第100話 お付き合い始めました♡2


 そして一方ジローはというと。

 子どもたちが自分を見上げる目つきだけで彼らの思っていることが手に取るように分かってしまっていた。

 なにせこういう目で見られるのは一度や二度ではない。若く美しいディアとの自分との釣り合いが取れなさ過ぎて、二人で町を歩けば人買いじゃないかと疑われたりしてきたのだ。

 ディアの想い人、と紹介された相手がまさかこんな胡散臭いおっさんだとは思わなかったと、言葉にしなくとも表情だけで伝わってきて、そんな子どもたちを見ているうちにジローはいたずら心が湧いてくる。


「どーもぉ。俺がディアさんに愛されてちゃってる想い人のジローでーす。よろしくなァ」


 ディアはちゃんとジローをどんな人か伝えていたと言っていたが、多分ものすごく良い風に話していたのだろうと予想がつく。

 二人の目が完全に詐欺師か不審者を見る目に、急激に頭が冷えたジローは、ようやくいつもの調子を取り戻した。


 下手にいい人ぶっても、どうせいずれボロがでる。

 俺はこういう人間なんだと、装わずいつも通り皮肉っぽくわざとらしい物言いをしてみると、子どもたちは真っ青になって慌ててディアを守るようにぎゅっと抱き着いた。


「ダメ」

「悪いヤツ」


 警戒心丸出しの双子に対し、まだ恋は盲目状態で目が曇っているディアはややズレた返答をする。


「二人とも、前は知らない人とはなかなか会話ができなかったのよね。特に大柄の男の人はすごく苦手だったのに、こうして向かい合って挨拶できるようになったんだからすごい成長だよ。ジローさん、まだ二人はちょっと怖がっているだけで、怒っているとかじゃないんです。二人ともすごくいい子だから、きっとすぐ仲良くなれますよ」


「ディアってたまにすごくアホになるよな。この状態で仲良くなれるわけねーだろ」


 双子のダメ出しに大きく頷いていたラウが、まだ現実が見えていないディアにツッコミを入れると、双子がディアの悪口はダメだと言わんばかりにラウの足をべしべしと叩く。


 何で貶されたか、まだ理解していないため、ディアは一連のやりとりに訳が分からないという顔をしている。


「まー世の中は悪―い大人が山ほどいるからなァ。怖がるでも、疑うでもいいから、子どもは警戒心を持ったほうがいいし、ディアさんも無理に俺と仲良くさせようとしないほうがいいぞ」


 優しい言い方であるが、子どもたちに無理強いするなと叱られたと察したディアは、ようやく自分の間違いに気が付いた。

 ジローを自分の恋人と紹介できることに浮かれていた。

 だから当然のように子どもたちとも自分と同じようにジローのことを受け入れて仲良くできると思い込んでいた。

 けれど、今の自分の発言は、双子の気持ちを考えずにこちらの都合を押し付けて、無理強いしているも同然だった。そのことをジローに指摘され、一気に頭が冷える。


「ご、ごめんなさい……勝手なこと言って。アデリとシャルもごめん。二人にとっては知らない人だものね。押し付けがましいこといって本当にごめんなさい」


「しょうがねーよ。このおっさんの人相が悪いのがいけねーんだから」


 ラウがまぜっかえしてジローにじろりと睨まれたが、無視してそんなことよりさ、と話を進める。


「ディアを待っている間さあ、クラトさんがまたどうやって詫びたらいいんだって言い出して、そっからまた死にそーな顔で喋らなくなっちゃったんだよ。結構ヤバイ状態だから、このおっさんと会わせて大丈夫か心配になって、一旦ディアに相談しようと思って待っていたんだ」


 どうやらラウが外に出てディアたちを待っていたのは、クラトさんと会わせるべきか相談するためだったらしい。


 クラトはかつて尊敬していた兄がとんでもない大罪人だったと知ってしまってから、罪悪感で一時期精神的に不安定になってしまっていた。

 最近はようやく持ち直していたが、ジローに会いに行くと決まってからはまた、今まで自分が吐いた暴言や筋違いの叱責などを思い出して罪悪感で死にそうになっていた。


 それでも謝らないことには前に進めないと言ってここまで来たのだが、ディアがジローを連れてくると一人で出て行ったあと、クラトが謝罪の言葉を考えだしたら、どんどん精神的に追い詰められていって、頭を抱えて動かなくなってしまったそうだ。

 ラウの言葉にも子どもたちの呼びかけにも答えなくなってしまって、ラウにはもう手に負えなくなってしまった。


 ディアに『どうしよう』と相談し始めたラウの話を聞いていたジローが、急にわざとらしく大きなため息をついて、クラトを罵り始めた。


「なっさけねえなあクラトは。落ち込むのは勝手だけどよ、ディアさんにまで迷惑かけて詫びも何もねーわ。降って湧いた不幸に酔って自分を可哀想がっているようにしか思えねえよ」


 突然クラトを批判し始めたジローにいち早く反応したのは、彼を一番に慕うラウだった。


「はあ? クラトさんはなぁ! お前に殺されても仕方がないことをしたってずっと自分を責めているんだぞ! 別にクラトさんが罪を犯したわけでもねーのに、全部背負って償おうとしてんだ。そんな言い方ってないだろ」


「うっせえなあ……これは俺とクラトの問題だろ。何も知らねえお坊ちゃんが口出ししてくんじゃねーよ。話がややこしくなる」


「なんだとおっさん!」


 ラウのことを誰よりも心配しているラウは、ジローが更に彼を傷つけるのではないかと心配になり、つい声を荒らげて言い返してしまう。それに対しジローも苛立ち交じりに反論するものだから、彼らの雰囲気は一触即発状態になってしまった。


