第四章 エラリィの悩み③

 一夜が開けてから、エラリィとイスカは、緑力の実を探した。

 ルーノが描いてくれた木の実の絵を元に、厩舎のぐるりをくまなく調べた。イスカやエラリィたちの背を覆い隠すくらいまで生えた雑草を掻き分けなければ発見は難しく、朝から晴れ間が続く今日、二人の額には汗が滲んだ。

「愛用の刀は置いてきてよかったのか?」

 イスカは探すことよりもエラリィと一緒にいる時間を楽しんでいたいようだった。

 エラリィは嬉しく思いつつも、自分の責務だと感じ、イスカにこう言ってしまった。

「手分けして探す……。あまり近くにいては意味がない」

「え、エラリィ……」

 イスカは目を丸くした後、しくしくと目尻に溜まった涙を拭きながら、

「どうしてそんなに冷たくなってしまったんだ……」

 イスカは立ち上がってエラリィの返答を待っていたようだが、一向に返事がなかったため、別の場所へと移動していった。

 ――ごめんなさい、イスカ……。

 罪悪感がありつつも、エラリィは自らを省みるためにガオスのことを考え始めた。

「そもそも私が殺し屋という職業に問題がある……。でもそれは……」

 頭の中で整理しようと考えを深める。殺し屋という生業は棘の道。自分の利のために他者を殺めなければならない。そうして得た利益は当然仕事とあって、その仕事ぶりが信用に繋がる。あいつは人を殺すことにためらいがない……。そう評価されることは悪人と同じ域にいながら、雇う側に絶大な信頼を得ることになる。

「だが、シャドレスと会わなければ、私はどこかでのたれ死んでいた……。私が『淀』を振って身を守れるのもシャドレスと繋がりを持ったからこそ……であればやはり私は……」

 短絡的な思考かも知れなかった。エラリィはそう思ってもやがてこういった結論に行き着くのだった。

 ――やはり私は、イスカやガオスたちと一緒にはいられないのか……。

 いや待て――。

 エラリィは頭を振った。少し落ち着いて考えてみよう。今出た結論は至極真っ当であるが、そうすればイスカが残念がる。イスカたちと仲間になって、自分の心持ちが一人でいたときとは明るくなったのは確かなのだ。

 イスカたちとは行動を別にする、という結論から一端離れ、そこで考えられる反省点とは何か……。

「ガオスと親交を深める……そうだ、この旅が終わるまでに、ガオスの趣味嗜好を聞いておくんだった」

 しかし今は病床に伏している。

「であれば木の実を集め、ガオスの病を治すのが先決……」

 瞬間、ガオスの笑顔がエラリィの瞳の奥に浮かんだ。

 屈託なく笑う、大人なのに子供のような笑顔。輝く笑顔からは、エラリィへの感謝を込めた言葉が放たれる。

「ありがとう、エラリィ……」

 そしてエラリィの頭を撫でるガオス。

 赤面して、小声で呟いていた独り言が、大きくなる。

「いやいやっ! 私は何を……! だいいちガオスにはイスカがいる……」

 思考はエラリィの発した声に反してどんどん深まっていく。

 ガオスの大きな手で、エラリィの白銀の髪に触れられる。今までされたことのない、頭を撫でるという行為はどういった感触なのか。

 鋼鉄の体を持つ男、であるなら、その手触りも硬く冷たいものであるはずだ。

 それでもエラリィは自分の行ったことがやがて、ガオスにとって最大の利益になると、彼女の妄想はとどまることを知らず、度を増していく。

 興奮して顔が真っ赤になるエラリィだったが、唸って頭を掻き乱し数分経ってからようやく冷静さを取り戻した。

 やるべきことはすでに見出だしている。

 実の採集と、ガオスの好きなものを聞く。

 それしかないのだ。

 と思っているうちに、目の前の草むらから向こう側が覗けているのが見えた。

 道がある。高く伸びた草が恐らく誰かによって足で押し倒され、道を作ったのだ。

 エラリィはイスカに声をかけず、その道を辿っていった。


 森の中にまでその道は続いていた。ここまで来ると、木の実云々よりも好奇心の方が強くなる。ルーノが言うに、ここら一帯の木々にも緑力の実が成っているとのことだ。ならば行き着いた先に実がある可能性もある。

 草を踏み倒した道を行くと、視界が開け、古ぼけた建物が見えてきた。

 以前はここも家畜を飼っていたのかそれなりに大きな建物は、そこら中が廃れ、壁や屋根に穴が空いていた。

 遠慮なく中へ入っていこうとすると、野太い声が背中から降りかかってきた。

「女の子がこんなところに迷い混んでちゃ危ないだろお……」

 エラリィが振り向くと、周囲を大柄な男たちが囲んでいた。

 ――もしや、役人が言っていた山賊? だとしてルーノさんが襲われなかったのは偶然?

