第25話
そして現在、ラウは蓑虫のように縛り上げられて、村役場兼村長宅の居間に転がされていた。
あの後、ラウが縛られたままクラトさんに頭から突っ込んでいき、返り討ちにされて足まで縛り上げられていた。クラトさんは、さっきの会話でこの男が私の知り合いだと気付いていたようだが、問答無用で、『不審者です』といって村長のところに運んで行った。
村には、もうなり手がいなくて自警団が存在しない。犯罪やもめ事が起きた時は、大きい町に依頼して、自警団や国の憲兵を派遣してもらうことになっている。
なので、とりあえず村で起きたもめ事はまず村長のところに持っていくのだが、突然持ち込まれた男に村長は戸惑いしかない顔でおろおろしている。
「ディアちゃんや……コレ、アンタの元婚約者っていう、エロ君?て言う子でしょ?何が起きたんだい?彼、ディアちゃんを追いかけてきちゃったの?」
「ううん……なんでしょう?なんかものすごく怒っていたんで、故郷でなにかあったのかもしれません」
まずは彼に話を聞いてみなくちゃわからんね、と村長が言って、クラトさんがラウに噛ませていた布を取る。
「さて、お前……エロ君っていうのか?ひどい名前だな。さっき、ディアさんに対して暴言を吐いていたが、俺の聞いた話によると、お前はディアさんの妹に乗り換えて、そっちと結婚するからってディアさんを捨てたんじゃなかったか?そのディアさんをこんな田舎の村まで追いかけてきて、一体何の用だ。事と次第によっては容赦しないぞ。ここはお前の住む町じゃあないんだからな。誰も助けちゃくれないぜ」
クラトさんは傷のある顔でラウに凄んでみせる。
「クラトさん、村長さん、言いそびれていたけれど、この人エロ君じゃなくてラウっていうんです。
ラウ、この村にはなんできたの?偶然?それともホントに私を探しに来たの?でも私だれにもここにいることを知らせていないから、探せるわけないわよね……」
まだ縛られたままのラウは不満そうな顔をしていたが、私が問いかけると気まずそうに目線を落とした。
「……お前、隣町に入る時、身分札提示しただろ。あれウチの親が申請したヤツだから、同じの持ってる俺は記録見せてもらえんだよ。
ウチの町から隣町に定期便で出ている乗合馬車の御者が、お前らしい女を見かけたっていうからさ、隣町まで、本当にお前か確かめに行って、門番の記録を見せてもらったんだよ。そこから聞き込みして行先を辿ったんだ。
それにしても……お前、いったい誰と一緒にいたんだ?
隣町でお前のこと聞いたら、『わけありそうな美人と、人売りみたいなオヤジの組合せだろ?やっぱ犯罪がらみだったのか?』と逆に聞き返されて、俺がどれだけ心配したか分かるか?経由したほかの町でも滅茶苦茶目立っていたらしいぞ。
訊ねた宿の主人が、『本当に人売りかもしれないから自警団に相談したほうがよかったか心配していた』って言ってたくらいだからな。あんだけ目立ってりゃ、後を追うのは簡単だろ」
ラウはなんとわざわざアチコチに聞き込みして私の後を追ってきたらしい。
それにしても私とジローさんは移動中そんな目で見られていたのか。全然気づかなかった。
「それにしても、なんでわざわざ……。それで?何の用?私とはもう婚約破棄したんだから、私がどこで誰と何をしていようとあなたには関係ないでしょ。
お義母さんには店で正式に雇うと言われたけど、私にその気はないから、もう町には戻らないわ。だから早く帰って。家族にも私の居場所も教えないで」
私がそう言うとラウは怒りでみるみる顔を赤く染める。
「お前なあっ!なんでいきなり居なくなるんだよ!ディアが居なくなったって……大騒ぎになったんだからな。あんな事があった後だし……ひょっとして、どっかで死んでいるんじゃ、ってみんなに言われて……本当にそんなことになっていたらどうしようって心配していたのに、結局は男と駆け落ちしただけだったのかよ。
