第五章 魔女の告白③

「どういうことだ、マガラウザの奴め!」

 ゼイルが忌々しげに叫んだ。

 魔女狩りが始まってから約ひと月後。

 魔法使いたちの秘密の集会所では、生き残った数百の魔法使いたちが集い、苛烈を極めた魔女狩りの収拾をどうつけるか、話し合いがなされていた。

 岩山の麓に穴を掘って、地下に居住区を作った。そこが当時の魔法使いの根城だった。

 ゼイルは部屋の中央にあった広い机を拳で叩き、

「以前は俺たちを重宝していただろう。急に手のひらを返したのはなぜだ?」

 ホトンが小声で意見する。

「マガラウザ皇帝も病弱で、他者を受け付けない性格であったことは知られているわ。でも魔王の死後、どうやら性格が変わったらしいの。それが病が回復したからかどうかは知らないけれど……」

「このひと月ずっと逃げ続けた……。仲間も次々と殺され、ようやく生き残ったのは三百弱……」

 ゼイルの声が先ほどとは打って変わり、精気をなくしたように弱くなっていた。

 そこに物見からの報告が入った。

「伝令でございます。この基地の周囲を白虎騎士団が囲みました……。騎士団の団長ブルターラから、イスカ様を引き渡せとのこと!」

 それを聞いたイスカの体に稲光が走ったようだった。

「なぜだ……。なぜわたしだけなのだ……?」

 瞠目するイスカに、ダラスは力なき声で言うのだった。

「最五の魔女だからでしょうな……」

 言下に根城の中が静まり返った。

 皆それを聞き何を思っただろう。最五の魔女と言えば、雲の上の存在と憧憬の念を抱く者も大勢いる。そんな人物が、他の最五の魔女とは行動を別にしこれまで戦ってくれた。

 それにしては、マガラウザの出した一方的な取り引きは、まるで自分たちの命を翻弄させるかのように不条理だった。

「ダラス殿、その言葉は受け入れられない。すぐに訂正してくれ……」

 ダラスは黙ったまま瞑目した。イスカは叫ぶ。

「わたしは最後までお前たちと戦う! これは罠だ!」

 ダラスは頷きつつ、

「確かにその可能性もあり得るでしょう……。ですが、イスカ様がどういうお気持ちで戦ってこられたか。ここにいる全員が心得ていることです。……皆と話し合っていたことがあり、私はついにその時が来たのだと確信しました……」

 イスカには覚えのないことだった。

 辺りからすすり泣く声が聞こえてくる。

「ダラス殿、それは一体どういう……」

「イスカ様。下々の者である私たちと最後まで戦うという決意がおありであれば、私の今から言うことに従っていただきたいのです……。魔女狩りというこの局面を脱するために私たちも様々議論いたしました。刺し違えてでも最後まで抵抗する、そんな結論にいたろうともしていました。敵から逃れるために、少しずつ犠牲者を出さなければならない現状、一矢報いるために私たちはある結論に至ったのです。反対する者もいました。私たちの群れから離れる者もいました。しかし世は魔女狩りの渦中。ここから逃れられても、魔法使いであることがばれれば、密告され命を奪われるという危険もあるでしょう……。そうであれば、ということで至った結論……。どうか最後までお聞きください」


 燃える松明の薪が音を立てた。

 二ーゼルーダ城のバルコニーで、イスカの話を聞いていたガオスは、イスカが次いで話した内容に目を丸くした。

「ダラスはわたしよりも魔法使いたちを束ねるリーダーとして優秀な人物だった。そんな彼がその時いい放った言葉……。それは……」

 イスカは夜空に煌々と光る青白い天体を指差し、

「吉兆か凶兆かをもたらす謎の星、と以前貴様には言ったな、猿頭。あの正体は当時、生き残っていた魔法使いたちの魔力を命と引き換えに集めたものだ」

「な……!?」ガオスは驚きを隠せずその天体に目を凝らした。

「わたしが空の魔女であることを、当時の仲間たちは知っていた。逃げ場もなくなり、玉砕すら徒労に終わることも十分あり得た。だとするなら、彼らは何のために魔王軍と戦ったのか……。わたしは最後まで反対した。だが、ダラスやホトン、ゼイルも確固たる意思でその作戦に望みをかけていたのだ」


 泣きじゃくるイスカに共感するかのように、ダラスとホトン、ゼイルたちも涙声を漏らした。ダラスは再び語りだす。

「空の魔女であるあなたに、私たちは最後の希望を託したいのです。どうか、それが辛くとも、あなたの意思でマガラウザの住む城に、私たちのクリスタルを、最大限に魔法に変換させた塊をぶつけてほしいのです……」

