第五章 魔女の告白④

 バルコニーから別室に移動したイスカは、同じ質問をガオスから受けていた。エラリィとシャドレスは口を閉じたままだった。

 イスカは静かに話した。

「幽閉されていたという話は貴様も知っているだろう、猿頭。わたしの心持ちも最初の四年間は閉じていた。反省と後悔、魔法使いたちが光と化したあの瞬間……。いくらクリスタルの化身であるわたしでもあの時の光景が蘇れば立ち直るのは困難を強いた。その後の四年間は徐々に気持ちも回復していった。食事もあまり喉を通らなかったからな……。わたしに専属でついた召し使いが、色々と世話をしてくれたのだ。それがわたしの心の支えとなっていった。しかしマガラウザとその召し使いは別だ。わたしは次第に元気を取り戻すと、城からの脱出を試みようとした。見張りなどに見つかれば厄介だ。わたしがどう城から逃げようか考えていると、大魔法使いバーセル殿から伝書鳩で知らせをもらった。そこには城からの脱出方法が書いてあった。わたしは先日それを実行した……そして貴様と出会ったのだ、猿頭……。いや、元勇者レオリアよ」

 ガオスに衝撃が走った。驚きを隠せず、しばらく口を開けていたが、

「どこで知った?」

「先日エラリィに斬られた時だ。心像クリスタルに達しておらず貴様を精霊たちの力で回復を試みた際、わたしの目の奥に貴様の過去が入り込んできたのだ……。その鉄化の呪いも精霊から聞いた話では自分で施したようだな」

 

 ガオスはイスカに見抜かれていたことにしばし閉口していたが、共に魔王を倒し、犠牲になった仲間の武勇を尊重するために打ち明けることにした。

「おれの心像は何千年かに一度産まれる、『アークレイクリスタル』と呼ばれているものだ。その伝承は魔王を倒す旅を始めたとき、あらゆる場所で聞いた。おとぎ話じみた話がほとんどだったが、おれはその力の恐ろしさを知っていた。魔王を完全に殺せる絶大な力……。その恐怖はもしか自分で引き起こしてしまいかねない、制御の難しい力なのではないかと旅をしながら思い始めていた。魔王城に突入し、おれたちはメゼーダのいる部屋の前で強敵と戦っていた。倒すかどうかの瀬戸際、おれは仲間に先に魔王の部屋に行ってくれと懇願した。虫の息だったその敵にとどめをさし、仲間の元に駆けつけ、さらに魔王へ攻め立てていった。だが、恐怖は起きた。魔王がおれの生まれ故郷の村を滅ぼしたんだ。恐らく切り札として、おれを追い詰めようとしたかったのだろうが……。おれはまんまと魔王の計略に乗せられた。その出来事をきっかけに、おれは怒りに打ち震え、生まれついての強大な力を解放した。しかし……」

 当時の記憶が脳裏を過り、ガオスは一度強く目を閉じた。

 胸も動悸がし始め、呼吸も荒くなり胸を抑えつつゆっくりと告げた。

「暴走した力によって、魔王どころか仲間まで誤って殺してしまったんだ……。仲間たちの最期の言葉も聞けず、おれは密かに魔王城の外で仲間たちの墓を建てた。祈りを捧げつつ、おれは声を出して泣いた。しばらく動けなかった……。魔王を倒した清らかな気持ちと、仲間を殺めてしまった苦々しい気持ちとが混ざって、おれは気を取り直すこともできなかったんだ。そこでおれはあることを思いついた。ようやく帰還しようと気持ちが変わっていった間際、おれは犯した罪を隠すために、そして勇者レオリアであることを偽るために、髪の色を変えることにしたんだ。そして鉄化の魔法を自分に施すことで、体型もいくらか変わり、周囲の者たちを欺こうとした。魔王を倒した勇者が鉄化の呪いにかかることはないだろう、と……。そうやって周囲を騙したんだ。ガオスという一般兵として帰還したおれを待ち受けていたのは、魔王軍の残党狩り……。魔女狩りも指示されたこともあった。やる気はなかったから魔法使いたちを追い詰めても、生かしたまま逃していたんだ。そんな風に要領よくやっていたら、おれの戦い方は戦上手と称えられ英雄と呼ばれるまでになってしまった。不本意だったんだがな……」

「勇者たちに関して、何か言われなかったのか?」

 イスカが尋ねるとガオスは、

「いつまでたっても帰還して来ない勇者たちに、死んだか、行方不明になったかどうかという噂が流れるのは、おれが意図的に噂を流さなくても自然な流れだった……。勇者たちの行方に関しては当時こういう噂が流れた。……勇者とその仲間たちは魔王によって深傷を負い、仲間たちに関しては死んだらしい……。そして当の勇者の行方はわからなくなった、と……」

 一呼吸間を空け、ガオスは続けた。イスカとエラリィは黙って聞いている。

「鉄化の呪いをかけた理由は他にもある。仲間を殺した自分の力を自分の中に封じようと外皮を固めた。そうすれば下手に力を解放したりせずに済むからな。ライトニングテイルは、アークレイクリスタルの力を解放した状態だ。時間の流れが遅くなり、その中を行き来し、敵を仕留められるのも、千年に一度と呼ばれるほどの力だからだ。そして魔王の絶大な魔力さえ無力化させる力でもあるからだ。ガオスと名を偽ったのも、罪を隠す狙いもあったが、勇者だと語る資格がないとおれは思っていたんだ……。おれは勇者ではない。仲間を殺した魔獣だ。人間の姿をした、な……」

