第六章 魔法使いの星③
ダガレクス城、玉座へと通じる回廊を、ガオスとエラリィは走っていた。
「このまま外へ出て、人々を避難させる計画では?」
「いや、その前にマガラウザに捕らわれた祖父を助ける必要がある」
「捕まったのをいつ知った?」
「昨晩の夢の中だ。真実味に欠けるが、もし事実だとしたら、ジジイを助ける必要がある……」
そこへ柱の影から、出っ張った腹部を白い甲冑で覆ったデノムが現れた。デノムだけではない。ぞろぞろと柱の並ぶ回廊に、白銀の騎士たちが敷き詰められたように現れた。
「小娘……。ガオスを殺せと依頼したはずではないか……」デノムの目はしっかとエラリィに注がれている。
「考えが変わったのよ……」
エラリィの足元からシャドレスの獣のような影が現れた。
「報酬はいらないから、あんたの血をもらうことにしたのよ。肥えたおっさん」
「ふ……」デノムは冷笑し、
「この人数を全てお前が討つというのか、小娘……」
エラリィとガオスは、広く長い回廊に埋め尽くさんばかりの騎士たちに囲まれていた。
エラリィは微笑し、
「受けて立とう……。ガオス、しばらく待って。私が道を作る」
エラリィの髪がインクを垂らしたように白銀から黒に染まっていった。そして両目から紺色の光を発し、腰に差していた刀の柄を握ると、
「影刀、『淀』……参る……」
目指していた玉座の方向へ一気に突進した。
「
一瞬にして道ができた。器用に回廊の両端へと騎士たちを吹き飛ばしたエラリィは玉座前の扉で刀を鞘に収めていた。
呆気に取られていたガオスは、心でエラリィの高い戦闘能力に恐怖の念と、尊敬の念とを同時に抱いていた。
――さすがは、これまで試練とも言える道のりを越えてきただけのことはある……。
鉄の表皮である自分に切り傷をつけた過去を思い出し、ガオスの顎はかちかちと震え出した。
そう、エラリィとシャドレスは一度自分を殺しかけている。
何度も浮かんでは、押さえ込もうとするその感情――。ガオスは一度深呼吸した。
――彼女は言った。おれを守ると……。
目をぎゅっと強く瞑ると、すぐに見開き、ガオスは走りだした。
エラリィの元にたどり着き、今度はガオスの後ろから追いかけてきた騎士たちをエラリィが退けようとした。
「あまり無理せず……。私はあなたのクリスタルに祈りを捧げている……。御武運を……」
再び「連烈影」を発動させ、騎士たちを斬り飛ばした。
「お前も気を付けろ、エラリィ……」
背後で「淀」を振るう剣士に、多少気後れしそうになるも、ガオスは玉座の扉に手をかけ開け放した。
デノムの剣と、エラリィの刀――。
辺りの兵士たちはデノムとエラリィの剣と刀との打ち合いに、全く介入する余地がなくなっていた。
一度激しく刃を弾いて、エラリィとデノムは距離を取った。
「蛇剣……"静"」
デノムの手にある蛇剣という片手持ちの剣が紫に光った。
再び剣と刀の応酬が始まる。
誰も手を出さない。それも当然か。エラリィの放つ強い黒色の闘気と、デノムの隙のない剣の応酬。エラリィは刀で斬り込もうと狙った場所へ振り下ろすが、デノムはそれをいとも容易く弾き返す。
「どうやらお前の唯一の売りというのは、鉄が斬れるというだけのようだな」
「あんたの剣筋を受けられるのも、腹の出っ張りからか、鈍いからよ。豚のおっさん」シャドレスが、エラリィの口を借りて言う。
「ふ……。食い扶持がなくなったお前を拾ってやった恩を仇で返すとはな」
「人を殺すっていうのがアタシには退屈だったのよ。この子にもね」
「殺し屋とは名ばかりの無能に用はない。さっさと斬り伏せてやろう」
刃と刃が跳ね返る音と共に、二人は距離を置こうと小さく後ろへ跳ねた。
「蛇剣、"動"……」
デノムの呟きは先ほどとは異なる詠唱だった。手にしていた剣が五匹の蛇と化し、紫色の闘気を噴出させながら蛇行して、素早くエラリィの体を絡め取った。
「くっ」顔をしかめるエラリィだった。
「このまま骨まで縛り潰されるか、蛇剣にひと飲みにされるか……。結果は同じだが、さてどちらを選ぶ?」
蛇の長い胴がエラリィの首筋から、下腹部を伝って足先までを動けなくする。
がんじがらめになったまま、エラリィは苦しさからか、顔が紅潮し細い息が漏れた。
徐々に蛇の縛り上げる力が強くなっていく。
五匹の蛇が舌を出して、エラリィの首元や腿の裏側などを舐め回す。デノムは興奮気味に、
「ゲハハハハッ! 久しぶりの餌に蛇剣も喜んでおるわ!」
く、う……う……。
息苦しくなる中、エラリィは手にあった影刀を床に落とした。シャドレスが影刀の下に隠れる。
「邪魔者を排除し、私はこの城の影の権力者となる……。今の陛下は人間味は戻ったが、国を仕切る余力はないようだ……。陛下をも蛇剣の餌とし、私が世の主となろう! ゲハハハハッ!」
言って刀を拾いあげるデノム。
ところが、デノムの体が急に痙攣し始めた。
「何だ……!? ち、力が入らん!」
刀が黒い瘴気を上げる。
