第91話 side:ジロー





 国境でもめ事が度々起きているのは昔からのことで村の誰もが知っていたが、今回は中央からも派兵されてくるという割と大きな抗争に発展したので、近隣の村々からも従軍してくれる者を集っていると言って役人が来た。


 後方支援なので危険なことはないなどと言っていたが、報酬を聞くととても後方支援だけでもらえるような額ではないと俺は思ったので、参加はしないつもりだったのだが、ハクトが報酬につられて参加すると言い出し、そして俺に『一緒に来てほしい』と頼んできた。


 正直気は進まなかったが、『俺を助けると思って』と言われると断り切れず渋々同意した。


 村の他の奴らも休耕期のあいだだけでそんなに稼げるならとこぞって参加に手をあげていた。


 これが地獄の始まりだと誰も思いもしないで、この時は皆、ほとんど遠足気分で戦地へと赴くことになったのだ。




 戦地では最初に仕事の振り分けをされたが、驚くことに前線に近い部隊を支援する班に加えられていた。

 最初に聞いていた話と違うとその部隊の上官に訴えたのだが、支援部隊の人数が足りないから危険手当を上乗せする条件で俺たちの村の代表がすでに承諾済みだと言って一蹴されてしまった。


 その勝手に代表を名乗った者は、ハクトだった。


 ハクトは村の奴らにほとんど確認せずに承諾してしまったものだから、俺がそのことに気付いた時はもう村の奴らはあちこちの部隊に振り分けられすでに出発してしまっていた。


 もともと高い報酬に上乗せするくらいなのだから、危険がないわけがないのに、相談もなく引き受けるハクトにも腹が立ったが、出発してしまった後ではどうしようもない。


 仕方なく俺は、最悪の場合を想定して動くことにした。


 もし襲撃を受けて部隊が壊滅状態になったとして、荷物運びの傭兵なんぞ重要ではないだろうから、最悪村の奴らだけ引き連れて戦線を離脱するしかない。その場合、自力で本隊にまで戻れるように、必死に状況把握と情報の収集に努めた。


 情報を得るには軍人と話す機会を作らなくてはならない。だから俺は進んで仕事を引き受けて、その機会を作るように働いた。



 人よりも多く仕事をすすんでこなしていたら、よく働く奴だと覚えてもらえたので、雑談ついでに部隊の目的や今後の動きを大まかにだが教えるようになった。


 最終的な目的は敵側の砦陥落なのだが、傭兵の中でも素人の荷物運びの俺たちは、前線の手前にある哨戒所で潜入部隊の帰りを待つだけだと言うので、少しほっとした。

 軍人は、教えてもいい情報しか話してはいないのだろうが、俺は教えてもらった礼のつもりでそれからも進んで仕事を積極的に受けて働いた。



 そんな俺にある時、よく話す軍人が声をかけてきた。


「お前、よく働いてくれんのは有難いが、仲間から反感買ってないか?」


「へっ?反感?いや、わかんねえですけど、なんでですか?」


 言われている意味がよく分からず、訊き返すと軍人はちょっと声を潜めて教えてくれた。


「お前が他の奴らよりもよく気が付いて働いてくれるから、俺らも有難く仕事頼んじゃっていたけどな、そのせいでお前だけ内緒で別に報酬をもらっているんじゃねえかとか言われているらしいぞ。

 わざわざ『本当か?』と聞いてくる奴がいて、もちろん否定したが、それでも、じゃあなにか便宜を図ってもらっているのか、贔屓だとかうるせえんだ。

 お前のも同じ報酬で人より多く働いたってのに悪く言われちゃあ割に合わねえだろ?だから一応教えておこうと思ってな」


 誰がそんなこと言ってんのかと訊いたが、名前を憶えていないが俺が一緒の班の奴らだったと思うから、ちゃんと変な噂は否定しとけと助言してくれた。

 村の仲間はいつも通りで特に変わった様子もなかったのに、どこで誰がそんなことを言い出したのかと腹が立った。


 仕事を終えてから村の奴らに問いただしてみたが、『そんな噂きいたこともねえ』ときょとんとしていた。嘘をついている可能性もあるが、追加で金もらったとしてもこれ以上働きたくねえよと笑っていたので、本当のことを言っているように見えた。