 するとそこに別の者の声が割り込んできた。


「やめろラウ! ジローの言う通りだ。悪いがお前は口を出さないでくれ」


 ラウを窘めたのは、話の中心人物であるクラトだった。


「クラトさん……! だ、大丈夫すか? 顔色最悪ですよ……」

「すまん、心配かけた」


 軽くラウに詫びを言うと、クラトは改めてジローに向き直り、その場に膝をついて深々と頭を下げた。


「……ジロー、こんなこと言えた義理ではないが、どうか……謝罪する機会を俺にくれないか? 許しがほしいわけじゃない。ただお前に謝らせてほしいんだ」


 下を向いたまま、ぼそぼそと喋るクラトを、ジローは眉間にしわを寄せて睨んでいる。


 すぐ傍で見ていたディアは、彼らを二人きりしたほうがいいのか、それとも間を取り持ったほうがいいのか分からずオロオロしていた。

 きっとクラトの謝罪を受け入れると思っていたから、ディアとしてはこのジローの反応が意外で驚きが大きい。

 しばらく沈黙が続いたあと、ようやくジローは重い口を開いた。


「クラトよぉ……じめじめした喋り方すんな、気持ち悪ィんだよ。お前そんな奴じゃねえだろ。第一何を謝るつもりなんだ? ハクトの身代わりにでもなるつもりか? 被害者全員に謝罪行脚でもしようってのか?」


 自己犠牲きもちわりいとジローが吐き捨てると、クラトは更に項垂れる。


「……兄貴がジローにしてきた仕打ちを、俺はずっと知らずにいて……兄貴の言うことを鵜呑みにして、お前を責めた。本当に、自分が愚かで嫌になる。済まなかった……。兄貴の仕出かした罪は、家族である俺にも責任がある。お前が償いを求めるなら、俺はこれからの生涯を全部お前に捧げるつもりだ」


 へたり込むように地面に手をついて頭を下げるクラトを、ジローは心底うんざりした表情で見下ろしていた。


 そして、この光景を見て涙を浮かべているラウは、冷たいとも思えるジローの態度に爆発寸前だった。

 クラトから事前に、口をださないでくれと釘をさされていたものの、ラウは元々ジローとは仲が悪く、いくらクラトのほうに非があるとしても慕っているクラトに肩入れしてしまうのは仕方のない事だ。

 余計なことは言うまいとしばらく我慢していたが、話を聞いているうちに怒りがこみ上げて、今にもジローに殴り掛かりそうになっている

 それを制したのは、ディアだった。


「ラウ、お願いだから今は黙っていて。ジローさんはいたずらに人を傷つける人じゃない。きっと話したいことがあるはずだから、ちゃんと二人の話し合いをさせてあげて」


 一歩前に出たラウの腕をつかんで引き戻す。

 やっぱりこの場から自分たちは離れたほうがいいと、双子とラウの手を取って移動しようとした時、それまで黙っていたジローが喋り始めたので、思わず振り返って話を聞いてしまう。


「生涯を捧げるだァ? わりーけど俺、お前のこと恋愛対象に見てねえからごめんなー。だからお前を捧げられても困るんだわ。俺にはディアさんっていう可愛い恋人ができたしなァ。男はお呼びでねえのよ」


「…………は? そ、そんな意味じゃない。俺はただ、償いたいんだ。俺の顔も見たくないというなら、どこか遠くへ行ってもう二度と関わらない。もしくは一生お前の望むようにこき使ってくれても構わない」


「だからさあ、その気持ち悪い低姿勢やめろよ。らしくねーんだよ。第一さあ、その謎の提案を受け入れたら俺が悪者みたいじゃねえかよ。ハクトがやらかしたことはハクト自身の罪だろが。それを家族だから俺が償うとか、自己犠牲通り越してもはや傲慢なんだよ」


 さっさと立てとクラトに吐き捨てると、戸惑いながらもよろよろと立ち上がって、ようやくまっすぐジローに向かい合った。


「償うのは、傲慢だろうか……?」


「傲慢だし、自分に酔ってて気持ち悪ィ。急に人が変わったみてえにオドオドしてんのも心底きめえ。お前、そんな奴じゃねーだろ。クソ真面目で頑固なクラトのほうがまだマシだわ」


 いつまでもウジウジしてんじゃねえとジローが頭を叩くと、クラトは驚いたのちに、ふっと笑いを漏らした。


「……人の頭を叩くのはよくないぞ」


 子どもが真似したらどうする、と苦笑しながら言うクラトに、ジローが噴き出す。


「そうそう、そういうお堅い感じ。ようやくクラトらしくなってきたわ。ホレ、いい加減立てって」


 まだ座り込んでいるクラトの手を取って立ち上がらせると、肩を拳で軽く叩く。目が合った二人は自然と笑い合う。


「ごめん、ジロー。俺が悪かった」


「そうそう、わりーことしたと思ったんなら、まずはゴメンナサイだよな。んで、この話はこれで終わりな。つか、お前痩せすぎだろ。皆に心配かけねえで、ちゃんと飯を食えよ」


「そうだな、本当にそうだ。すまん、皆も、迷惑かけて悪かったな」


 振り返って後ろで様子を窺っていたディアたちに声をかけると、皆一斉に首を横に振る。


「めっ、迷惑なんてかけられてねーっすよ! 俺こそクラトさんにはめちゃくちゃ世話になって迷惑かけたんすから、お互い様っす!」


 ラウが必死になって否定すると、クラトからまた笑みがこぼれた。

 実兄の嘘と罪を知ってしまった日から、笑顔がほとんど見られなくなったクラトが笑ってくれたことでラウはもう泣きそうになっている。


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