第20話
村のご老人方には、私がなぜ家出をしたのか詳しくは話してなかったが、簡単に、『婚約者が私の妹を孕ませてしまって、結婚がダメになったので、家にも居辛くなって逃げてきた』……と説明したら、こっちが申し訳なくなるくらい泣いて同情された。
そして、だったら村で結婚してはどうか、と言うようになってきた。
若い人はほとんど村に残っていないが、いないわけではないし、町に働きに出ている息子が時々村に帰ってくるから、それと結婚しないかとか色々言われるようになってしまった。
ご老人方は、それまでほとんど話したことがなかったのに、少し仲良くなってからの距離の詰め方が速すぎて正直対応に戸惑ってしまう。
もう結婚とか考えたくもないので、勘弁してくださいと私が言うと、『なんて不憫な子……!』と余計にご老人方が盛り上がって、もっとお見合いを薦めるようになってきた。
「ホントに、もうごめんなさい。結婚も恋愛も、私には無理なんです。もうあんな経験したくないんで、みなさんの期待には応えられないです」
「うーん、そんな悲しいこと言わないでディアちゃん。ツライ経験は、新しい恋をして忘れるべきよ!ね、きっといい人がいるわよ~」
ね?結婚は女の幸せよ?言ってくいさがるご婦人に、私はちょっと辟易していた。
村の住民として受け入れてもらえたのは有難いのだが、ご老人方は以前とは打って変わり、ありとあらゆることを訊ねてきて、こうしたほうがいい、ああするべきだと助言をしてくれて、そしてやんわりお断りしてもちょっとやそっとじゃ引き下がらない。
それでも何度も断っているうちに、ほとんどの人がもう結婚については無理に薦めなくなってくれたのだが、絶対に諦めないご老人が、一人だけいた。
それがこの今話しているマーゴさんだ。
マーゴさんは息子さんがいたのだが、先の戦争で亡くなってしまったそうだ。子どもも残せず、親よりも早く亡くなってしまったことが悔やまれて、私のように、まだ若い人間が未来を諦めているのが残念でならないらしい。
そういう事情が分かっているので、あんまり無下にはできないのが難しいところだ。
「すみません、お話のところ。村長、荷物こちらでいいですか?」
「ああ、そこでいいよーありがとなあ。クラトもお茶飲んでいきな。ディアさん特製のお茶美味いんだよ~」
諦めないマーゴさんに手を焼いていたところに、玄関のドアを開けてクラトさんという青年が入ってきた。
青年と言っても三十台半ばくらいの年齢だろうか。それでもこの村では珍しい、数少ない若者だ。
彼は先の戦争で左目と左足を負傷して、左目の視力は極端に悪いらしい。けれど日常生活にそれほど支障はないらしく、大きな体格を生かして村では力仕事を含めた便利屋のような仕事をしている。行商が扱わない品物を町に買い出しに行ったりもするので、村と町を行ったり来たりしていて、私が来た当初は村には居なかった。
今は作物の収穫期になったので村に戻ってきて、収穫を手伝って町へ売りに行く代行をしてくれている。
目元から頬にかけて大きな傷があるが、元が整った顔をしていて、傷があることも人によっては魅力的にうつるだろう。今も昔もさぞかし女性にもてそうな人だが、家族はおらず、独りで暮らしている。
クラトさんが顔を出すと、ご老人たちがにわかに色めきだって、私をクラトさんの前に押し出してくる。
「クラトくん!まあまあ、このあとの予定は?なにもないなら、もう夕方だしディアちゃんもお仕事終わりだから送っていってあげてよ~。ねえクラトくん、ディアちゃんとちゃんとお話ししたことないでしょ?村のこととか色々教えてあげて~」
「ちょ……マーゴさんてば!いや、あのクラトさん、まだ明るいし、いつもの道なんで私は大丈夫です!」
「いいですよ、これを運んで終わりでしたから。ディアさんが村に来てから、一度ご挨拶しただけでしたからね。俺も一度ちゃんとお話ししてみたいと思っていたんですよ」
「あらあらまあまあ!ディアちゃん美人だものねえ~そうよねえ~そうよねえ~さあさあ、ディアちゃん早く準備して帰りなさいよ」
「いえ、まだ終わってなくて……一人で帰れますし」
断ろうとしたけれど、マーゴさんにグイグイ押されて外に出されてしまう。クラトさんはごく自然に私の手を取って『行きましょうか』と連れて行く。
