三題噺 作:そら豆
ひらけたところへ出たので、山へ這入って三度めの水休憩をした。
真ん中に立って首をめぐらすと、広場はちょっとした鳥かごのようなものである。緑の葉が重なり合って、隙間から青空の欠片がちらちらする。道といった道はなくて、何処からでも出てゆけそうだった。
米粒をわざと残して握り飯を食べた後、伸びをする。どっちに行ったものか悩んだものだから、高くから見てみるのはどうか、と思って、一番高いだろう木の根元に、下駄を併せて置いておく。その木がちょうどいい感じに曲がっていたのもあるが、訝しいくらいするすると登れた。登る途中で風を感じた。
自分は枝のひとつに尻を掛けた。枝はみしりともいわない。よほど強い木である。山の外はよく晴れて、雲なんかない。存外登ってこなかったようで、麓で往来をゆく人の黒い頭がはっきり見えた。
麓には観音様が立っている。此方へ背を向けて立っている。でかい像である。銅製だと聞いていたけれども不思議に白い。なぜだろうと呟いてみる。
「教えてあげようか」と云いながら、スズメが此方へ飛んできた。慌てて場所を空けようとしたが、それには及ばぬとばかりに自分のすぐ隣にとまった。
「なぜかね」と澄まして聞いた。スズメは首を傾げて一寸此方の目を見た。
「それはね、それはね、わたしたちのせいさ。
観音さまには白がにあうの、わかるだろう? あなたもおんなじものをみてるんだもの。きれいでしょ。へんにくらくてびかびかひかってるのよりずうっといい。ね。
だからかんがえたの、まだあの像が銅いろだったころ。あの像がたったばかりのころ。わたしたちならぬりかえられると。なるべくあのかたのうえをとおるように、そしてふんをおとすように、みんなでしめしあわせたのさ。みんな、からすだってひよどりだってたかだって! ちからをあわせてぬりかえたのさ、まっ白に」
「そりゃ凄いね」上の空で返事をする。
「まだまだなんだけどね。いまぬりおわったのは観音さまのおせなかだけ。まだまえはんぶんがのこってる。たいへんじかんはかかるけども、まあ、ここまでやったのだからがんばるさ」スズメは得意そうにそう囀った。
自分が上の空になったのは、不安が興ったためだった。此奴らは真面目で、遊んでいるつもりはなかろうけれど。此処一体の鳥類どもは、観音様のお怒りに触れないかしら。此処まで我慢してきたけれど、お顔に糞を垂れられでもしたら、とうとうお怒りにならないかしら。
そのスズメを最後に、自分は其の辺で鳥を見ていない。
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