第27話


「……捻挫?」



「うん、おもいっきり捻ったみたいでね。ずいぶん腫れているから、しばらく歩くのは難しいんじゃないかね。だから、今日村を出るってえのは無理かねえ。そんなわけで、エロ君には、よくなるまで村に滞在してもらうことになったから」


「ええ?!……あっ、昨日私が殴ったせい……?」


「いやーあはは。ディアちゃん会心の一撃!て感じだったもんねえ。エロ君もびっくりして受け身も取れなかったみたいで、こけた拍子にグッキリいっちゃったみたいでねえ。まあでも滞在費の代わりに仕事してくれるっていうから、まあいいでしょう」


「村長、全然よくないです。ラウがここに滞在するってことは、私も毎日ここで会っちゃうじゃないですか。絶対に嫌です」


「えー?そうなの?困ったなあ。でも、けが人を放り出すわけにいかないし……じゃあディアちゃんしばらくお休みにしてもいいよ。そのあいだはエロ君に手伝ってもらうから」


 村長がそう提案してきたので、慌てて首を振る。


「わー!ごめんなさい!仕事とられるのは嫌です。働かせてくださいラウの存在は無視しますお仕事したいです」


 もとはと言えば私のせいで、村長には迷惑しかかけていないのに、あまりにも身勝手なことを言ってしまったと反省する。


せいぜい半月の我慢だ。それまでラウの存在を気にしないようにすればいいだけだ。




 仕事用の机がある部屋を見ると、ラウは不貞腐れたような顔で椅子に座っていた。顔にも小さな傷がいくつかできていて、さすがにやり過ぎたかなと少し反省する。


「……おはようディア」


 ラウがぼそりとつぶやくように挨拶をしてきた。反射で挨拶を返しそうになるが、無視した。黙ったままの私にラウは何か言いたそうにしていたが、徹底的に無視を決め込んだまま、机について今日の仕事に取り掛かる。


 ふと、ラウのほうから挨拶されたのはいつ以来だったかな、と考えたが、思い出せなかった。


「……おい、返事くらい返したっていいだろ。ちょっと冷静になってくれよ。もう無理に連れ帰ろうなんてしないから、話だけでも聞いてくれ」


 ラウは、声の音調こそ落ち着いているが、長い付き合いだからこれはそうとう苛立っているとわかってしまう。苛立たれていることに腹が立って、無視するつもりだったのに立ち上がって言い返してしまう。


「あなたと話すことなんて何もないっ!どんな事情があったってあなたのしたことを許せないし、なにひとつ理解できない!あなたの声をきくのも嫌だから、話しかけないで!」


 私が声を荒らげると、ラウは、それ以上何も言わなくなった。


 とはいえ、足の捻挫が治るまではしばらくこの状態なのかと思うとうんざりした。






***



 ラウの滞在は、役場に来るご老人のあいだであっという間に知れ渡り、物見高いご老人方が毎日集まってきて、ラウは小突かれたり叱られたり怒鳴られたりするはめになった。

私がラウにされた仕打ちをみんなは大体知っているから、罵倒されまくっていた。


 結婚式で浮気なんて鬼畜の所業だ、孕ませた浮気相手はどうしたんだ、お前は何しに来たんだ、そもそもディアちゃんに謝ったのかと、ワイワイガヤガヤと、時々殴られながらラウはご老人がたにかこまれていた。


 

 私に関係あることだけれども、助け舟を出す義理はないので知らんぷりしていたのだが、ラウはご老人方にはものすごく紳士的かつ丁寧に対応していた。




「エロ君なあ!男として最低だよ?!本当に反省してるのかね?!」


「はい、ディアには申し訳ないことをしたと思っています。少しでも贖罪をさせてもらいたくて、あれからずっと彼女を探していたんです。許されることじゃないでしょうが、だからと言ってあのまま二度とディアに会えなければ一生後悔しますから」


「そうか!じゃあ村にいるあいだは誠心誠意ディアちゃんに謝り続けろ!」


「はい、そうするつもりです。ご助言くださってありがとうございます。あ、あと俺の名前はエロ君じゃなくてラウです。ていうかなんで俺この村でエロ君って呼ばれてるのかな……」


「……っ!お前!思ったより話の分かる奴じゃねえか!そうだそうだ!年寄りの話をちゃんと聞ける奴は出世するぞ!ははは!今日はワシのうちに泊まるか?男同士飲み明かすか、エロ君!」



 隣の応接室でワイワイガヤガヤと話している声が事務室にも丸聞こえだ。聞きたくもない話が終始聞こえてきて非常にイライラする。


最初罵倒しか聞こえてこなかった会話なのに、気付けば笑い声が混じってきている。


……あれ?なんかちょっとご老人の男性陣と仲良くなってない?




