第98話 最終話



最終話、主人公視点に戻ります。

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 私の告白についに陥落してくれたジローさんは、『はあぁ~』と大きな息をついてガクッと項垂れてしまった。



「なんでディアさんそんな男前なのよ……おいちゃんかっこ悪すぎて恥ずかしいわ……」


 ジローさんは耳まで真っ赤になって、恥ずかしそうに手で顔を覆っている。


 可愛い……と思ったが口に出すのはやめておいた。


「幸せになるためには、受け身でいちゃダメだって分かったので……。でも、実を言うと、ジローさんのところに戻らないかもしれないと思った時期もあったんです。ごめんなさい」


「へっ?!や、やっぱりその求婚してきたまともな男と結婚しようと思っていたのか?そ、ソイツとは付き合ってた……のか?あっ!イヤいいんだ!ソイツと何があっても、俺が口を出すことじゃねえってわかってっから!」


「……違いますよ。実は、孤児を引き取ろうかと悩んだ時期があって……」



 リンドウさんからの求婚された時すごく悩んだが、やっぱり自分の好きな人はジローさんだし、ジローさんと居る時の自分が好きだと気付いたから、お断りした。


 だからそちらの件で後ろめたいことは何もないのだが、一時期はジローさんではなく双子との生活を選ぼうとしてたので、ずっと一途にジローさんを想い続けていたわけでは無かったのだ。

 そのことを黙っているのは卑怯かなと思い、事情を説明することにした。



「私、町で孤児のお世話をする仕事をさせてもらっていたんですけど、そこで知り合った双子がちょっと特殊な事情があって、私が兄妹を引き取りたいって考えていた時期があるんです。だからもし本当に子どもたちを引き取れたら、私はジローさんのことは諦めるつもりでいました」


「はァ……そりゃァまた……未婚のまま他人の子の親になろうとしてたのか?ディアさんらしいっちゃらしいが……それでその子たちはどうしたんだ?」


「色々役場で相談したんですけど、未婚の女性では養子をとるのは難しいって言われちゃって、資産もないと後見人にもなれないので、私が彼らを引き取るのは無理だったんです」


 双子はこの町では引き取り先が無く、遠い町の孤児院に送られることが決まってしまった。そのことを聞いた双子は、一時期治療の甲斐あって失声症が改善し始めていたのに、その話が出た時点で再び言葉が発せなくなって、不安障害になってしまった。


 このことで私は彼らの庇護者になることを真剣に考え始めた。


 それから色々調べ、私が彼らを引き取るために役場に相談に行ったりしたのだが、結局、財産もない住所不定で未婚の若い娘にそんな許可が下りる見込みはなく、諦めざるを得なかった。



「私にはどうしようもなくて、双子は孤児院へ行く手続きが進んでいたんですが……」




 そんな時、店を再開していたラウから、『ウチで双子を従業員見習いとして引き取るのはどうだ?』という提案をしてくれた。


 さすがに私とは一緒に住めないが、それでも遠くの町に送られるより、頻繁に会うことができるし、仕事の技能も教えてやれるから、双子の将来のためにもなるとラウが言うので、私もよい話だと思ったので本人らを交えて話をしてみた。


 双子も私の知り合いの店ということに安心したのか、『行きたい』と言ってくれたので、正式に住み込みの従業員見習いとしてラウの店に引き取られた。



 私も店に通って双子の世話をして仕事を教えたりしていたのだが、彼らは呑み込みが早くてすぐに仕事にも馴染んだ。心配していた失声症も、だんだん声を出して受け答えなどできるようになり、今ではちょっと無口な子くらいになっている。




「あの子たちは、ただお世話をされる生活より、大変でも自分にやれることがあって必要とされることのほうが良かったみたいです。今では学校にも通えているんですよ。

 そういうわけで、双子のことは結果として引き取れなかったんですが、あの時は彼らを選んでジローさんを諦めようとしてました。ごめんなさい」


「いや、謝ることじゃねえよ。つうかなァ、たった二年なのに、ディアさんは色々なことがあったんだなあ」


「実は双子も一緒に来ているんですよ。店を休みにしてみんなで一緒にきたんで、彼らにも会ってほしいです。ジローさんのことも紹介したいから……私の、こ、恋人?として?」


 勇気を振り絞って『恋人』と言ってみると、ジローさんは一瞬動きを止めて私を二度見した。


「こっ……いびとって……。こんなおっさんが紹介されたらその双子が泣くんじゃねえか?恋人って…………イヤ、やっぱこれ夢見てんじゃねえかな?俺とディアさんが……」


「それは大丈夫です。もうジローさんとのことは全部話してあって、一度振られても諦められずこんなところまで捕まえにきちゃうくらい好きなんだねって、双子に言われているんで、ジローさんを恋人だと紹介したら、想いが通じてよかったねと言ってもらえると思います」



 私の言葉を聞いて、ジローさんはぐっと何かをこらえるかのように一度ぐっと唇をかみしめて、それから少し遠い目をして呟いた。


「ディアさんが恋人だなんてなァ…………。人生でこんなことが起こるなんて思いもしなかったわ。

 俺ァ……ガキの頃からずっと……なんで俺だけこんなろくでもない人生なんだって、自分の不運を呪ったりして生きてきたけど…………俺の人生の幸運はここにちゃんと用意されてたんだなァ……」


