第23話
***
「私は絶対に、ラウを好きだと知られたくなかったんです」
長々と自分語りをする私を、ジローさんは相槌も打たず無表情でじっと見つめていた。
「好きな人に見向きもされない可哀想な女、て思われるくらいなら、卑怯とかがめついとか言われるほうがまだマシだったもの。それならなんとか自尊心を保てるから。
ラウがね、私を嫌っていて、結婚したくないって言ってるのをはっきり聞いちゃった時に、私から結婚を止めることだってできたはずなんです。好きでもない人と結婚したって幸せになんてなれるはずないもの。でも……それでもいいから、私はラウと結婚したかった。嫌われていても、疎まれていても、結婚しちゃえばなんとかなるってそう信じて、気づかないふりをしたんです」
シロツメクサの栞を弄びながら、独り言のように、絶対に口にしたくなかったことを私は喋る。
それまで黙っていたジローさんが静かな声で問いかけてくる。
「……ディアさんは、まだラウ君のことが好きなのか?あんな目に遭わされたのに?」
可哀そうなものを見るような目をするジローさんに、私は微笑みながら緩く首を振る。
「そういうこと聞かれたくなくて……私もジローさんと同じように、都合の悪いことは言いたくなくてずっと黙っていました。
ただ結婚がダメになっただけじゃなくて、好きだった人に嫌われていて、挙げ句捨てられたなんて知られたら、救いようもなく惨めじゃないですか。
親が決めた結婚で、お互い気持ちがなかったっていうならまだマシでしょう?だから秘密にしておきたかったんです。
ラウのことは……あんなことされたんだから、大嫌いに決まっています。でも……家を出る時に、これを持ってきてしまった……ずっと宝物だったこの栞を、どうしても捨ててこられなかった。未練がましくて、みっともないでしょう?」
手の中にある栞をじっと見つめる。ラウが私にくれた唯一のプレゼント。
町にいた頃、ツライ時はこれを見て、あの時の幸せな時間を思い出していた。あんな幸せな時間があったんだから、きっと大丈夫。今はすれ違っているけれど、一緒に居ればまたあの時のような関係に戻れるはずだと、自分に言い聞かせていた。
その栞を、もう一度じっと見つめてから、テーブルにある燭台に栞をかざす。
乾いた紙の栞は、蝋燭の火でパッと燃えあがった。栞はあっという間に燃え尽きて、私の指を焦がして消えた。
「ばっ……馬鹿!指!ヤケドしただろう!早く冷やせ!」
ジローさんが私の手を取って、台所に引っ張っていき、水をかけた。ジローさんは自分が痛いような顔をして、私の赤くなった指先を見ていた。
「……大事なモノじゃなかったのかよ」
「大事だったのは、栞の向こうにあった思い出です。でもようやくそれも捨てる決心がつきました。ラウを好きだった気持ちも、憎む気持ちも、執着も、ジローさんに話してようやく捨てられるようになりました。聞いてくれてありがとう」
そう言ってジローさんに微笑みながらお礼を言うと、ジローさんは顔を歪めて、掴んでいた私の腕を離して、苛立った様子で椅子に座った。私に背を向けたままジローさんは、苛立った声で私に言う。
「だから?自分の言えなかった過去をさらけ出したから、俺にもそうしろとでも言うのか?……あのなあ、俺が言いたくない自分の過去ってのは、ディアさんのそれとは違うんだよ。
アンタのはただ自分の気持ちの問題だろ?誰に責められるものでもないし、後ろめたく感じることでもなんでもない。俺の過去は……言って楽になるとかそういう類の気楽な話じゃないんだ。同情か、正義感か知らないが、そうやって聞きだそうとするのはやめてくれ」
ジローさんは今まで見たこと無いような怖い顔をしていた。でもその顔は一生懸命泣くのをこらえているように見えた。
「違いますよ。ただ私が気持ちを吐きだして捨てたかっただけです。私ね、あの時、ジローさんに会わなかったら、多分誰かを殺すか自分が死ぬかしていましたよ、きっと。
あの栞を捨てられたのは、あなたのおかげです。
ジローさんはそんなつもりじゃないのかもしれないけど、私はあなたに人生を救われたんです。
ジローさんが過去に何をしたのか知らないですけど……恩人であるジローさんが、泣きたいのに泣けなくて苦しんでいるのなら、あなたが私にしてくれたようにしてあげたいだけです。……えーと、ホラ、お姉さんの胸で、泣きなさい?……って、言えばいいのかな?」
そういって私はジローさんの頭をぎゅっと抱き寄せた。ジローさんは、ビクッと震えて体を固くした。
この前、私が眠れなくなってしまった時、ジローさんは無理に聞きだそうとしたりしなかった。ただ心配して優しくしてくれただけだった。だから私も、その時もらった優しさをジローさんに返したい。
ジローさんの辛さが少しでも楽になるように、気持ちを込めてジローさんを抱きしめた。
「……ディアさんは、ホント、お人よしで騙されやすい子だよナァ。なんも知らないで、簡単に俺みたいなのに肩入れしちゃってさ…………願わくば、騙されたままで、ずっとここに居て欲しいよ」
「居ますよ。せっかく居場所と仕事をもらったんだから、ずっと居ます」
私のことではボロボロ泣いていたくせに、ジローさんは自分のことでは泣けないみたいだ。だけど、子どものように私にしがみついて、涙を流さずにただ肩を震わせていた。
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