第6話



 それからのことは悪夢としかいいようがない。


 お義母さんの叫び声でたくさん人が集まってきてしまって、身を隠す暇もなく二人のあられもない姿を皆に見られてしまい、何が起きたのか、招待客も含めた大勢に大体のことを知られてしまった。



 お義母さんが、中腰のままオタオタとしているラウの頭を力いっぱい引っ叩いた。

 そしてその隣でまだ私の婚礼衣装を羽織ったまま震えているレーラの腕をつかんで引き起こし、頬を張ろうと手を振り上げた瞬間、レーラがとんでもないことを言いだした。


「乱暴しないで!私妊娠してるんだからぁっ!お腹にラウの赤ちゃんがいるのっ!」




 レーラが投下した爆弾発言のせいで、もう完全に結婚式どころではなくなってしまった。



 ***




 泣き叫ぶレーラと、怒り狂うお義母さん。ラウのお父さんは騒ぎをきいて駆け付けてからずっとラウを殴り続けている。

  私の両親はおろおろとしながらレーラをなだめている。

  いつもなら周りに気を配って場を仕切ってくれるお義母さんも、この時ばかりは取り乱していて、体面をすごく気にする父すらも、招待客に気を配る余裕もないようだった。


 主催者側で動こうとする者がいなかったので、しかたなく私は、もう集まってきてくれていた招待客の人々に、結婚式は中止になったと謝罪しながら周り、今日は帰ってもらうことにした。

 教会の司祭様にも事情を伝え、準備をして待っていてくださったのにこんなことになってしまって申し訳ないと頭を下げた。


  司祭様は、多くを訊ねなかったが、私を慰めるようにそっと背中を撫でてくれた。


 帰って行く招待客は皆、大体の事情を察しているのか、気まずそうにしながら言葉少なに会場を出て行った。友人たちは物問いたげにしていたが、私が無表情のまま頭を下げているのを見ると、結局何も言わずにその場を立ち去って行った。

 式の手伝いに来てくれていた人たちにも、お礼を渡して帰ってもらった。




 

 からっぽになった会場で、独りで片付けに取り掛かる。手伝いの人に頼んでもよかったのだが、あまりにもみじめな自分の姿をこれ以上見られたくなかったのだ。

 今日のために準備した花や飾りが全てゴミになっていくのを見ると、どうしようもなく苦しくなった。だが今日中にこの場所を片づけなくてはいけない。今は何も考えないようにして、私は黙々と作業をした。



 片づけが終わってもまだラウたちは姿を見せない。


 まだ衣裳部屋にいるのかと思ってそちらに向かうと、そこにも控室にもいなかった。

 会場にある部屋を全て回って探したが、私の両親も、ラウの両親も、ラウもレーラもいなかった。


「……帰っちゃった、のかな」


 私が片づけをしているうちに、彼らもすでに帰ってしまったようだった。

 誰も私のことを気に留めなかったのだろう。



 衣裳部屋には、私が着る筈だった婚礼衣装がぐちゃぐちゃに踏み荒らされた状態で床に広がっていた。


  花嫁が羽織る婚礼衣装は、花嫁が全て仕立てて、友人やお世話になった人たちにも一刺しずつさしてもらって皆の祝福をもらう風習がある。縁のある人に、一刺し、一刺し気持ちを込めてもらうのだ。


  いろんな人の元へ衣装を持って回るたび、『おめでとう』や『幸せに』と祝福の言葉をかけて頂いたのに、その気持ちのこもった婚礼衣装は、もう着られない。


  よりによって、レーラはそれを羽織ってラウと抱き合っていた。


 

 ラウとレーラはいつからあんな関係になっていたのだろう。あんな真似をして結婚式をぶち壊すくらいなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。




 汚れて踏みつけられた婚礼衣装は、まるで今の私のようだった。






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