妙につっかかるラウにディアは対処に困ってしまう。仲良くしてとはさすがに言えないが、子どもたちが怖がるからケンカ腰になるのは止めてと頼み込む。
「ごめんね、二人とも。別にラウもジローさんもケンカしているわけじゃないのよ。ジローさんは……口調は荒いかもしれないけど、優しい人なの。できれば怖がらないであげて」
子どもたちは雇い主であるラウを慕っているので、その彼と揉めているジローは悪人にしか見えないに違いない。
仲良くしてほしいというのはディアの我儘だから、それを強制するつもりはないが、せめて子供たちにジローが悪い人だと誤解してほしくない。
「……怖くない」
「大丈夫」
ディアの言葉に、二人は少し考えるようにちらりとジローを一瞥してから、そう答えた。
「えっ? そうなの?」
さっきまでジローに対しあまり良い印象を持っていないように見えたから、二人から肯定的な返事が来たことの驚いてしまう。
「クラトさん、元気になった」
「あの人のおかげ」
あの人、と言って、見上げる双子の視線の先には、ジローがいる。言葉少なだが、それでディアは二人の言わんとすることは理解できた。
クラトはジローと話した後は、付き物が落ちたようにスッキリした顔になっていた。子どもたちはちゃんとそれを見ていて、ジローがクラトを救ってくれたのだと理解していたのだろう。
ジローの荒い言葉使いに怯えているか引いているかと思っていたディアは、双子が彼らの良さを理解してくれたようで嬉しくて、ぐっと涙がこみ上げてくる。
「そう、そうね。ジローさんのおかげだね。クラトさんが元気になって二人も嬉しいよね」
二人はクラトにとても懐いていて、ここ最近また食事の量が減ってしまっていたことを心配して、色々食べさせようとまめに世話を焼いていた。
クラトの晴れやかな表情を見て、彼らも嬉しそうにしている。
ああ、ちゃんと子どもたちは彼の優しい本質に気付いてくれていたんだ! とディアも嬉しくなる。
普段ディアは、子どもたちを動揺させないようにあまり感情的にならないよう心がけているのだが、今日ばかりは箍が外れて喜怒哀楽の全感情が振り切れていた。
「ジローさん! 双子はもうジローさんのこと怖くないんですって! 良かったですね! これでもっとお互いのことを知れれば、きっとすごく仲良くなれますよ」
「うおっ、え、な、何ディアさん急に……?」
感情に突き動かされるように、ディアはジローの腕に飛びつく。ジローはというと、まだラウと無駄な小競り合いをしていたところだったので、突然可愛い恋人に飛びつかれたものだから、ものすごく反応に困ってしまった。
皆の視線が一気に二人に注がれたため、ジローとしては嬉しさよりも羞恥が勝っていたが、肝心のディアは目の前の恋人を見つめていたため、皆の視線に気づいていない。
「あなたの良さがちゃんと伝わって嬉しいんです……。ジローさんもアデリもシャルも、私の大好きな人たちなんです。大好きな人同士が仲良くなったら、嬉しいじゃないですか」
「ええ……急にそんな可愛いこと言いだして俺をどうする気なのよディアさん……。双子もディアさんからの熱烈な告白に顔真っ赤になってンよ。時と場所を選んであげたほうが良かったんじゃねえかな? 皆見てっしよ」
そう指摘され、ディアがハッとして顔を上げると確かに双子は真っ赤になった顔を手で覆って大層照れている。
ラウは砂でも噛んだかのような何とも言えない顔でこちらを見ているし、クラトさんと村長には、あからさまに目を逸らされた。
ここでようやく自分がかなり恥ずかしいことを皆の前でしていたらしいと気が付いて、かーっと顔が赤くなる。
「あ、ご、ごめんなさい。私ひとりなんか暴走しちゃって……」
「なんつーか、俺としてはディアとおっさんがいちゃついてる姿が正直みてらんねーわ。絵面が犯罪なんだよなあ」
ラウが顔をしかめながら言うと、思わず全員が頷いてしまった。悪気はないが、見た目的には良くて親子。悪くて人買いといった二人の組み合わせに、皆どうしても犯罪臭を感じてしまう。重ねて言うが、皆悪気はない。
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