第22話


 私からの質問を拒むようにそっぽを向いているジローさんの横顔をじっと見て、私は今どうするべきかを考えた。





 そして、ひとつの結論に達した私は、椅子から立ち上がり、自分の部屋に行って、家出をするときにひとつだけ持ってきた本を手に取って、ジローさんの前に置いた。



『?』と不思議そうな顔をするジローさんに、本を開いてみせて、そこに挟まっていた栞をテーブルに置く。


 シロツメクサの押し花を色紙に張り付けて、栞にしたものだ。古くて、端が茶色く変色している。


「この栞押し花にしてあるシロツメクサ、小さい頃ラウが私に初めてプレゼントしてくれたものだったんです」



 突然脈絡のない話を始められて、ジローさんは不思議そうな顔をしていた。


 このシロツメクサをラウからもらったのは、私たちがまだ子どもの頃。


 それは私とラウがまだ仲が良かった時のこと。


 訝る彼を無視したまま、私は勝手に自分とラウの話を語り始めた。



 ***







 ***



 店の外がわあわあと騒がしいのでなにかと思ったら、花嫁御寮が新居へと向かうため、ちょうど店の前を歩いていた。



 子どもだった私は、初めて見る花嫁の姿に目が釘付けになった。


 赤と白の色鮮やかな衣装をまとって、花束を抱えながら歩く花嫁は、夢のように綺麗だった。

 花嫁さんの手を取って先導するのは、花婿の男性だ。花婿は、高い靴を履いて歩く花嫁を気遣いながら、時々見つめ合って微笑んでいる。


 それを見て私は、ああ、幸せの光景だ、と思って見惚れていた。


 私はその頃、親同士が話し合って私とラウが将来結婚するという口約束が交わされたばかりだった。それまで、顔を合わせれば少し言葉を交わす程度の仲だった私とラウは、まだ子どもだったし、将来結婚すると言われてもピンときていなかったし、恋愛感情ももってはいなかった。


(わたしも、あんな幸せそうな花嫁さんになれるのかな……)


 自分の家族には常に邪魔者扱いをされ、家の中に居場所が無いと感じ続けてきた私は、ラウのお母さんが『ディアちゃんにお嫁に来てほしい』と言ってもらえてとても嬉しかった。

 だからラウの両親の期待に応えたいとは思っていたけれど、ラウとどんな風に接すればいいのか、分からなかった。それはラウも同じだったのだと思う。


 花嫁御寮をぼんやりと眺める私の横には、いつの間にかラウが立っていて、同じように花嫁さんを見ていた。私と目が合うと、ラウはポツリとつぶやくように問いかけてきた。


「ディアも……やっぱりああいうのに憧れる?」


 ああいうのがどれを指しているのか分からなかったが、花嫁の衣装とかそういうのだろうと思い、コクリと頷いた。


 その時、新居に着いた花嫁さんが、抱えていた花束を廻りの人々に分け始めた。幸福のおすそ分け、というもので、それを貰うと幸せが訪れると言われているので、皆こぞって花を貰っていた。


 私も、一輪でもいいからもらえないかと集まる人々の後ろに来てみたが、花はあっという間に無くなってしまっていた。

 すごすごと店先に戻ると、ラウと目が合ったので、少し恥ずかしくなり、苦笑して肩をすくめてみせた。


「花、欲しかったのか?」


「うん、でも出遅れちゃった。残念」


 そう言った私に対してラウは何も言わなかったが、その後『ちょっと店番よろしく』といって出て行った。






 夕方になって戻ってきたラウの手には、シロツメクサの花束が握られていた。


「ごめん、その辺さがしたんだけど、あんまり綺麗な花がみつからなくて、こんなのだけど。……でも一応花だし」


 やるよ、と言ってラウは私にそのシロツメクサをくれた。さっき、花を貰えなかった私のために摘んできてくれたのだ、と気が付いて、胸の真ん中からぶわっと喜びが湧き上がった。


「ありがとう!嬉しい!ありがとう!ラウ!」


 興奮気味にお礼を言うと、ラウは驚きながらも恥ずかしそうに笑った。



 この瞬間から、私はラウに恋していたのだ。


 私のために花を摘んできてくれたことが、どうしようもなく嬉しくて、ラウの笑顔が愛しくてたまらなかった。ラウも私が笑うと嬉しそうに笑ってくれる。お互いがお互いを思いやっていると感じられて、とても嬉しかった。


 この頃のラウは、本当に私に優しかった。店で一緒に仕事をして、二人で協力して作業したり、一緒にお昼ご飯を食べたりして、色々な話をして笑い合ったりもした。私は昔からラウに嫌われていたわけではない。とても仲の良いと言える時期もあったのだ。



 それが変わり始めたのは、お互い成長し始めて、思春期と呼ばれる年頃になってきた頃だった。


 すでに婚約者がいるラウは、友人のあいだで時々からかいの対象になるらしく、この頃になると私と一緒にいるところをみられるのを極端に嫌がるようになった。


 店の仕事もさぼりがちになり、私にばかり押し付けるので、ラウのお母さんが注意をすれば余計に反発して、その不満が私に向くようになる。悪循環だった。


 人に言われれば言われるほど、私という存在が疎ましく思うようになってきたんだろう。


 ラウは、親に結婚相手を無理やり決められて可哀想だ、と同年代の子たちには言われていた。

 それに対して私は、ラウの両親に取り入って、上手いこと婚約者の座に収まった狡い女、と言われるようになった。


 ラウの店は町で一番大きな商店で、実際ラウと婚約出来た私は、玉の輿に乗ったようなものなのだった。


 それに、それまで私は家であざが残るくらいの体罰を受けることもあったのだが、ラウの婚約者になったことで、両親は世間体を気にしたのか、あからさまな暴力は振るわなくなった。


 将来のことを見据えて、勉強するお金もきちんと出してもらえたし、ラウとの婚約は確かに私にとっては利益しかなかったのだ。それにしがみついている狡い女だと謗られても、否定することができなかった。


 陰で言われているだけでなく、面と向かってそのようなことを女の子に言われたこともあった。何と言われても、否定するわけでもなく、かといって怒ることも泣くこともしなかった。感情を動かせば、ラウのことが好きだとばれてしまいそうで怖かったのだ。


 そうやってどんな非難も淡々とやり過ごしていたら、誰も何も言ってこなくなったけれど、その代わり、『冷めている』とか『打算的』などと陰で言われるようになった。


 だから、同年代の一部の女の子たちからは、『玉の輿のためにラウを縛り付けている卑怯でがめつい女』という評価を受けていた。

 そんな評価を受ける女が婚約者で、ラウには申し訳なく思ったが、私はこの評価をあえて否定せず受け入れていた。





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