 言い切ってしまった。

 これでは、自分が科人であると白状してしまっている。

 嘘でもついていればいいものを、自分から事実を告げるとは……。ガオスは思わず馬鹿正直な自分に苦笑した。自嘲するかのようでもあった。

「よくぞ、申してくれたな……」

 イスカが静かな語調で、

「貴様が正直に話してくれて、わたしもほっとしている。最初は依頼人と請負人との関係だったが、依頼を達成した今、貴様もわたしとの関わりを持たなくてもよかったはずだ。だが、そうして包み隠さず話してくれ、もはやそこには利害関係だけではない、仲間意識というものを感じられるのだが……、どうだろうか?」

「許すのか? 仲間を殺してしまったおれを……」

「わたしなんかが許すか許さないかを決められるわけがない。空の魔女であってもな……。それ以前に、貴様は臆する心を捨て、正直に打ち明けてくれた。それはわたしやエラリィを信じてくれているからではないか?」

 ガオスはイスカが自分を問いただそうとして、事実を告白させたのだと思っていた。

 ガオスからすると素直に話さずにいれば、罪に問われると若干恐れをなしたからだが、イスカは始めからそういう心積もりではなかったようだ。

 むしろ罪という吹き溜まりを勇気を持って開け放ったからこそ、受け入れてくれたのだ。

 イスカとエラリィがなぜ仲良くなれたのかは知らなかった。だが、一連のイスカの様子を見るからに、イスカは純粋な一面も持ちあわせているのだろう。だからこそ人と繋がろうとする言葉が、普段の態度とは裏腹に出てきたのだとガオスは思った。

「すまないな。厄介者になるかもしれないのに、受け入れてくれたようで。……ありがとう……」

 ガオスは礼を述べた。イスカはこう告げようとした。

「厄介なのはこの場にいる全員が同じだろう……。気にしなくていいのだ。その、ガ……ガオ……」

「ははっ」とガオスは自分の名を呼ぼうと努めるイスカに笑んだあと、

「別にそこまで気を回さなくていいぜ。ヘタレ魔女!」

 イスカの顔がかあっと赤くなった。

「きっ貴様……。せっかく人が名前で呼ぼうとしているところを……!」

「て、照れくせえんだよ……。おれだっていちいち名前で呼ばれたくねえんだ……。そこらへん察しろよ」

「子供臭いやつだな、猿頭!」

「お前のその容姿で言われたかねえ!」

 言い合いはやがて笑みに変わり、それを見ていたエラリィがくすりと小さく笑うと、一同は笑いあった。

「んで、いつクリスタルの塊をぶつける?」

「二、三日後……、とだけ言っておこう」

「妙に曖昧ね」エラリィの足の下から、シャドレスの声がした。

「なに、少しわたしにもためらいがあってな。猿頭には、明日にでもダガレクスに戻ってもらうことをお勧めする」

「そんなすぐに帰れる場所じゃねえぜ? それに帰れたとしても、命令に背いた罪で捕まっちまいそうだ」

「そういう時こそ、お得意のライトニングテイルだろう? それに大丈夫だ。城内にある空間短縮の間に入れば一気に帰国できる」

 空間短縮の間。

 四ヶ国の各城には王や各役割をもった政府高官などが、瞬時に他国へと移動できる、空の魔法が施された秘密の部屋があると言われている。ガオスはそれを忘れており、イスカから聞いて、なるほどと手をたたいた。

「私は?」

 エラリィがイスカに自身の役割を尋ねる。

「猿頭についていってほしい。空間短縮の間を利用した先は、敵地の中だからな。ガオスを捕まえようとする者や、マガラウザとは接近する形となる。だからエラリィとシャドレスの力でどうか猿頭を守ってほしい」

 わかったわ! とシャドレスは溌剌と答えた。

「敵地のど真ん中に貴様を放る形となるが平気か?」イスカが聞くと、ガオスは言った。

「おれのアークレイクリスタルはまだまだ現役だ。魔王とは一度だけ戦っただけだが、マガラウザと魔王が同一なら、力を存分に発揮できる……。心細さなんてものはねえが、エラリィ、お前はどうなんだ?」

「その話ならシャドレスが話したがっている。耳を傾けてみて」

 エラリィが言うと、彼女の影から四本足の動物のような輪郭が浮き出、

「しばらく血をお預けしてたから、大丈夫……。大量に血を頂けるなら、無謀って言われるくらいのことも易いものよ……」

 舌なめずりしたような音がシャドレスから聞こえてきた。

 ガオスはシャドレスの旺盛さに半ば呆れてしまったが、頼もしさも感じつつこう呟いた。

「やる気満々だな……」

 戦いが始まろうとしている。

 クリスタルの集合体である星は、月夜に輝き、ガオスたちを見守っているかのようだった。

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