第七章 皇帝と四人の魔女②


 罪人のふり……、とマガラウザは言った。

 そんなはずはない。ガオスは胸中で首を振る。

 仲間を誤って死なせてしまったことを罪というのなら、贖罪のために自分の身を削るのは当然ではないか。

 しかしそれを、ふり、と言い定めた元魔王の輩にどういう腹積もりがあるのか。

 諭そうとした? それとも挑発か?

 いや……、と再びガオスは胸の奥で頭を振った。

 ――多くの人の命に関わる現状、過去に捕らわれていれば、救える者も救えなくなる……。こいつはそう言いたいのか?

 以前、人々を脅かし、恐怖に陥れた魔王の転生者の言うことに聞く耳を持たなくても、ガオスの罪が軽くなるわけではない。だが、皇帝まがいの元魔族の王が今述べたことは、一点の曇りもない。至極真っ当な考えだったとも、ガオスには思えるのだった。

 そう、多くの人々を救うには、過去にこだわっている場合ではないのだ。

「悔しいがお前の言う通りかもな……」

「認めるのか?」

「納得いかねえ部分もある。マガラウザ陛下が死んだ、ちょうどそのあと辺りで、お前が転生したと見ていいようだが」

 うむ……、マガラウザは小さく首肯した。ガオスは続ける。

「代わりにお前が成し遂げようとしたのは魔女狩り……。それを終えた時点でお前が次に目指そうとしたのは何だ?」

「信じてもらえるかはわからんが……。さまざまな国の問題……、主に貧富の差と、人種差別や、新たな戦争の火種となるものを解消していこう、と考えておった。だがそれももう余に残された時間では不可能……」

 言ってマガラウザは立ち上がった。

「残された時間?」

 一刻の猶予もないのだろうか。マガラウザは何をしようとしているのか。ガオスにはわかりかねた。


 ニーゼルーダ城、玉座。

 グーレタが階段を下り、地に伏せるイスカへと近づく。イスカは、力を入れようとしてもそれが上手くできずにいた。グーレタが魔法でイスカを押さえつけているようだ。

「これはそなただけが操れる仕組みではないのだ……」

 イスカの手首にはめられた金色のブレスレット。バーセルが作ったとされるこのアクセサリーで青白い星を操れるということだったが……。

 グーレタはイスカの手首にはめられたブレスレットを外し、

「大魔法使いバーセルは行方知れずだ……」

 グーレタは落ち着いた語調だった。

「だから二ーゼルーダでも指折りの魔女に作成させた。私でも操れるようにな。……そなたをダガレクスから逃すために、私がひと芝居打ったのだ。手紙の文言は私が考え、配下に書かせた。ガオスとか言う男の活躍を聞き、あやつを雇った。そなたを護衛するためにはより強い者でなければと思い手紙で交渉した。奴は金に弱いようだな……。報償金に目が眩んだのか、まさか本当にここまでそなたを護衛するとは……」

 カチャリとグーレタは自分の手首にブレスレットをはめた。

「私の読み通りにことが進んで安心している。残るは……あの星を落とすだけだ」

 イスカは地に伏したまま、奥歯を噛み締めていた。

 全てグーレタが企てたことだったのか……。表向きは寛大な王を装っていたが、イスカはそれに騙されていた自分を愚かだと思い知った。

 これではガオスを欺いていたことにもなってしまう……。

 イスカの目の縁に涙が溜まっていった。

「クックック……。悔しいか、イスカよ。私が恨めしいか? だがな、私も悔しくもあるし、恨めしくもあるのだ。ダガレクスという国と、皇帝らにな……。今は亡き、リゼッタ女王の仇を打つために色々と仕込んでいた……。世にも美しい私の妻は、暗殺者によって殺されてしまった。暗殺者へ指示を出したのは当時のダガレクス皇帝……。まだ魔王軍との戦いの前だ。皇帝が代わろうとも私には関係がない。その息子であろうが縁戚であろうが、ダガレクスを討つ……。そのために私はお前たちを利用したのだ……!」

 グーレタは浅く呼吸をし、

「あの星を落とすことになるまで、八年もかかった。それはなぜか、最後に聞いておこう……」

「……マガラウザの様子が変わっていたことに気づいたのは、幽閉していたわたしに、専属の召し使いを仕わせたから……。わたしの心が不安定なのを知って、あの皇帝は心の保養となるよう、召し使いを付けた……」

 召し使いには色々な話を聞いてもらった。

 自分の当時の気持ち……。泣きたくなったり、自分を嘲笑したくなったり、憤怒の情に駆られたり……。八つ当たりしそうなくらいに、心が落ち着かない日もあった。そんな時に、じっくりと耳を傾けてくれたのが、召し使いラーナだった。

「マガラウザ皇帝が改心したのかどうか、わたしにはわからない。多くの仲間がわたしに身を粉にして託してくれたあの星を、本当にダガレクスへぶつけていいのか……。それもわたしにはわからない……。ダガレクスにも大勢の人がいて、必死に生きている。それをわたし一人の手で無へと帰していいのか……。そして仲間たちから託されたあの星をどうすればいいのか。わたしにはわからない……。わからないんだ……」

