第30話 元婚約者の独白1



 結婚式当日は、嫌になるほど快晴だった。



 前日から明け方まで友人と飲んで、ほとんど寝ないまま会場に向かい、酒の抜けないぼんやりした頭のまま、準備のために控室に急いで入った。



 結婚式なんて余興、かったるいと思わないでもないが、招待客は商売相手や商工会のお偉方も招いている。親父の後継ぎとしてちゃんと顔をつないでおけと母親にも言われている。仕事の一環だと思って今日一日愛想よく頑張るしかない。




 二日酔いの回らない頭でそんなことを考えながら、用意されているはずの服を探しに衣裳部屋に入ると、その狭い部屋に先客がいたので『うおっ』と声を上げて驚いてしまった。



 ディアの妹のレーラが、なぜかそこにいたのだ。しかも着替え中で、下着の上にディアの婚礼衣装を羽織っているところだった。


「おっ、お前なにやってんだよ!つか、それディアの衣裳だろ?なんでお前が着てんだよ、ダメだろ……」


 驚いたこともあり、つい強めに叱責すると、レーラはみるみる泣き顔になって、中途半端に服を羽織ったままのしどけない姿で俺に抱き着いてきた。


「だって!今日でラウ結婚しちゃうじゃない!わたしだってラウのお嫁さんになりたかったのにい!わたしもこれ着てラウのお嫁さんになりたいの~!」


「お前なあ、馬鹿言うなよ。今日俺とディアの結婚式なんだからさ、ふざけてる場合じゃないんだって。そもそもさ、俺の嫁になりたいとかいうけど、お前には店の仕事とか無理なんだから、ウチの嫁にはなれないって自分で分かるだろ……」


 レーラとは、酒の勢いでヤったことがあるが、割り切った関係だと思っていた。レーラは、見た目は可愛いが、いろんな男に言い寄られてはあっちこっちにフラフラしているので、俺とのことも本気じゃないと思っていたし、こんなふうに縋ってくるとは予想外だった。


「でも好きなんだもん……無理とかそういう言葉で片づけないでっ」


「そういうことじゃなくてさ……って、おい、ダメだって……こんなとこで止めろよ」


「ヤダ、やめないもん。この後ラウはお姉ちゃんのものになっちゃうんだから……」



 最後に思い出が欲しい、だなんて口説き文句を言われて、ついなし崩し的にコトに及んでしまった。




 その最中に、よりによって自分の母親と、これから結婚する相手のディアに見つかるとは、間抜けだとしか言いようがない。



 でも俺は、この時点でもまだディアとの結婚そのものがダメになるとはみじんも思っていなかった。結婚式当日に浮気だなんて最低もいいとこだが、もう式は直前に迫っている状態でやめることなどできないだろう。

 ディアや家族には平謝りするしかない……一生文句を言われるだろうな、尻にしかれるのは勘弁だなどと楽観的なことを考えていて、こんな状態でもまだなんとかなると思っていた。




 母親に泣きながら叩かれて、これじゃあ結婚式どころじゃないどうすればいいんだと責められて、ようやく自分のやらかしたコトの大きさを理解し、招待客にはなんていえばいいんだと、もう式の続行は無理だとわかってそれからは冷や汗が止まらなかった。


 それでもまだ、だめになったのは今日の式だけで、ディアとの結婚は少し延期になるだけだと思っていた。



「乱暴しないで!私妊娠してるんだからぁっ!お腹にラウの赤ちゃんがいるのっ!」


 …………レーラが落とした、この爆弾発言さえなければ。






 俺の子を妊娠していると言って泣きわめくレーラが、ついには過呼吸を起こして大騒ぎになった。ひとまず休ませないと、とあちらの両親が言って、俺と俺の両親も話し合いをするために皆で家に向かった。


「ディアは?一緒に帰らなくていいんですか?」


 あちらの家族が乗り込む馬車には、ディアの姿がない。そういえばレーラが大騒ぎしているときにももうディアの姿はなかった。


「あんなことになって、レーラと顔を合わせたくないからどこかで拗ねているんだろう。そのうち自分で勝手に帰ってくる」


 ディアの父親に問うと、こともなげにそう言った。待ったほうがいいんじゃないかと思ったが、ディアは俺の顔もみたくないだろうし、一人になりたいのかもしれない。




 家につくと、さっき過呼吸を起こしたレーラはまだ青い顔でソファにもたれかかっていた。


 あちらの両親と、俺の両親はテーブルについて、俺はレーラの隣に座るように言われた。そして針の筵のような話し合いが始まった。




 姉のディアと婚約していたのに、妹のレーラと浮気した挙句、妊娠させたのだから、全面的に俺が悪い。

 とはいえ、レーラとは、以前何度か関係しただけだったのに、妊娠したと言われ正直戸惑う。


 話し合いのなかで、ホントに俺の子か?と遠回しに言ってみるが、レーラはそこだけはきっぱりと、俺以外とそういう関係になったことはないし、体調の変化から逆算するとラウが父親で間違いないと言い切る。