 単なる荷物運びとはいえ悪路を大荷物で進むだけでかなりキツイので、仕事を頼まれてもこれ以上は無理だというのは事実だろう。


 噂の話がなんなのか気にはなったが、軍人も俺にばかりじゃなく平等に仕事を振り分けるようになったらそれ以上話を聞かなくなったので、俺もそのうち忘れてしまった。



 ***



 それが起きたのは、野営の準備に取り掛かろうと皆が荷物を下ろした瞬間だった。


 パン、と乾いた破裂音がして、俺たちの班をまとめる軍人が頭を打ちぬかれてその場に倒れた。


 は?と間抜けな声が出て、状況が全く把握できないでいたが、気付けば周囲を敵兵に囲まれて銃口を向けられていたので、銃など持たされていない俺たちは両手をあげることしかできなかった。


 敵の部隊は正確に俺たちの動きを把握していたらしく、一番後方の荷物運び班を捕縛した時はもう先頭を行く部隊の武力解除がとっくに済んでいたらしい。


 俺たちの班と同じように、真っ先に隊長を殺し抵抗もできずあっという間に拘束されてしまったらしい。


 最悪だ……。


 敵兵とぶつかったら後方の荷物班は離脱できると踏んでいたのに、戦闘にもならず全員拘束されてしまった。


 部隊の班分けの構成や、隊長が誰かなのかも正確に理解して仕掛けてきているのだから、これは諜報部員が隊に紛れていたと考えて間違いない。



 とはいえ、俺はこの時もまだ自分の状況を楽観視していた。


 両国の関係上、下手な恨みを買って泥沼化したくないだろうから、皆殺しなんてあり得ない。

 捕虜にしても食い扶持が増えるだけで意味がないので、そのうち俺たちは解放されると思っていたのだが……いつまで経っても解放されることはなく、俺たち傭兵まで含めて敵領土に連行されていった。



 そして一人ずつ汚い牢に入れられ、それから苛烈な取り調べが始まった。



 敵兵は、こちらの戦力がどれくらい後ろに控えているのか、これからの襲撃計画を包み隠さず話せと言ってくるが、当然俺たちはただの雇われで計画も軍隊の人数も火器の数も把握しているわけがない。


 俺たち傭兵を拷問しても時間の無駄だと何度も言ったが、敵兵はなぜか雇われた俺たちの中に諜報が紛れていると確信しているようで、執拗にいたぶってくる。


 そんな拷問にただの村人だった俺たちが耐えられるはずがない。別の牢のあちこちから壊れた叫び声が聞こえてきて、今他の奴らが生きているかすら分からない状況に気が狂いそうだった。


 そのうち、なぜか俺だけが牢から出されて取調室へ連れていかれる回数が増えた。


 なぜか敵兵は俺に目星をつけたようで、俺に情報を吐かせようとしてくる。もう精神的にも肉体的にも限界だった。気を失わないぎりぎりを責めてきているが、正直俺はもういつ死んでもおかしくないと思っていた。




「……お前、いい加減全部ゲロったほうがいいぞ。そこまで国に忠誠を捧げたって死んだら元も子もないだろ?この程度の戦じゃあ大した功績にもならないのに、命を懸ける価値があるのか?」


 どう考えても俺が間諜なわけがないのに、拷問官は確信を持った言い方をする。


「……だぁから、俺ァ単なる雇われの素人ですよ……。俺みたいなのが軍人なわけないでしょうよ……なんで俺が……」


「しらを切っても無駄だよ。もうお前が工作員だって仲間がばらしちまったんだよ。訓練を受けている奴なら少々の痛みじゃあ口を割らないだろうがな……だったら死ぬより辛い目に遭わせてやろうか?

 ……そうだなあ、一生女を抱けない体になったら、男だったら死ぬより辛いよなあ。ホラ、大事なモノを全部無くす前に素直になったほうがいいぞー?」


 恐ろしいことを言いながら、拷問官は剣の柄の部分を俺の股間にグッと押し付けてくる。それだけでもう恐ろしくて、必死にやめてくれと懇願する。


「は?ちょ、嘘だろ?仲間がって……そんなわけないだろ。だって本当に違うんだからよ。誰かと間違ってんだって!ちょお!ま、本当にィ!嘘じゃねえってェ!待ってくれ本当にっ…………ぎゃああああああああ!」


 脳天を貫く痛みで俺は気絶した。






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