お前が行方不明なんかになるもんだから、ウチもお前の家も町中から非難されて、お前んちは商売がダメになりそうだし、レーラも寝込んじまったんだぞ。お前がなにも言わずに勝手にいなくなったことで、どれだけみんなに迷惑をかけたか分かっているのか!」
ラウの言葉を聞いて私は驚いた。そんなことになっているとは思わなかったけれど、それは私のせいではない。どちらかというとラウたちが招いた事態だろう。
結婚式で起きたことは、見てしまった人もいるわけだし、招待客のあいだでも知れ渡っているはずだ。
私は同世代の友人こそ少なかったが、商店の女将さんたちとは女衆の手仕事で付き合いがあったし、仲のいい人もいたのだから、私に同情する人もいただろう。
そもそも、多くの人に迷惑をかけると分かるのに、結婚式当日に婚約を破棄し、妹のレーラに乗り換えるなんてどうかしている。きっと父はいつものように私に後始末をさせれば上手くいくと思っての提案だったのだろうが、私がいなくなって思った以上に周囲に責められたようだ。
父の商売は、ここ最近は特にラウの店の伝手で下請けのような仕事が多くなっていたし、下請けと言う立場上、悪評による仕事への影響は大きかったのかもしれない。
ラウの店は、町一番の商店で、小売りと別に卸業が売上の多くを占めるから、たかが息子の女性問題くらいで店が傾くようなことはあり得ないと思うが、商工会の女将さんらに非難されたりでもしたのだろうか。
図らずも、私が行方不明になったことで騒動に拍車をかけてしまったようだった。
ラウがわざわざ私を探しに追ってきたのは、その責任を私にとらせたいからなのだろうと分かって、呆れるとともに忘れていた憎しみが心の内側から湧き上がってくる。
何か言ってやろうと口を開きかけた時、クラトさんが止める間もなくラウを殴り飛ばした。
「貴様っ!噂に違わぬクズだな!勝手なのはどっちだ!ディアさんを町にいられなくしたのは貴様だろうが!自分のしたことを少しも反省せず、さらに彼女のせいにするとは最低だな!」
「うるせえ!俺とディアのことに首をつっこむんじゃねーよ!つーかお前誰だよ!お前がディアを唆して家から連れ出したのか?!
そりゃ……ディアには悪いことしたと思うけど、だからってあんな風にいなくなることないだろ?どれだけ心配したと思うんだ。残された俺たちがどんなふうに思うか考えもしなかったのかよ?!」
大声でラウに非難されて、私の中で何かがぷつっと切れてしまった。
怒りを込めてラウを見据えると、私の様子が変わったのが分かったのか、ビクッとして口をつぐんだ。
私は口元だけ笑って見せて、ラウに口調だけは優しく話しかける。
「心配した?ラウたちがどんなふうに思うか?うん、考えもしなかったわ。私があなた達を慮るとでも思っていたの?
じゃ、逆にきくけど、結婚式当日に夫となる人が自分の妹と浮気していた現場を発見してしまった私が、どんなふうに思うか考えたことある?
そのあと、ラウはレーラと結婚させるから、私はあなた達の下で働いてって言われた私の気持ちを考えたことある?
私の婚礼衣装は、着ることもできず、みんなに踏みつけられてぐちゃぐちゃになっていたけど気付いてた?私、あれをそれこそ寝る間を惜しんで一生懸命作ったのよ?それなのに、着られないどころかゴミになっちゃったっていうのに……その私が、レーラの衣装を縫ってあげなさいって言われた時、どれくらい絶望したかラウに想像がつく?
どんな気持ちだったか一瞬でも考えたことある?
あるわけないわよね。少しでも考えてくれたのなら、そんな風に罵ったりできるわけがないもの。
まさかいきなり責められるとは思わなかったから、私びっくりしちゃった。
ふふ、怒りすぎると人って笑えてくるのね。
ねえ、ラウ。私に殺される前に早く帰ったほうがいいわよ。私も今自分で自分がなにをするか分からないくらいキレているから」
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