 前回レーラと関係した時、結構酒が入っていたのであまり記憶にないが、時期を考えると確かに合致する。

 他に付き合っている奴は本当にいなかったのか?と思ったが、アチラの父親が鬼の形相で俺を睨んでいたから、その言葉は仕方なく呑み込んだ。





 ここまで来ても、まだウチの両親はディアと結婚させる道を考えてくれていると思っていた。


 ディアはウチの家業にとってもうなくてはならない存在だ。いろんな取引先にも婚約者として紹介してしまっている。ディアが窓口になっている契約だってあるのだ。今更ディアが店からいなくなるなんて無理に決まっている。

 こんなことになってしまったが、どうにかしてディアと復縁する言い訳を俺は考えていた。



 だが、あちらの両親が、『男として責任をとるべきだ、それ以外は認めない』と言うと、それに対して父が『当然のことです。生まれてくる子供のためにも、ラウはレーラさんと結婚させます』と言い出した。


 姉から妹に乗り換えたみたいな男と大事な娘を結婚させたいものか?と疑問に思ったが、うちは町で一番の豪商だから、恩を売って繋がりを保ったままのほうがいいと判断したのだろう。ディアの家は商売があまりうまくいっていないとかねてから言われていた。ウチが口利きをして回した仕事もあるから、つながりを切りたくないのだろう。


 そういえば、ディアの給料は自分たちが管理すると言って、毎月この父親が取りにくる。


 ディアの服や持ち物がレーラに比べていつも使い古したものばかりなのを見ると、給料がディアの元にいってはいなかったのかもしれない。家業がそれほど危ないのかと思うが、家の様子やこの親子の衣服などをみるとむしろ羽振りがいいように見える。


 ディアが自分の親とあまり仲が良くないようにみえたが、それは子どものころから俺と婚約していたから、早くからもう嫁に出した感覚で距離を置いているのかと思っていた。

 でも今こうして冷静に考えてみると、どうも違うようだ。



 いつも淡々としていて、感情を表に出さないディアと、天真爛漫と言う表現がぴったりの、子供っぽいレーラ。姉妹なのに真逆の二人は、この家庭環境が影響していたのかと今更ながらに気が付いた。


 そういえば、婚約して長いのに、ディアのことを俺は全然知らない。いや、身近すぎて特別知ろうとしなかった。




 俺が物思いにふけっている間に、もう双方の両親が話し合って、『ラウとレーラが結婚するしかないだろう』と結論を出したようで、いきなり『ラウもそれでいいだろう?』と父に話を振られて我に返った。

 俺の意見が全然聞かれないままだったことに驚いて慌てて口をはさむ。


「ちょ、ちょっと待ってください。ディアはどうなるんですか?お、俺……ずっとディアと結婚すると思っていたから……き、急に結婚はレーラとすると言われても……店のこともありますし、色々問題があるんじゃ」



 我慢できずに思わず声を上げると、両親から『お前が招いた事態だろ』と叱責されて口を閉じるしかなかった。

 全ては俺のせいなのだから、諾々と決定事項を受け入れるしかないとわかっているが、言わずにはいられなかったのだ。そんな俺の言葉を受けてディアの父親が口を開く。


「そうはいっても、君もディアと結婚するのを嫌がっていたのでは?そのように周囲に触れ回っていたと私は聞いていますし、こうなるのは必然だったのでしょう。不幸な結婚をすることになるよりよかったんじゃないでしょうか。

 店の従業員だったディアが抜けるのは確かに問題がありそうですね……レーラは妊婦で仕事なんてできないでしょうし、それなら店は私と妻が交代で手伝いましょう」



 ディアの父親に言われ、ぐっと言葉に詰まる。

 そんなこと誰から聞いたのかと問い返したくなったが、酒の席でたびたび、ディアとの結婚について不満をもらしていたことを思い出す。


 確かに、ディアとの結婚は親に押し付けられたもので、自由に恋愛もできないんだと男友達相手に愚痴を言っていた。

 でもそれは、友人同士で話すのに、のろけなんかより愚痴のほうが盛り上がるから酒の席のお約束みたいなつもりだった。でもこうなってしまった以上、それを信じる者はいない。


 俺はなにひとつ反論できず、うなだれるしかなかった。



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