第92話 side:ジロー
そっからは怪我の影響でずっと意識がもうろうとしていたのであまり覚えていないが、どうやらちゃんと治療を受けてさせてもらっていたらしい。
意識が戻ってから、俺を拷問した男が枕元までやってきた。
死にかけてんのにまだ終わらねえのかと絶望しかけたが、敵兵は『違うから安心しろ』と言った。
「あそこまでされても口を割らないんだから、お前は嘘を言っていないと判断した。だからお前が工作員だと言った奴を再度締め上げたらあっさり白状したよ。自分が拷問されるのが嫌だから、お前が工作員だと適当に嘘をついたって。
だからお前は無罪放免。悪かったなー玉つぶしちまってよ。もう別のところから必要な情報が得られたから、無意味な取り調べはもう終わりだよ。まァ、ゆっくり養生しろや」
それだけ告げて敵兵の男は出て行った。
なんだそれ……俺は無駄に拷問されたってことじゃねえか……。
傷から来る熱でだるくて怒る気力もでないが、多分村の奴らならそういうことをしかねないなとぼんやり思った。
昔っから俺は村でそういう扱いをされてきたんだ。村の余計者だから、誰かを生贄にしようとするなら迷わず俺の名を出すだろうなと妙に納得した。
……それでも、俺も村の奴らとは上手くやっているつもりだったし、ガキの頃と違って今は割と皆に好かれていると思っていただけに、この仕打ちは堪えた。
俺はその後も牢に戻されることはなく、診療所のようなところで治療を受けながら過ごした。そして傷が治りきらないうちに停戦が決まって、俺たち捕虜は解放された。
自国側に帰されて、他の奴らは同じ村の仲間と合流したようだが、俺は傷病兵として療養所に運び込まれたので、他の班に振り分けられた奴らがどうなったのか知らなかった。
だが、中継地の一番大きな哨戒所が襲撃を受けて、ほぼ全滅だったと衛生兵から聞かされて、驚いて死亡者名簿を見せてもらうと、村の奴らもかなりの人数が載っていて愕然とした。
死亡者の名前を見ても現実味がなくて、現実を受け入れられずにいた俺の元に、無事だった奴らが慌てた様子でやってきた。
てっきり見舞いにきてくれたのかと一瞬でも思った俺が馬鹿だった。
押しかけて来た奴らはいきなり『ジローが敵に情報を喋ったのか?!』と詰問してきた。
意味が分からず、『はあ?』と言うと、皆激高して『お前のせいでみんな死んだんだ!』と叫ばれ、ますます訳が分からなかった。
他より少し冷静な奴に説明を求めると、襲撃された哨戒所の位置情報を、俺が敵側に教えたんじゃないかという話になって、その事実確認に皆で押しかけていたらしい。
情報を漏らすも何も、哨戒所の位置など俺が知るわけない。
第一、敵兵の取り調べでも哨戒所のことなど一度も聞かれなかったのだから、俺は全く関係ないだろと言ったのだが、誰も俺の話を聞こうとしない。口々にお前のせいでと言って俺を責め立ててくる。
……昔から、都合の悪いことが起きるとだいたい俺が真っ先に疑われた。それは俺が疑わしいのではなく、疑って責めても差し支えない存在だったからだ。
子どもの頃からずっとだ。あんな目に遭って死にかけた俺のことなど気に掛ける様子もなくただ罵詈雑言を投げつけてくる奴らに、俺はついに堪忍袋の緒が切れた。
怒りに任せて怒鳴り返すと、皆図星を突かれたようで黙りこくった。
もういい。くだらない。結局こうなんだ。あの村にいる限り、俺の立ち位置は一生変わらない。もっと早く見切りをつけて出て行くべきだったんだ。
死にかけてなお、こんな目に遭うなんて馬鹿馬鹿しすぎる。今まで決心できずにいたが、もう故郷も母親も捨てる覚悟ができた。
だから俺が『村には戻らない』と宣言すると、皆急に頭が冷えたのか、手のひらを返して必死に謝ってきた。
皆、根拠のないことで理不尽に俺を責めた自覚はあったようで、平謝りで『考え直してくれ』と懇願してきた。引き留める意味も分からなかったが、どうせ自分が悪者になるのが嫌なだけだろう。
何を言われても返事もせず全て無視して、今後の身の振り方を軍の上官などに相談して準備を進めていたら、これまで全然顔を見せなかったハクトが俺のところに来て『二人で話す時間をくれないか』と頭を下げてきた。