 声を振り絞るように言ったその言葉は、ジローさんがこれまでどれだけ辛い思いをして生きてきたのかを思わせるのに十分な重みがあった。



 この人は、自分ではどうしようもない環境で、必死に生きてきたんだ。



 ジローさんの手にはたくさんの傷があり、ゴツゴツしていて痛々しい。彼は自分の手を汚いと言うが、私はこの手がすきだった。傷のひとつひとつにジローさんが生きてきた歴史があるから、それを愛おしいと感じる。



 傷だらけの手を取り、自分の頬に寄せ、何度も頬ずりをした。



 それを茫然と眺めていたジローさんだったが、我に返った瞬間、慌てて手を引こうとする。


「うわわ、ダメだ!そんなことしたらディアさんの綺麗な頬が汚れちまうから!」


「汚れてもいいです。私、ジローさんの手、好きです」


「汚れても…………。うん、言い方……ディアさん、言い方気を付けような」



 慌てたり困ったりするジローさんとしばらく言い合いをしていたら、ふとジローさんが真顔になった。


「でも……本当に、いいのか?俺ァ、ディアさんとは歳が離れすぎているし……それに、女性のディアさんには言いにくいんだが…………」


「あ……あれですよね。もう男性機能がない、とかって話ですよね。でも私は子どもが欲しいと思っていないですし、あなたが居てくれればそれで……」


 ジローさんが言いにくそうに口ごもっていたので、多分そのことだろうと思い私から言ってみたが、ジローさんは笑いながら首を振った。


「あ、違う違う。全部が無いわけじゃねえのよ。拷問で片タマ潰されて、それ以来トラウマなのか知らんがずっと勃たなくなっちまったんで、『もう男じゃない』って周囲には言い触らしていたんだけどな?

 実を言うとディアさんと一緒に暮らすようになってから、風呂上りのディアさんとか何度も見てるうちに勃つようになっちまってよ。いやー最初気付いた時は慌てたわ~。まあ、だから一緒に住んでいる時はバレないように必死だったよ」


「……ん?えっと……それって……どういう……」


 馴染みのない単語が出てきたので、疑問符が頭の上に浮かぶ。

 そんな私を見てジローさんは出会った頃のようなちょっと面白がるような顔をした。


「ディアさんがどういう夫婦生活を想像しているか知らんけど、こうなった以上もう俺ァ我慢しないからさァ。こんなオッサンに抱かれる覚悟がディアさんにあんのかなーと思ってさ」


「え?え?あ、ハイ。だ、大丈夫……?です?」


 想定していなかった話が飛び出してきたので、よく頭が回らないまま返事をしてしまった。

 するとジローさんが、今までに一度もみたことがないような満面の笑みで私にグッと近づいてきた。


「ちなみに不能が治ってからもオカズはずっとディアさんだったからな?生身のディアさんに触れたら長年の欲求不満が爆発すると思うからよろしく頼むな。おいちゃんそーゆーとこすげえねちっこいからなァ。先に謝っとくわ。ごめんな」


「は、はい……?えっと、お手柔らかに……?」


 さっきまでの半べそのジローさんはどこへやら、なんだか不穏な様子を感じて私は逃げ腰になった。だがジローさんはそんな私を捕まえ引き寄せた。


「いやもう一生離さねえって決めたから逃がさねえよ。何度も逃げる機会を与えたのに、それでも俺んとこに飛び込んできちゃったのはディアさん自身だからなァ。

 あ、ディアさんが俺を幸せにするって言ってくれたけど、あれナシな?俺、今度こそ真人間になるからよォ。ちゃんと働いて金稼いで、家買って、誰よりも幸せな家庭をディアさんに作ってやるから。

 俺が必ず…………ディアさんを幸せにするから、俺のそばにいてくれ。好きだ。ずっと好きだった。俺を選んでくれてありがとう……俺に幸せをくれてありがとう…………」


『好きだ』とジローさんに言われた瞬間、胸にぶわっと嬉しい気持ちが広がって、涙があふれた。



「……はい。もう、離さないでくださいね?」



 ああ、やっぱりこの人が好きだ。


 人生で大切なものは全部この人から教わった。


 きっとこれからも、大切な思い出をこの人とたくさん作っていくのだろう。


 私の目の前に広がる未来は、もう明るくて幸せな道しか見えていなかった。




 嬉しくて嬉しくて、私は感情の赴くまま目の前にあるジローさんの頬に手をあて、そっと唇を寄せると、その意図に気付いたジローさんが『おわあっ!』と叫んでのけぞった。



「えっ?!ちょっとさっきあんなこと言ってたくせに、避けるとかひどくないですか?!」


「いやっ!違うんだって!口づけすんなら俺、歯磨いて風呂入ってヒゲ剃ってから!そうじゃねえとディアさんが汚れちまうから!」


「なんですかそれ……まだそんなこと言って……」


 ジローさんは乙女のように恥じらいながら顔を真っ赤にしている。さっきの勢いはどうしてしまったのか。


 ジローさんの様子がおかしくて、思わず声をあげて笑うと、私を見てつられたようにジローさんが恥ずかしそうに笑っていた。




 そんな私たちの周りを、光の粒がキラキラと舞っている。


 精霊様が私たちの新しい門出を祝福してくれているようで、私とジローさんは顔を見合わせ、もう一度声をあげて笑った。





 おわり





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