第五章 魔女の告白①
第五章 魔女の告白
山を下りて行く途中、異国の王都の景色が、開けた山の中腹から望めた。
西の国、二ーゼルーダ。砂漠に囲まれ、天候も先日のルーノのいた地域とは違い、暑さが充満するかのような気候だった。
道に沿って歩いていくと、少しの間木々の繁りに視界は遮られたが、すぐにまた開け炎を大いに含んだような熱砂と太陽の熱が、ガオスたちの頭上と足元から挟まれるようにして、如実に感じさせた。
大きな関所が見えてきた。
門の前に二人の守衛がおり、ガオスたちは守衛からは死角になる場所で、一度立ち止まった。
「どうする、ヘタレ魔女? バーセルさんから何か知らされていないか?」
「大丈夫だ、猿頭。少し待っていろ。空の魔女であるわたしと皇帝の命に背いた貴様がいるとなると、わたしたちは咎められる立場にある。先日、山で役人とすれ違ったときは上手くごまかせたが、またあのやり方が通用するとは限らん……。ちょっとその袋を貸せ」
イスカはガオスの背負っていた黒い袋を寄越せと言ってきた。
「何に使うんだ?」
「手紙をここに入れてあってな」
「人の入れ物を勝手に使うなよ」
「フハハハハ、よいではないか、猿頭」イスカの笑い方は実に虚無的だった。
「何がよいではないかだ!」ガオスは腕を胸の前で組み、「ったく、何様なんだこいつは……!」じろりとイスカを睨む。
イスカは手紙を取りだし、封を開けるとじっと書面に目を通した。
「なるほど……。同封されたこの許可証を守衛に見せればいいのだな」
ペラっとイスカがガオスに見せつけてきたのは、バーセルのものらしきサインが書かれた紙だった。
ガオスたちは守衛に近づき、許可証を見せた。守衛は事前に申し送りがあったようで、すぐに対応してくれた。
「この脇にある井戸から、まっすぐ進んでいけば、城の間近にある井戸に着きます」
促されるまま、ガオスたちは井戸に下ろされた縄を伝って、底に降り立った。
中は暗く、何か灯りをとガオスが袋をっまさぐっていると、イスカが魔法で灯りを作った。
手のひら大の炎だった。
暑さも届かないじめっとした井戸の中の道を三人は進んでいった。
城までどれくらいかかるかは、三人とも守衛に尋ねるのを失念していた。
しかし、どことなく心許ないイスカの炎は貴重なものだとしても、時おり関所の向こうにあったであろう町中の古井戸の下を過ったりすると、微かな光が差し、賑やかな庶民の話し声が聞き漏れてくる。
真っ直ぐ進めと言っていた守衛の言うことは素直に聞くべきだと、ガオスは歩きながら、いくつも枝分かれした道を進みつつ思うのだった。下手をすれば道に迷うことになるが、頻繁に利用されるているのか、真っ直ぐ進んでいる足元には所々石畳になっており、目印にと設置したものに違いない。
やがて目の前に上方からの斜光が射した。壁が立ちはだかり、進む術がなくなったかと思いきや、光を辿って上を見ていくと、一人の兵士が顔を覗き込ませ、
「空の魔女様ご一行ですね! お待ちしておりました!」
言うと、縄梯子を下ろしてくれた。
ガオスたちはその梯子を登っていった。
井戸から出るとちょうど城の内部へと通じる階段の裏手に出たようだった。
城だとわかったのは、その造りや威容さが、やたらと規模の大きなもので、階段の下から見上げると、城の入口となる壁の両側に太い石柱と巨大な石像があり、さらにその両脇には二ーゼルーダの国旗が垂れ下がり、風に揺らいでいたからだった。
黙っていたガオスは、イスカの台詞でこれが城だと言うのがはっきりとわかった。
「着いたぞ。ここが二ーゼルーダ城だ」
ニーゼルーダに到着したガオスたちは、衛兵の案内で、表の入口ではなく、裏手から回ってニーゼルーダ城の玉座までやってきた。
階段の上にある高い玉座には、ニーゼルーダ国王、グーレタが一人、鎮座していた。
「よく無事にここまで来られたな、イスカ殿」
肩幅が広く背も高いグーレタ王は、冠を頭に被り白い胴衣を身につけていた。イスカを穏やかな声音で労い、微笑みかける。こけた頬骨は口元から覆う白い髭に隠れていたが、いくら髭に埋もれた顔つきでも、ダガレクスが統一した大陸、カーナゼノン随一の温厚さを持つと言われる人物だからか、笑顔を浮かべているのは誰の目にもわかった。それは今述べた台詞からも窺える。
玉座の脇の壁には、今は亡きニーゼルーダ女王の大きな肖像画が飾られていた。
ガオスたちは片ひざを床につけ、王に旋毛を見せていた。
イスカが面を上げ、
「国王様、この度はわたしのわがままを聞いてくださり、心から感謝いたします……」
「わがままなんぞとんでもない!」
グーレタは大きく首を横に振り、
「空の魔女であるそなたを迎え入れることができるというのは、国にとっても私にとっても誇り高いことだ。そなたを敬う民衆も多くいる。できれば長い期間この国にいてほしいものだが、隠密行動であれば、民に広く知れ渡るのは避けねばな。だがそれも民の安寧へと通じよう」
「ありがたきお言葉……」イスカは再び深々と頭を下げた。
「そなたら二人もよくぞイスカ殿を守り無事にここまで送り届けてくれた。礼を言うぞ」
「ありがとうございます」ガオスとエラリィは床を見つめたまま、王の厚意に感謝した。