アイツが何も言ってこないならこのまま縁切りでもよかったのだが、あちらから話を持ち掛けてきたのだから、これが最後の機会だと思い、俺はハクトとの話し合いに応じた。
人目のない療養所の裏にまで連れてこられて、アイツが何を俺にいうつもりなのかと相手の出方を待ったが、アイツは『親友であるお前がいなくなるのは……』などと白々しい言葉を口にした。
嘘くさいその台詞にいい加減呆れたので、はっきりと言ってやることにした。
「その親友をハメて敵に売ったのは誰だよ?俺が知らねえと思ってたのか?お前が言った嘘の情報のせいで、俺がどんな目に遭ったか分かってんのか?お前にも同じ目に遭わてやりてえよ」
俺がそう言うとハクトはサッと顔色を変え見るからに動揺していた。
俺のことを工作員だと嘘をついたのはハクトだ。
そのことは敵の軍人から知らされていた。
だが、その事実を教えられる前から薄々そうじゃないかと予想はしていた。
道中に俺のことをとやかく言っていたのもおそらくハクトだ。自分だとばれないように小細工していたようだが、それがかえって目立ったようで、不審な点があるとハクトを覚えていた兵士がいた。
「お前最低だな。親友だとか言ったその口で俺を売りやがって。死にかけたんだぞ俺は……。村に帰ってもいいがなァ、俺はお前のしたことを黙っているつもりはねえぞ。それでもいいのか?」
この時の俺は、本当に皆にばらすつもりはなくて、ただハクトが一言、『ごめん』と言えば黙っていなくなるつもりだった。
もともとハクトはそういうズルいところがあって、嫌なことを俺に押し付けて逃げるなんてことは初めてではなかった。だからコイツが俺をハメた張本人だとわかっても、コイツならやりかねないと思っていた。
だが、拷問されて追い詰められて言ってしまったのだろうから、親友の最後の情けで、謝るのならそれ以上は責めないつもりだった。
だがハクトから返ってきた言葉は意外なものだった。
「……死にかけたんならおとなしく死んどけよ。お前なんか村で一番死んでいい奴なんだからさあ……。つうか、黙っているつもりはないとか、ジローのくせに俺を脅すとかいい度胸してんな。でもそんなことしても、逆にお前が嘘つき呼ばわりされて、今度こそお前の家が完全に村八分になるだけだぞ?はみ出し者のお前の言うことなんか誰が信じるんだよ。それで脅した気になってんならホント馬鹿だよな」
ハクトはあろうことか開き直って俺を罵ってきた。
「はあ?!死んどけって……お前、俺のことそんな風に思ってたのかよ……。親友だとか言ってたのはなんだったんだよ……」
「ジローは俺の言うことなんでも聞いて引き受けてくれるからな、便利だったんだよ。親友だろ?て言やあ、しっぽ振ってお前が喜んで言うこと聞くからさ。
つーかさ、そもそもガキの頃、お前を捕まえて殴れって俺が指示だしてたんだけど、気付いてなかったのかよ?
あーあ、なんでも言うこと聞く犬だと思って傍においてやったのに……やっぱもう要らないわお前。使い道ないし村から出て行っていいよ」
「指示……出してた……?なんで……そんなこと……」
ハクトの言葉に俺は言葉を失った。
便利に使われている自覚はあったが、それでも昔に助けてもらった恩もあるし、親友だと言ってくれるハクトの役に立ちたいと思って、大概のことは協力してきた。
だが……ガキの頃、俺を殴るよう指示を出してた、とハクトは言った。
ハクトは俺を見かねて助けてくれたんじゃなかったのか?
「だから言っただろ?従順な犬が欲しかったんだよ俺は。村ではみ出し者のお前の居場所を作ってやって、俺の親友って立場も与えてやったんだから感謝しろよな。俺の予定では、あそこで裏切者として死んで、お前がみんなの憎まれ役になる予定だったのにさあ。なにちゃっかり生き残ってんだよジロー。マジで迷惑なんだよ、空気読んでちゃんと死んどけよ」
そう言われて俺はようやく全てを理解した。
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