不自然にならないようにさっと手を引いてクラトさんから距離をとると、彼はちょっと片眉をあげて微笑んだ。そして意識的に私と距離を保ったまま、帰りの道を歩き始めた。
ちょっと気まずい気持ちのまま、トボトボと家までの一本道をクラトさんと歩く。何か話すべきか考えていると、クラトさんのほうから話しかけてきた。
「ディアさんは……あのジローと一緒に住んでいるんですよね。アイツに連れてこられたのは知っていますが、どうして一緒に住み続けるんです?空家ならほかにもたくさんありますよ。まさかアレと恋人だとか言わないですよね?」
「えっ……恋人とかではないですけど、ジローさん親切ですし、いいひとですし……女友達と同居している感覚ですかね?というか、クラトさんはジローさんとお知り合いなんですか?」
「狭い村だからね、みんな知り合いっちゃ知り合いですが、ジローとは昔馴染みです。アイツは昔っからいい加減で、女性にだらしないヤツだったんです。今は戦争で傷を負ったせいで丸くなったって聞いているけれど、人間てのはそんなに変わらないんですよ。ゲスなヤツが聖人になったりなんてしない。泣かされる前に離れたほうがいい」
ジローさんの評判は村のご老人がたにも良いとは言えないが、それでもせいぜい、だらしないだの、いい加減だのとその程度で、悪ガキ程度の扱いだったけれど、クラトさんははっきりと敵意を込めて言っている。
昔に二人はなにかもめ事があったのだろうか。嫌っている……というよりも、憎んでいるようにも見える。私に対してもちょっと怒りを煽るような言い方をしているように思えた。
「……昔になにがあったか私はなにも知りませんが、今、私の知るジローさんはいいひとです。もし泣かされるようなことになるのなら、それは私の判断を間違えたことなので、自業自得なので仕方がないです。なので私のことは放っておいて頂いて結構です。心配してくださってありがとうございます。」
実際、ジローさんはいい加減で適当なところがある人だが、それでも私はその彼に救われてきた。クラトさんとの間になにかあったのだろうが、それに私は関わっていないし知らないことだ。知らないことを他人の口からきいて、ジローさんとの付き合いを変えるのは違うと思う。
私がそう言うと、クラトさんは意外そうな顔をして、呆れたように少し笑った。
そして先ほどとは違い、少し砕けた口調になって、私をからかうように言う。
「ディアさんは見かけによらず結構頑固な性格なんだね。まあそこまでいうのなら、もうなにも言わないが……君は若いのに仕事もできるし、受け答えも丁寧で、しっかりした女性にみえるのに、なんでジローなんかに騙されてしまったのかなあ。
あれのどこをどうみたらいい人に見えるのか、教えて欲しいよ。もう長らく会っていないけれど、アイツは見た目からして胡散臭いだろう?よくアレについて行こうと思ったよね。
そういえば、噂で聞いてしまったんだけど、ディアさんは故郷で婚約破棄されたんだっけ?そのせいで自暴自棄になって判断力が失われていたのかな?それにしても、君の元恋人も、ずいぶんと勿体ないことをしたものだね。きっと今頃後悔しているよ」
「……ジローさんのことはともかく……。私の元婚約者のことでしたら、親が決めた結婚でしたし、面白みも可愛げもない私と結婚しないで済んで喜んでいますよ。
私と婚約しているときからずっと不満だったみたいですし。でも家のこととか店のことがあるから今更止められないって私も相手も思ってズルズルきちゃったんですけどね。その結果、最悪の場面で浮気が発覚して結婚がダメになりました。まあ今思うと、どうしても私と結婚したくなかったから、あんな強硬手段に出たんじゃないかなと」
「はは、ずいぶんと後ろ向きな考えだね。君のその自己評価の低さにジローは付け込んだのかな。じゃあ俺みたいなのが口説いても付け込まれてくれるかな?」
「からかうのはやめてください。クラトさんて結構意地悪なんですね。私、別にジローさんにも付けこまれていないですし」
最初、少しケンカ腰だったので話しにくい人だと思ったが、色々なことを話すうち打ち解けてきた。ちょっと皮肉っぽいところがあるけれど、本当に心配してくれているようだし、根はいい人なのかもしれない。
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