第21話




 家の前まで来ると、ジローさんがいつものように玄関先の長椅子で昼寝をしていた。それをみたクラトさんが、これ以上ないくらい顔をしかめて寝っころがるジローさんを睨んでいる。


「おい!女性を働かせてお前は昼寝か!相変わらずのクズだな!」


「んおぁ!?えっ?!なに!?……あ?ダレ?気持ちよく寝てたのにさぁ~」


「まさか俺の顔も忘れたのか?久しぶりとはいえ、子どもの頃から知っていて戦争も一緒に行ったが、覚えてもいないか。戦争で脳みそもやられたか」


「わーその嫌味な言い方、クラトか~久しぶりだなァ。お前まだ村に住んでたのかー。いつぶりだっけか?まあお互い死ななくて良かったじゃないの」


「生き恥を晒してなにが良かっただ。お前は腹が立つほど変わらないな。少しは自分のしたことを顧みて反省をするとかないのか」


「お前のそのクッソお堅い性格も全然かわんねーのな。なんにせよ、この歳まで生き残ったんだから、もうけもんだと思ってるけど?だからもうあとは好きなように生きることに決めたんだよォ~。俺はね、可愛い女の子を愛でながら楽しく余生を生きるんだよ。思いがけずディアさんと仲良しになれたしね、生きてりゃいい事もあるもんだ。クラトもさー俺より若いんだから、可愛い嫁でも貰って楽しく生きろよ。なにをそんなにキリキリしてんだよ」


 ジローさんがあくびまじりで言うと、クラトさんはギリッと歯を食いしばってこぶしを握り締めている。


「そうやってお前の欲望にディアさんを巻き込むな!傷ついた女性につけこんで弄ぶなど男の風上にも置けん!ディアさん!よく考えたほうがいい!後悔してからじゃ遅いからな、家を出るなら手伝うから、早めに決断したほうがいい」


 そう言い捨ててクラトさんは踵を返して来た道を戻っていった。


「……ジローさん、昔になにをやらかしたんですか?めちゃくちゃ怒ってましたよクラトさん」


「んー?なんだろなあ。子どもの時からアイツあんな感じだから、どれで怒ってるか分からないなー」


 わざとらしくあくびをしながら言うジローさんは、なにか誤魔化しているようにも見えたが、あえて聞くことはしなかった。気のせいかもしれないし、第一言いたくないことのひとつやふたつ、生きていれば色々あるだろう。





 それ以上、クラトさんとのことを話しはしなかったが、それからしばらくジローさんはいつも通りに見えたが、軽口をきくことが減ってあんまり元気がないように思えた。



 ***





 それからしばらく経ったある日のこと。


 真夜中にゴトゴトと居間のほうから物音がしたのが気になって、上着を羽織って部屋から出た。


 今日、ジローさんは珍しく仕事を頼まれたと言って村長に連れられてどこかへと出かけて行った。帰りは遅くなるかもというので、私はジローさんの帰宅を待たず自室に戻っていた。

 だからジローさんが帰ってきてなにかしているのだろうかと思いながら居間に入ると、お酒の匂いがプンと匂った。



 村長さんと飲んで帰ってきたのかしらと思ったが、床に瓶が転がっていたので、これのせいかと気が付いた。瓶に少し残っていたお酒は、床にこぼれていた。


 ジローさんがいつのまにかお酒を飲みまくっていたらしく、酒瓶が居間にゴロゴロと転がっていた。


「ジローさん、飲みすぎです。そのお酒、どうしたんですか?」


「いやー村長がさークラトは忙しいから、林檎酒の瓶詰作業を手伝えって言われて、ちょっと手伝ったんだけどさ。詰めたヤツ運んでいる時ちょっと瓶にヒビはいっちゃってさ、欠けたやつとか全部買い取れって言われてァ。しょうがないから俺が飲んで処分してんの。

 あ、そうだ。俺、お金たりなかったから、ディアさんのお給料から天引きにしてもらっちゃったんだわ~ごめんナァ」


「もう、しょうがないなあ。飲みすぎないようにしてくださいね」


 そう言って私は床に転がっている空き瓶を片付け始めた。

 ジローさんは一瞬目をぱちくりしていたが、急に慌て始めて、瓶を片付ける私を引き留めた。


「……えっ?いやいやいやいや、ちょっとさ、そうじゃなくてさ……そこは怒るとこでしょうよ。ディアさんのお給料勝手に使ったっつってんだよ?なにふつーに流してんだよ」


「いいですよ。この村まで来る時、ジローさんが旅費を出してくれたじゃないですか。清算するっていっても結局受け取ってくれなかったくせに、私が怒るわけがないでしょう。手持ちのお金が無くて困っていたのなら、普通に言ってくれればよかったのに。そんな言い方すると、ジローさんがわざと嫌われようとしているみたいにみえますよ。そういうのジローさんに似合いません」


 呆れたように私が言うと、ジローさんは大声で笑い始めた。


「ディアさんは俺を買いかぶりすぎだろ。旅費なんて安宿ばっかだったから全然使ってないって思わなかった?