「ところで国王様……」イスカが申し出る。
「バーセル様は今どちらに? 一言お礼を申し上げしたく……」
「バーセル殿は今、よその国へ出掛けておる。多忙な身ゆえ、バーセル殿と会うのはまたの機会になるだろうな」
「そうですか……」
「イスカ殿も知っているいるだろう。バーセル殿は寛大な心を持っている。今すぐに礼をせずとも、怒りに触れるような人物ではない」
はい……、とうやうやしく、イスカはさらに頭を下げた。
そこで扉を開ける音が大きく玉座に響き渡った。
「父上、二千連勝に達しました!」
声を張り上げながら入ってくる若い男。グーレタは男に対し、落ち着き払った様子でこう述べた。
「シュンゲル、まだあのゲームにはまっているのか?」
シュンゲル……、ニーゼルーダの王子か……。ガオスはまだ跪いている途中だったが、密かにそう思いつつ、シュンゲルの顔を眺めた。
茶色い髪は額の中央でわかれ、長さは肩まで達している。褐色の肌に整った顔立ちは、父であるグーレタとは異なるが、王に対し馴れ馴れしい態度で接するのは、王の血筋であることは違いないのだろう。しかし客人がいる前で堂々と大声を上げながら入ってくるほどである。大人びている容姿は見た目だけのようで、まだ子供染みた行いを臆面もなく見せつけるのは、箱入りなのか、世間知らずというものを感じさせた。
「二千連勝とはこれまた新記録だな」
はい、とグーレタの言葉に嬉々として頷きシュンゲルはこう続ける。
「僕に勝てる者なんてそういないでしょう。何せ二千連勝ですから!」
ちら、とシュンゲルの細い目がガオスたちに注がれた。
「客人ですか、父上?」
「そうだ。空の魔女様ご一行だ。……シュンゲルよ、今は客人を労う時だ。少し席を外してくれないか?」
グーレタの注意に、シュンゲルは聞く耳を持たず、ガオスへと近寄った。
シュンゲルは頭を垂れるガオスの顎先を強引に引き上げ、
「なかなか手練れた戦士の顔をしているな。名は何と?」
「ガオスと申します」
「ゴーレムゲームは知っているか?」
シュンゲルの言うゴーレムゲーム。ガオスが子供の頃から存在する、魔力を使用して遊ぶテーブルゲームのことだ。一対一で互いに拳大の小さなゴーレムを盤上に立たせ、盤の両端にある凹みに埋め込まれた、丸いボタンを連打するとゴーレムが動き、どちらかのゴーレムを倒せば勝利というゲームだった。魔法を使うに微妙な力加減が必要で、慣れるのには時間がかかるのと、魔法を習っていないと遊ぶことができない特殊性から、魔法に傾倒している者か、魔法を習わさせるほどの収入がある貴族や財産持ち、またはシュンゲルのように高い位の者たちに普及したゲームだった。
「存じております」ガオスが言うと、シュンゲルはガオスの顎にあった手を放し、
「勝負だ」
は、と聞き間違いかと思ったが、
「僕とゴーレムゲームで勝負しろ、ガオス」
「シュンゲル!」グーレタが大声でシュンゲルを諌めようとする。
「場をわきまえろ! 少し下がっておれ!」
さすがのシュンゲルも、グーレタの怒り方に尋常ではないものを感じたのか、
「失礼した。あとで遊技場へ来い」
「わかりました」
片膝を床につけたまま、シュンゲルの誘いにガオスは乗った。
王との謁見を済ませ、ガオスたちはシュンゲルの待つ遊技場へと足を向けた。
石造りの城というのは珍しくはなく、ニーゼルーダ城の内観は石を積み立てた造りで、どこか涼しげな空気が漂う。
シュンゲルの特異な性格は、グーレタやニーゼルーダ城内の一部の人間とは旧知である、イスカが教えてくれた。
「王子には勝つなよ、猿頭」
「そりゃおれだってそこら辺のことはわきまえているさ。王子に花を持たせるくらいのことはな。それでも一応、もし勝ってしまった場合のことは聞いておこう、ヘタレ魔女」
「王子はつい先日、二十歳になられたばかりだ。国全体で祝いの場が設けられたくらいに民からも信頼されている。しかし、グーレタ王様は息子のシュンゲル王子があのテーブルゲームにご執心なことを嫌がっている。大人になっても未だ子供の遊びに熱中しているのか、とな。シュンゲル王子に負けなければならない理由は、王子が勝ちにこだわりすぎている点だ。王子がまだ十六の時に、城でも魔法に覚えのある家来とゴーレムゲームをして遊んだそうだ。結果、家来が勝ってしまった。王子が敗北して取った行動、それは勝った家来を斬り伏せたということだ。貴様は鋼鉄の体を持ってはいるが、斬れないことを知った王子はどうするだろうな……。貴様を牢に放り込むか、マガラウザに書簡を出し、貴様をダガレクスにまで強制的に送還させるかのどちらかだろう……」
「窮地じゃん、おれ……」ガオスが嘆くと、うしろにいたエラリィがぼそっと呟いた。
「絶体絶命……」
「まあ、負ければいいだけの話だ。二千連勝というのも、相手をしたのが城に仕える人間ばかりだからだろう。殺されないよう、負けさせてやっているのだ」
「マジやべえ。絶対に負けよう……」
クックック……、イスカはなぜか不気味な笑みを浮かべるのだった。
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