第99話お付き合い始めました♡1

 湖での告白を終え――――。



 ディアと一緒に来たというラウ、クラト、双子の四人が家の前で待っているので、二人きりの時間を名残惜しく思いながらも、ジローが促すかたちで村へと戻ってきた。

 

(昔もよくこんな風に、二人で並んで歩いたな……)


 彼の肩が触れるくらいの距離で並んで歩く時間がとても好きだった。

 あの頃と変わらない景色の中を二人で歩いていると、昔に戻ったような錯覚を覚えるが、隣を見上げると、あの頃とは違う熱を持った優しい瞳がディアを見返してくれる。

 その表情から、『愛しい』と思ってくれているのが伝わってきて、喜びが胸の真ん中から湧き上がってくる。


(私の、恋人……)


 心の中で呟いただけなのに、猛烈に恥ずかしくなってディアは一人で赤面していた。

 普段ならすぐからかってくるジローも、何かを噛み締めるように、何度も隣にいる彼女を見て頷いている。

 まるで少年少女が幼い恋心を伝え合ったかのような初々しい二人だが、ジローは言わずもがな、ディアとてもう少女という歳ではない。


 はたから見れば、いい歳をした二人が何をしているのだと言われそうなものだが、あいにく幸せをかみしめる二人にはまだ己を客観視する余裕はない。


 あはは、うふふ、とお花畑満開状態で歩いて村まで戻ってきたところで、ものすごいしかめっ面でこちらを見るラウと目が合った。

 おお、お坊ちゃんはずいぶんとイイ面構えになったじゃねえかと、ジローが呑気につぶやいたところで、ラウが気持ち悪いものを見るような目で自分を見つめていることに気が付き、いち早くお花畑から覚醒した。

 ハッとして、今の己の姿を見下ろす。

 今日のジローの格好は、かろうじて洗ってあるだけマシな古びたシャツと、膝が出たズボン。そして自分がボサボサ頭と無精ひげのだらしない状態のおっさんであることをありありと思い出してしまう。


 明らかに、若い娘とキャッキャしていい見た目ではない。


「や、やべえ。俺、今めちゃくちゃ気持ち悪い顔してたよな!? ディアさんの顔見てたら、なんか自分もすげえ若くていい男になったような気になってたわ」


「え? ジローさんはカッコいいですよ」


「ディアさん、ちょっと正気に戻ろう。ほら、お坊ちゃんのあの表情見てみ? おっさんキメェって顔に書いてあんだろ?」


「そんなことないですよ。ラウだって私を応援してくれていたんですよ? ね、だから大丈夫です。ラウ―! ただいまー!」


 ディアはジローの手を取り、上に大きく掲げぶんぶんと振り回す。二人が手をつないでいるのを見たラウが、これ以上ないほど顔を歪め、うーわ、ヤニ下がったおっさんキモ。と独り言で毒を吐いているのが離れていてもジローの耳には聞こえてくる。


「あれ? なんで嫌な顔しているんだろう? 告白、上手くいって喜んでくれるかと思ったのに」


「いや絶対あのお坊ちゃんが喜ぶわけねえって。おっさんが己を顧みず若い子に告白されて調子のってんなって、顔が物語ってンじゃねーか」


「分かってんじゃん、おっさん。まー……それでもディアがおっさんがいいって言うから、もう邪魔しねえけどよ……改めて見ても、なんでこのおっさんがいいのか全然わっかんねえ」


 合流したところでため息をつくラウに、ディアは不思議そうに首をかしげる。


「ジローさんは中身も外見も素敵な人よ? ラウだってもっと仲良くなればジローさんの良さが分かるわよ」


 まだお花畑真っ最中の彼女に、ラウのみならずジローも『うわぁ……』と痛い人を見るような目を向けてくる。


 ジローとしては、自分のほうが浮かれて暴走しそうだから、むしろディアに窘めてもらわないと本当に痛いおっさんになってしまうという自覚があったので、恋は盲目になっている彼女に大変危機感を覚えていた。


「ディアさんな、本ッ当に申し訳ないんだが、世間一般的には俺ァろくでなしのおっさんなんだわ……中身も外見も素敵とか言っちゃうと、ディアさんの正気が疑われちまうんだって」


「確かにな……このおっさんが素敵とか、やっぱお前なんか変な薬でも盛られたんじゃねえか……? 真顔で言ってんのがこえーよ」


「なんで!? ちょっと二人とも酷くない? というか、ジローさんもそっち側なのは何でなんですか?」


 何故か意見が一致してしまったラウとジローに対しディアが文句を言っていると、騒ぎを聞きつけたのか双子が村長の家から怯えた表情で飛び出してきた。


「ケンカ……?」

「怒ってる……?」


 ラウとディアがケンカしていると思ったのか、双子は揃って不安そうな瞳でこちらをみあげてくる。

 彼らは大人が大声で怒鳴り合っているのを見るのがとても苦手だった。だから普段、ラウも大きな声を出さないように気を付けるようディアが言い聞かせているのに、その自分が大声を出して二人を不安にさせてしまったことを後悔して、ディアは慌てて二人に謝罪した。


「ご、ごめんね、大きな声を出したりして。でもケンカじゃないのよ。お話していただけなの」

「ディアさん、この子らが店で引き取ったっていう子どもたちか?」


 ジローが二人を指し示して問うと、彼らはむっと眉をひそめる。


「人を指さすのはよくない」

「ダメなこと」


「そうね、私が注意したことをしっかり覚えていて偉いわ。えーっと、それでね、この人が私の想い人のジローさん。アデリ、シャル、ご挨拶できる?」


「……アデリです」

「シャルです」


「わあ、二人とも初対面の人にちゃんと挨拶できて偉いね。良かった、仲良くしてね」


 笑顔で褒めるディアに対し、双子は不審者を見る目でジローを睨んでいる。


 二人は、事前にディアから想い人の話を聞いてはいたが、ちょっと年上でだらしないところもあるけどすごく素敵な人、頼りになる大人の男性。人の気持ちが分かる優しい人だと聞かされていた。

 それがどうだ。

 ディア目線のものすごく美化された人物像を語られたせいで、素敵なオジサマを想像してしまっていた二人の前に現れたのは、無精ひげを生やしただらしない風体のおっさんである。

 これがディアの相手かと、男をつま先から頭のてっぺんまでじっくり眺めるが、見た目も喋りもどこも良いところが見つけられない。


((これは、ダメな部類の大人だ……))


 仲良くしてねというディアの言葉は耳には届かず、二人そろってこれはダメだと心の中で叫ぶ。二人は、それまでディアの片思いが成就するよう応援していたことを激しく後悔していた。


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