 そんな言い方似合わないとかさぁ、初めて言われたよ。俺は昔っからこんなんだよ。村の年寄りどもも、アイツはロクデナシだって言ってただろォ?

 ディアさんをこの村に連れてきたのも、最初っからさ、働き者のディアさんのスネ齧れるかなーと下心があったのよ実は。旅費も、旅の途中で逃げられたくないからお金出してただけだって思わなかった?まー初期投資?ってヤツ?」


 へらへらとワザとらしい笑いをして、挑発するように酒瓶を振るジローさん。

 私はひとつため息をついて、酒瓶をどけてジローさんの前に座る。


 じっと見つめると、ジローさんはたじろいだように目を逸らした。



 急におかしなことを言いだしたのは、やっぱりこの間クラトさんの言っていたことが原因なのだろうか。


「私は、ジローさんと住むことに価値を感じていますから、家賃としてお金を払ってもいいですよ。それともジローさんは私に出て行ってほしいですか?クラトさんからも、ジローさんの家を出たほうがいいって言われましたが、私はジローさんにたくさん助けてもらいましたし、信頼しているので、できれば一緒にいたいですけれど」


 今のジローさんの言動は、無理して急に悪ぶってみているように見えた。

 それは私の勘違いかもしれないし、そもそも何を思ってこんなことを急に言い出したのか分からないが、それでも本音で話してほしいと思った。


 私はジローさんに恥ずかしいところも醜いところも晒してしまっている。ジローさんと私の関係で取り繕って腹の探り合いをしてもしょうがないので、私は自分の思った気持ちをそのままジローさんに話してみた。


 すると、私の返答が思っていたものと違ったのか、ジローさんは少し目線を彷徨わせ、戸惑ったように言った。


「……なんなんだよ、その口説き文句……。ディアさんってホント馬鹿だよなァ。

 俺みたいないい加減な人間を信頼しちゃうから、エロ君みたいなクズにいいようにされちまうんだって。その騙されやすい性格、なんとかしたほうがいいよ……。じゃないとまた痛い目見るからさ。

 クラトにも、アンタは騙されているとか言われたんだろ?クラトはいいヤツだよ。クソがつくほどの真面目君だし、世間知らずのディアさんを心配してんだろ。ちゃんと住めるよう手入れした家があるから、いつでも移り住んでいいって言ってたよ。

 まあ、俺もさすがにいつまでもディアさんのスネ齧っているのも気が引けるからさ、ディアさんはクラトに手伝ってもらって、空いている家に引っ越しな」



 やっぱりジローさんの様子がおかしいのは、クラトさんと再会したことが原因みたいだ。


 私はなんと答えるべきかしばらく考えて、自分の気持ちを考えながら、ゆっくりと話し始めた。



「まず、エロ君じゃなくて、ラウです。うーん……なにから話したらいいかな……。

 私ね、昔からずっと、人の言う事に逆らうってしたことなかったんです。なんでも相手の望むように、無理な頼みでも全部受け入れて、期待に沿えるよう頑張ってきたんです。

 でもね、ホラ、結局なにもかも無くして、誰も私のそばに残らなかったじゃないですか。

 だからね、私はもう誰かに人生を決められたくないんです。だから、自分で考えて決めたいし、自分の気持ちに素直に従いたいんです。

 クラトさんはきっと私のためを思って言ってくれていると思いますが、でも私は今、ジローさんと一緒に住みたいと思っています。それが私の希望です」


 私がそういうと、ジローさんはビックリしたように目を瞠って、それから少し呆れたように笑った。


「……あのな、俺、自分に都合が悪いことはディアさんに言ってないのよ。やっぱさあ、こんなんでも軽蔑されたくないとかあるわけよ。

 ディアさんは俺を善人みたいに思ってそうだからさ、俺としてもいい人ぶりたいのよ。クラトのいう、騙されているってのも、あながち嘘じゃないかもしれないんだぜ?

 それでも俺と一緒に住むの?変わってるね、ディアさんは。あとから騙されたー!とか言っても遅いよ?」


 ジローさんはまた酒瓶を煽ってお酒をグビグビと飲む。

 黙ったまま、しばらくそんなジローさんを見ていたが、皮肉気に笑うジローさんは、なんだか無理をして笑って傷ついているように見えた。



 昔になにがあったのか、クラトさんの言ったことはなんなのか、戦争でなにがあったのかと色々疑問が頭をよぎるが、ジローさんは聞かれたくなさそうに見えたし、それを無理に問い質すことはなにか違うような気がした。





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