 イスカは涙にむせぶ。

 グーレタは鬱陶しそうに咳払いをし、

「そうか……。その思いだけは汲んでおこう。思いだけはな……」

 建前のように言い残すと、グーレタはブレスレットのはめた手を頭上へと掲げた。

 ブレスレットを持った者にだけ見える星の行方は、グーレタも例外ではない。

「それでも私の心に変わりはない。さあ、大量殺戮が始まる……。リゼッタ、これで安らかに眠れるよ」

 グーレタはリゼッタの美貌を思い起こし、微笑みながら腕を振り下ろした。


 ダガレクス城の上空に星が迫っていた。

 四人の魔女たちの張った結界も、稲光が迸ったような轟音を立て、それが城内に残った騎士たちや、外で避難していた民たちの耳にも届いた。

 四人の魔女たちは星に負けないよう、手や杖をかざして何とか抗っている状態だ。

 結界を強固な魔力で押し付け、破壊しようとする青白い星――。

 沢山の魔法使いたちの、種々の思いが込められた強大な魔力の塊、あるいは星と化した魂の集まりとも言えようか。

 晴天下の城、城下町。強い光がうねるようにダガレクス帝国内に明滅し続けた。

 その光景はこの世の終わりとも言える非現実的なものだった。


 ニーゼルーダ城内。

 ティクスはイスカの言っていたことと、グーレタの現在の様子から、ダガレクス城を狙って星を落とそうと画策していたのは、グーレタ王であると確信した。

 痛みはあったものの、イスカが空間転移の間の方向に自分を突き飛ばしたのも、ガオスやマガラウザにグーレタのことを伝えるのが優先すべき事柄であるからだと思った。

 空間転移の間に入り、光が上方へと放たれる室内の中央へと進む。

 ――魔女がいなければ転移もできないはずでは……?

 王からの許可も必要だが、それは単純に目上の者からの便宜的なやり取りにすぎない。許可を得ずともこの部屋を使用できるものの、同行者に一定の魔力を保持した者が必要だった。

 ティクスは一瞬、イスカの強引なまでのやり方に疑問が芽生えたが、先の戦いでイスカが自分の首元に何かを差し入れたのを思い出し、そこに手を入れる。

 ティクスとしては不便なことが多い豊満な胸の膨らみの間に、ペンダントがあった。これがイスカが授けてくれたものであるとして一体その用途はなんなのか、首飾りの宝石部分をくまなく見入っていると魔力を感じた。

 それはイスカの血であるかもしれなかった。

 ならば話は早いと思い、ティクスは部屋の中央の光輝く床にペンダントを置いた。

 ――なるほど。イスカ様はこれを自分の身代わりにして、転移の部屋を使えるようにしたのでございますね……。

 この血の結晶はいわばイスカの代行という役目がある。転移のために魔力が一定量必要になるため、欠かすことができない代物となるのだ。

「ダガレクスへ!」

 ティクスが声を張り上げ、扉を開けると見慣れたダガレクス城の内部が見えた。


 城内が大きく軋む音を立てる途上、デノムを倒したエラリィと合流したガオスは城の外へ出るなり、落下中の星に目を奪われた。

 ――あれを一身に受けるとかって本気か、マガラウザ?

 玉座の背後にそびえたガラス張りの窓を突き破り、マガラウザは空中を浮遊した。

 目の前には強力な目眩ましとも言える光を放った、巨大な球体が差し迫っている。

 視界を覆う蒼白の球体。マガラウザはひしとその球体を構成する一人ひとりの魔法使いたちの思いを感じていた。

「よもやこれほどとはな。……すまなかった。多くの魔法使いたちよ……」

 志半ばで散っていった者、結婚し家族もいたが、一家で死を覚悟した者、そして中には年端もいかない子供までもが、この球体の一部となってイスカに託したという事実……。多種多様な魔法使いたちの人生や、球体に命を捧げるまでの道のりが、マガラウザの心にじわりじわりと伝わっていった。

 雷鳴が轟くかのごとく爆音が、ダガレクス帝国内に響き渡る。

 ガオスは地上でその光景に見とれていた。

 体を動かそうにも微動だにできず、体を広げ星を受けきる体勢になったマガラウザの姿を漠然と見上げることしかできなかった。

 そこへ騎士長ティクスが駆けつけてきた。

 息を切らし、背を丸めていたが、やがて落ち着くと、あれはイスカによる操作ではなくその力を強奪したグーレタ王によるものだと告げた。

「あれが、グーレタ王の力で?」

 はい、とティクスは答え、

「二ーゼルーダ女王様の仇であるマガラウザ様の一族とダガレクス帝国を滅ぼさんと、イスカ様からその権利を無理やり剥奪したのでございます」

「どうする、ガオスよ……」

 ジンがガオスの顔を覗き込む。

「おれは……、仲間を殺してしまった……。だがこれまで、その代償として国に尽くそうとしてきた。それだけじゃ償いにならないのはわかってる。仲間がどういう思いでおれを天から見下ろしているか……。考え出すと何もできなくなっちまう。だが……」

 赤く逆立った髪を、もみくちゃに掻き乱し、うーんとしばらく唸っていたガオスは、もう一度、星へと目を向ける。

「迷ってる時じゃねえのかもな……。マガラウザは何て言うか知らねえが、もう迷ってる時じゃねえんだ……」

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