「嫌だ……! そんなことできるわけがないだろう……!」

 涙が止まることなく、イスカは抵抗した。しかし、ホトンやダラスたちを含めた多くの魔法使いたちはすでに覚悟を決めていたようだった。

 入り口の方で大きな物音が聞こえる。岩塊で入り口を塞いでいたが、どうやらそれを破壊しようと、ダガレクスの兵が攻めてきたようだ。

「時間がありません……。イスカ様、お覚悟を……」


 二ーゼルーダ城のバルコニーに微風がそよいでいた。

 イスカは口元を震えさせながら話した。

「そのあとのことは筆舌に尽くしがたい……。あえて言うなら……。みんな光になった……」

 イスカは天空に浮かぶ月でも太陽でもない、青白い星を指さした。

「星になってしまったんだ……」

 イスカは指先で目の縁に溜まった涙を拭いた。

「彼らの強固な意思を止めることができなかった。逃げ場などなかった。ただ皇帝マガラウザの気まぐれで、ひと月延命されたと思うと、わたしは怒りしかわいてこない。彼らを止めても、いずれ訪れたのは魔女狩りだろう。ダラスが言っていたように、わたしは覚悟を決めなければならなかった……」

 嗚咽を漏らし、イスカは手すりを支えにしながらしゃがみこんだ。エラリィも膝を曲げ、イスカの背中に手を添えた。

 ガオスはイスカの気持ちをより多く汲んでおきたかった。

 マガラウザの起こした魔女狩りに対し、ガオスは心で反発していた。

 いくら周辺四ヶ国を統治した皇帝であろうが、人の命を嘲弄するかのようなその行いには、ガオスの胸奥から憤激がわき出てくる。

 魔王軍と戦うことを決めたダガレクス帝国に、魔法使いたちは反発するどころか余るほど貢献し、勝利へと導いていったはずだ。

 マガラウザのそれは忘恩とも呼べるべき、浅はかで傲慢な振る舞いだった。

 ガオスは泣き崩れるイスカの姿を見て、目前で光と化した仲間たちがイスカ自身の力でどうにもならなかった、その時のイスカの気持ちがどんなものだったか、想像しようとすればするほど、目を背けたくなった。

 苦しい思いを背負って、ここ二ーゼルーダまでイスカを守れたことを誇りに思うし、マガラウザを怪しんでいた自分の考えは間違いではなかったとも思う。

 そう確信したガオスは、イスカにこう声をかけた。

「お前の色んな苦しみをおれも共に感じたい。あの星をダガレクスの城にぶつけると言うなら、おれも力を貸そう。今度は護衛としてではなく、空の魔女の使いとしてな……」

 イスカは鼻をすすりながら立ち上がり、再び涙を拭った。

「感謝する。だがその苦しみはわたしだけが味わえば済む話だ。あの星の魔力は強力だ。城にだけぶつけることができたら、その波及は城下町にまで達するだろう。わたしは大罪を犯そうとしているのだ。共に感じたいと言ってくれたのはありがたいが、貴様にはダガレクスに家族や友人がいるはずだろう……。わたしの気持ちや過去の話はどうでもいい。貴様は貴様でなすべきことがあると思うのだ。どうかそちらを優先してくれ……」

 祖父のジンや、城下町の友人たちを避難させなければならない。イスカの言うことには従うべきだろう。

 ガオスにはもう一つ気がかりなことがあり、それをイスカに問いかける。

「マガラウザが他の最五の魔女を捕らえたっていうのは、やはりあの星を?」


 ダガレクス城内の客間に集められた、四人の魔女たち。地の魔女チリが、マガラウザに向かってこう言った。

「あの子ならきっとやり遂げようと頑張っちゃうんじゃないかしら」

 マガラウザは魔女たちの話を聞き、推測通りだったと悟った。

「やはりあの三つ目の星は、あの時の魔法使いたちの心像クリスタルが元だったか……」

 マガラウザが胸の前で腕を組んだ。悩んでいる、という仕草に見えたのは、四人の魔女たちも一様に感じたはずだ。

「あたしたちが集められた理由なんて、だいたいそんなところじゃないかしら?」

 そう……、とチリの言葉に首肯しつつマガラウザは手を机の上に置き、

「うぬらにあの星がこの城に降り注ぐのを防いでもらいたい。空の魔女に対抗できるとしたら、うぬらの力以外にないだろう」

「珍しいじゃねえか。マガラウザ陛下が防御に徹しようとするなんてよ……」

 火の魔女カリンが自分の顔を手で扇ぎながら言う。マガラウザはため息をつき、

「余ひとりでは敵わぬ相手だ。うぬらであれば、あの星に抗う術があるだろうと思ってな……。魔女狩りの勢いも終息しつつある。うぬらがあの星を弾いてくれたら、魔女狩りは中止にしよう。そして新たなる世代に魔法を覚えさせ、国の発展に欠かせない大人材として自由な生活を約束する……」

「一つ質問してもいいです?」

 風の魔女フーカが挙手した。

「あの星を動かすことにあの子は八年もかかってるです。それはなぜです?」

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