「アタシを掴んだわね……。それはアタシの掌中にあるということよ」
デノムは困惑して顔をしかめた。抜刀し、それを逆手に持った。
「影刀、『淀』……"
「や、やめろおおおおっ!」
デノムは自分の胸に「淀」を突き立てた。
「空の魔女様がなぜ、他の四人の魔女様とは別行動なのでございますか? それはやはり人間の魔法使いに好意を寄せているからなのでございますか?」
ティクスが突進しながらハンマーを振り回したが、イスカは地を蹴ってかわした。ハンマーの鎚の部分が柄の両端に付いている。イスカは宙に浮きながらそれを疑問に思った。しかしティクスの問いかけには答えてやろうという気でいた。
「人が好きだからだ。魔法使いという存在が一般化しつつあるこの時代、それを急に蹂躙し始めたのがマガラウザだと聞いている。わたしはそれが疑問だった。確かに戦争を完全に終結させるには、味方にも恐怖を抱かせた、魔法使いと魔法そのものを滅ぼすしかないのかもしれん。だが、ティクスとやら。それが自分の身近な人にまで及び、目の前で次々とあの星になっていったこのわたしの辛さと、容認した多くの騎士団や国々の不条理さが貴様にわかるか?」
「突然の命令に、当時の父上も困惑していたのを覚えております。手にかけた者たちの中には、父上と酒を酌み交わした者もいたとのことでございますが……」
ティクスは両側に鎚の付いた武器の中心部を持ち、水平にして手前に掲げた。
「しかしだからといって、あなたの強行が許されるはずがありません。四人の魔女たちは口々に言っていました。あの青白い天体を、ダガレクス城にぶつけようとするあなたは本気だと……。あの絶大な魔力の塊が国に落ちれば城のみならず、民の家々までもを破壊することになるのでございます……。すぐそこに危機が迫っているのでございます……。あなたの行いは決して許されないことなのでございます……」
ティクスはハンマーを片手で持ち、一度後方へ引いた。
「であればここで食い止めるのみ……。曖昧な日にちを提示したのも、わたくしたちを欺こうとしたからでございますね!」
そしてハンマーを投げ飛ばした。風を切り、回転するハンマーが宙に浮かぶイスカに迫る。
天井の隅にまで移動していたイスカはそれを飛行で避け、追尾するハンマーから逃れようと、ティクスにまで突進していく。
人の体に触れれば空の魔法が発動する。イスカの空の魔法は、触れた者を意図した場所へ弾き飛ばしたり、空中へと解き放つ。
――この娘に一度だけでも触れられれば……!
ティクスに肉薄した。
後方からのハンマーを身を屈めてやり過ごす。目前にいたティクスは、旋回してきたハンマーを両腕でしっかと掴み止めた。
しゃがむイスカと、掴んだ勢いそのままに少しだけのけ反るティクス。
イスカが立ち上がり、ティクスに手を触れようとした。
それを阻もうと、ハンマーを水平にして突きだすティクス。イスカは片方の手でもう一度同じ所作をしたが、それもティクスの振り回してきたハンマーに妨げられた。
「やはり力が売りのようだな。ティクスとやら」
「生まれつき魔法の才能がありませんでしたから。頭よりも体を鍛えたのでございます……」
ハンマーを掴む両者。イスカは魔力で、ティクスは、本物の筋力で掴み放さず、しばらくそうした力と力の鬩ぎ合いは続いた。
「なぜ、二、三日などという曖昧な日数に決めたのでございます? 空の魔女ほどであれば、日数など関係なく実行できたはずでございます」
「それはそうだろうな……。マガラウザへの復讐心から大勢の魔法使いが自らを犠牲にし、あの星になった。マガラウザや多くの魔法使いを手にかけてきた者たちを許してはおけん。だが……」
イスカの顔が一瞬曇った。
「わたしはどうにも迷ってしまう……。本当にあれをダガレクスに向けて落下させてよいものか……」
「もしや、あなたは……」
イスカが強くティクスを突き放した。ティクスはハンマーの端を持ち直し、もう一度投げ飛ばそうとする。
どちらが先か。
空を鈍い音で裂き、ハンマーを振るうティクス。それよりも素早くティクスの側面へと移動したイスカは、ティクスの首元にあった隙間に、ある品を差し入れた。
同時にティクスを弾き飛ばそうと、片方の手をティクスに近づける。
イスカの動きを目で追っていたティクスは、目を丸くした。
「もしや最初から、あの星を落とす気がなかったのでございますか?」
驚きのあまり大声を上げるティクス。それを玉座で聞いていたグーレタにも聞こえたようで、グーレタは声を張り上げた。
「それではつまらんではないか!」
「ティクス……。ガオスの元に行き、グーレタのことを伝えろ……!」
ティクスはこのとき驚愕からか、完全に失念していたようだった。力なくハンマーを床へ落とし、両手をぶら下げたティクスを、イスカは空間転移の間ヘ続く扉の方へと、遠く突き飛ばした。
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