嗤う銅像 作:常夜

「この後、いつものアレやろうぜ。『銅像の山』に集合な!」

日課である散歩の途中、すれ違った小学生の声を聞いた。「銅像の山」。私が住む家の近くにはそう呼ばれている大きい山がある。なぜそう呼ばれているのかというと、山の中腹ぐらいに町を無表情で見下ろしている人物の銅像が一つぽつんと建っているからだ。その銅像はいつ誰がそして誰を模して作ったのかが一切わかっていない。調査も行われたらしいのだが、銅像の正体につながるような発見は何一つなかったという。それだけなら、ただ古びた銅像があるだけの山ですむのだが、最近この町の大人たちを悩ませる問題がもう一つある。その銅像は大きい石の上に建てられているのだが、小学生たちの間でその石を削って銅像を倒そうとする危険極まりない遊びが流行っているのだ。当然親たちは心配して市に対応を求めているのだが、市はその対応を渋っている。私もその話を聞いて何度かその銅像を見に行ったことがあるのだが、行くたびに土台の石は削られて小さくなっており、削られた石が周囲に散乱していた。最近住民の手によって注意用の看板と柵が設置されたのだが、それでも石は削られ続けていた。

 散歩を終えて家に帰る前に、私はふと小学生の言葉を思い出した。私は彼らのことが気になったため、山を登ることにした。山の中腹、銅像を囲う柵の中に果たして彼らはいた。わいわいと騒ぎながら石を彫刻刀のようなもので削っていた。柵をもう少し高くするべきだったろうにと思いつつも、ここで彼らの行為を見過ごすべきではないと私は思い、彼らに声をかける事にした。

「君たち、そこは入っちゃいけない場所だよ。この看板を見なかったのかい。」

そう声をかけると彼らは私を見て、そして蜘蛛の子を散らすように反対側に走り出した。その行動に私は少し茫然としたが、慌てて彼らのうちの一人を走って追うことにした。

 結局のところ、私は彼らを捕まえることができなかった。彼らを追うために山を駆け上がった私は途中で息が上がり、追跡を断念せざるを得なかったのだ。一応、彼らが小学生であるという予想はあったので、近くの小学校のほうに電話で知らせておくことにしたが、これもどこまで効くかはわからなかった。

 それから私は毎日する散歩のルートを変えて必ず銅像を最後に見に行くようにした。そして、その度に同じ小学生たちが石を削っていた。そして、私は彼らに声をかけ注意するのだが、彼らは逃げ出し私は彼らを捕まえられなかった。そんな日が何日も続いた。彼らは削り、私が声をかけ、そして彼らは逃げる。そしてそんな日が続く度に私は気味悪さを感じていた。まるで、彼らが何かに操られているような、そんな感覚だった。

 そんなやり取りが終わったのは、そろそろ小学生の夏休みが始まるであろう、ある夏の暑い日だった。もうそのころには銅像がぐらつき始めるほどに石が削られており、いつ倒れてもおかしくない状態だった。その日も私は山に登ったのだが、なぜか道に迷ってしまった。どうにかこうにか銅像にたどり着いたのだが、そこには異様な光景があった。

 銅像はそこにはなかった。否、あったのだが、倒れていた、ああ、ついに倒れてしまったかと思ったが何かがおかしい。小学生たちは蒼白な顔をしてその銅像を見つめている。その視線の先に目をやると赤い何かがあった。目を見開き、小学生たちを見て、あることに気づいた。

一人足りない!

私は柵を飛び越え小学生たちを押しのけて銅像の下を見た。そこに最後の一人がいた。私は慌てて携帯で119番通報をしようとした。その時だった。

「一度始めたのならば終わらせなくてはならない、たとえそれで何かが起ころうとも。それが彼らの義務だ。」

声が聞こえた、周りを見渡しても誰の声かはわからなかった。電話の先で相手の声がして、状況を伝えるために銅像に目を戻し、そして、何も言葉が出なくなった。

 銅像が「嗤っていた」。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2020.6.19九州大学文藝部 三題噺 九大文芸部 @kyudai-bungei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る