 私に関する話題は終わったらしく、今はもう『ワシの若いころは~』などという語りが聞こえてきて、それに相槌を打つラウの声が聞こえてくる。

 

 ……もう完全に仲良しになっている。



 すっかり忘れていたけれど、ラウは商人の息子で、ものすごく口が上手かったんだったと思いだして、私は頭を抱えた。



 私に対してはずっと散々な態度だったから、そういうことを失念していたのだが、父親の仕事を引き継ぐためにラウは交渉術を勉強していた。不利と思われるような契約でも、交渉を進めるうちにいつの間にか自分に有利な方向にまとめてしまった、なんてことも一度や二度ではない。

 


 傍若無人なところがあるが、ラウはもともと明るい性格で、口も上手いし見た目もいい。町では友人も多く、あちこちから声を掛けられる人気者だった。


 ラウは最初、ご老人方にけなされまくっていたというのに、気付けば、みんなに囲まれて楽しそうに話すくらいに打ち解けてしまっていた。


 男性側から見ると、浮気する男に対してそれほど嫌悪感を持たないのかもしれないな……。


 私は可愛げが無いし、女だてらに仕事をしているのがこの地方の価値観を色濃く残す年配の男性からすると、あまりいい印象をもてなかったんだろう。

 そんな私よりも、愛想のいいラウのほうが好ましかったのかと思ってちょっと落ち込んだ。


 女性陣からはそんな男性陣に非難轟々だったが、そのうち女性の中にも数名、『男ってのは浮気する生き物だからね……』と理解を示す人も現れ始めた。



 嫌な予感がする……と思っていたら、案の定ラウと打ち解けたご老人の一人が、『反省しているって言っているんだから、無視しないで話だけでも聞いてあげれば?』とおせっかいを焼いてくるようになった。




「だから……もう二度とかかわるつもりもないので、話を聞く必要もないんです。許すつもりもないので謝罪も必要ないですし、私に対して申し訳ないって思うのならば、早く村を出て行って、そっとしておいて欲しいんです」


「ううん~そうよねえ。あんな目に遭わされればねぇ~。でもねえ、やっぱりちゃんと話しておけばよかったって後から思うかもしれないでしょ。あっ、別に許せって言っているんじゃないのよ?でもね、ディアちゃんから話を聞いた時はとんでもない男だと思っていたけれど、話してみれば好青年だしイイ男じゃない?なにか事情があったのかもしれないわよ~」


「……」


「ね、だから意固地にならないで。あなたのために言っているのよ~」


「……」





 だから早く帰ってほしかったのに!!!

 事情があれば結婚式当日に浮気をしていていいのか!

 仮にあったとしてもそんなこと私には関係ない!話すことなどなにもない!


 ……と心の中で叫んだが、言い返しても無駄なので、もう黙ってやり過ごすことにした。無視を決め込む私に対してご老人が『せめて話だけでも聞いてやれ』と、意固地になった私を責めるかのように何度も言ってくるようになった。正直うんざりしていた。


 ラウのやり方にも腹が立つ。妙に殊勝な態度で接しているなと思っていたが、こういうやり方で攻めてくるとは。


 無視する私に対し、話しかけるのは早々に諦めて、周りから落としていって味方を増やすものだから、やりづらいことこの上ない。




 せっかく、落ち着いた生活を手に入れたと思ったのに、私はまだ捨ててきた過去に煩わされるのか。

 最悪、私が村を出るという選択も頭をよぎるが、あてもなくまた住むところから仕事まで探して回らないといけないのかと思うと、冬を迎える今、それは辛すぎる。





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