山、銅像、危険な遊び 作:平田貞彦

 好奇心は猫をも殺す、そんな言い回しがあるが、それになぞらえれば今のわたしはまさしく好奇心に殺される寸前の猫である。どうしてこんなことになってしまったのか……。


・・・


 久しぶりに帰省した実家で家の掃除を手伝っていたわたしは、押し入れから古びた地図を発見した。どうも、少し離れたところにある山林の地図らしい。右下に小さく地名が書いてあった。そして、ある地点に、赤いバツが大きくつけられている。これはもしかすると、「宝の地図」かもしれない。こんなものがどうして押し入れにあったのか、両親に聞いたが、まったく心当たりは無いそうだ。

 出自不明の「宝の地図」、それが今手元にあり、そして目的地はすぐそこにある。わたしは持ち合わせた好奇心に身を任せることにした。


・・・


 大冒険は自転車での数十分の航海で終わりを告げた。特に獣道もなく、舗装された道路をずっと走っていた。うちの県は他に比べ道路の整備が行き届いているらしいが、宝への旅路は舗装しないでほしかった。ロマンが足りない。途中から一応山道に入ったが、やっぱり舗装されている。自転車で坂を登るなんていつぶりだろう。帰りには足がパンパンになってそうだな、そう思いながら久方ぶりの立ち漕ぎを楽しんだ。

 尻が痛い。自転車のサドルというものは意外と固いのだったなぁ。お尻をさすりながら赤いバツの目の前までやってきたことを確認する。目印を探してあたりを見回すと、小屋が見つかった。なんとプレハブである。古いっちゃ古いが、宝の眠る先にしてはいささか雰囲気に欠ける。

 いきなり侵入するのはよくないと思い、小屋の周りをまわってみる。窓がいくつかあるが、すべてカーテンで閉め切られていて中は見えない。扉は一つだけ、横にスライドするタイプ。本当にただのプレハブで、なぜ林の中にあるのかわからない点を除けば、怪しいところはどこにもない。

 そろそろ決意が固まってきた。プレハブの扉を叩く。誰かいますかぁ。返事は無い。鍵はかかっているか。かかっていない。では、入ろう。よし。思い切って扉を開けた。


・・・


 うぇっ、変な声をあげてわたしは後ろに飛びのいた。扉を開けたわたしの視界に飛び込んできたのは、銅像だった。自分の身長ほどもある大きな銅像。だが、わたしが驚いたのは、その銅像の顔に見覚えがあったからだ。これは間違いない、わたしである。わたしの姿をそっくりそのまま写した、わたしの銅像である。どうしてこんなものが……。

 おそるおそる近づいて、銅像を調べてみる。パッと見銅像だと判断したが、どうもほんとうに金属で出来ているらしく、重厚感がある。しかし、どうみてもわたしだ。とっても似ている。目元とかほんとにそっくりだ。ただ、わたしが普段着ないようなスーツ姿。まるで就活生だな。

銅像の足元を見ると、土台があった。土台には金属のプレートがついていて、「完成品」とだけ彫られている。たしかに完成品といってなんら問題のない出来栄えだ。だが、なぜわたしにそっくりなんだ。地図もプレハブも、作られて年月が経っているのは間違いない。じゃあ、どうして銅像は、いまのわたしの姿にそっくりなんだ……。

「お、おぬし……。」

突然声が聞こえて、心臓が跳ね上がった。すぐさま振り向くと、外に見知らぬ老人が立っていた。老人は驚いた様子で、わたしの顔をじっと見つめると、みるみるうちに表情を変え泣き出した。

「惜しいっ……。惜しいっっ……。」

老人が崩れ落ちたので、心配して駆け寄ると、老人が大声をあげて叫んだ。

「どうしてスーツを着ておらんのじゃっっっ。」

えっ。頭の中が疑問符でいっぱいになる。スーツ? なんで? その間も老人は叫び続ける。

「スーツさえ、スーツさえ着ておれば……。スーツさえっっっっ。」

 突然老人が掴みかかって来た。あまりに唐突なことだったので抵抗できず、そのまま地面に押さえつけられた。

「おぬし、賭けはやるか?」

わたしを押さえつけたまま、老人は問いかけてきた。その顔に先ほどまでの表情はない。暗く、どこまでも深い絶望を湛えた顔だ。

「わしはな、賭けをやったんじゃ。あいつとな。絶対勝てる、負けるはずがない、そんな賭けじゃった。どんな賭けかわかるか。」

恐ろしくて声も出ず、わたしは首を横に振るしかできなかった。老人は表情を変えず語り続ける。

「銅像じゃ。あいつは銅像を作っておった。その銅像と、まったく同じ姿の人間が通りすがるか否か。そういう賭けじゃ。ばからしいだろう。もちろんわしは否と答えた。当たり前じゃ。正気ならそうする。だがあいつは自信満々に通ると言った。思えば、あのときに降りておくべきだった。怪しむべきだった。あいつをその場で殺しておけばよかった。」

内容がまったく頭に入ってこない。この老人は狂っている。逃げないと。しかし老人は異様な力でわたしを抑えていて、身じろぎひとつできない。

「待った。二人で待ったんじゃ。そしたら、すぐに通りかかった。ありえない。そんなはずはない。だのに通った。あいつは通った。まったく同じ。ありえん。許せん。許せるはずもない。しかし通った。許せん。」

老人はもはやこちらを見ていない。その目は遠く、深い闇の中へ向けられている。わたしは必死で身体を動かそうとして、ひたすら力を込めた。

「あいつは勝った。勝っただけならよかった。要求した。命令した。許せん。勝ったから要求した。まったく同じ。許せん。命令した。まったく同じことを。許せん。許せるはずもない。しかし通った。通ってしまった。そのせいで、わしは。わしは今も。許せん。許せん。許せん……。」

ふと老人の力が緩んだ。その隙にわたしは力の限り老人を殴りつけた。枯れ木のような身体が吹き飛んだ。わたしは全力で逃げ出した。自転車まで戻り、自分でも驚くような速さで漕ぎ出して、夢中で走った。老人は追ってこなかった。


・・・


気が付くと、見覚えのある道にいた。なんとか無事に帰ることができたようだ。

あまりにも浮世離れした、常識はずれの体験だった。あれは夢だったのかと思うほどに。疑問は尽きない。だが、探る気力はもうない。気づけば、地図はもうどこにもなかった。恐ろしく重い脚で、自転車を漕いで家に帰った。今も、老人の表情と、わたしにそっくりな銅像が目に焼き付いて離れない。

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