 そう思った瞬間、男たちの一人がエラリィの死角から袋を被せてきた。


 大分日も暮れ、辺りの景色もオレンジ色に染まり始めた。

 イスカは十個ほどの緑力の実をルーノの元に持ち帰った。ルーノは眼鏡の奥の目を丸くさせ、

「余るくらい持ってきてもらったね。ありがとう。余った分は君たちに持っていってもらおう」

 ガオスはまだ熱にうなされていた。

 鉄が熱を発しているからかベッドの周りはどこかむしむししている。

「エラリィは見ませんでしたか、先生」

「いやあ見てないねえ」

 キッチンで一作業するルーノは、片手間にそう答えるだけだった。

「ちょっと探してくる!」

 イスカは部屋から出、エラリィを最後に見た草むらへと向かった。


 エラリィが森の方へ歩いていった痕跡がある。草を踏んでいきながら道を作ったようだ。

 そこを辿ってやがて到着したのは、古めかしい建物だった。

 闇が迫りつつある。急いで探さないと、と焦りが出始めたが、建物の中を見て愕然とした。

 エラリィが縄で縛られ宙づりにされていたのだ。

「おやあ? 今日はやけにお客さんが多いねえ……」

 十人ほどの大男たちが、エラリィの下でたむろしている。

「エラリィ、大丈夫か!」

 迂闊に名を呼んでしまったことにイスカは思わず口を手で抑えた。

「仲間だったか……」

 男たちを掻き分けて出てきたのは、白髪交じりの壮年だった。

 ――こいつら、数日前にわたしの乗る馬車を襲ったやつらか!

 魔法で取り囲んだ男たちを弾き飛ばそうとしたが、イスカは男たちの一人がエラリィにボウガンを向けているのを見つけ、白髪交じりの男が歪んだ笑みを見せながらこう言った。

「変な動きしやがったらこの娘の命はないぜ?」

 見るに、エラリィは今朝から影刀を携えていない。現状それは、エラリィに危険が迫ったときに無抵抗になることを意味している。

 イスカはただ呆然と立ち尽くすことしかできずにいた。


 緑力の実を水洗いし、それを夢うつつのガオスの口へと運んでいくルーノだった。

「大丈夫かい?」

 噛み砕いたあと、軽く咳き込んだガオスは水を口に含んだ。

 しばらくしてから大分熱が治まってきたことに気付く。

 ルーノの問いに答えなかったガオスはまだ起き上がることもできず、瞼だけを開けた。

「先生、ありがとうございます……」

「いやいや、これも何かの縁。医者が病人の手当てをするのに、利害関係などというものは度外視でしょう……。しかし結構な傷を負ったようですね。大事そうにその小箱もずっと握っておられたようですが」

 木でできた小さな箱は、一晩ずっとガオスの手にあり汗まみれだった。

「……これは仲間の形見なんです。魔王軍と戦って、仲間は命を落としました。その遺品が入ってましてね。死ぬも生きるも一緒……。だからこんなときでも大事に持っていたいんです」

「そうですか……。私にも家族がいましてね……。山を下りて患者さんのところに行っている間に悪者に襲われ、帰らぬ人となりました……」

 ぞくっと背筋に悪寒が走った。

 その原因はすぐにわかった。自分が横になっているベッドの頭の方に、エラリィの愛用の武器が置いてあったからだ。

 ――まだこいつには慣れてないってことか……。いや、でもこの感覚は……。

「大分落ち着いたかしら、ガオス?」

 シャドレスがガオスの調子を尋ねる。

「まあな……」

 ルーノが声を弾ませて、

「お付きの女の子たちが木の実を探してくれたんですよ……」

「そいつらはどこに?」

 ガオスが部屋を一巡してもイスカとエラリィの姿はない。

「聞いて、ガオス……。今アタシがここにいるってことはエラリィの体との連結ができていないってことになるわ。それはあの娘の生命力を維持する魔力に限界が近づいているってことでもあるの……」

「それはヤバイな……」

「アタシには見当がつきそうだけれど……。でもあんた、アタシやエラリィを心では嫌っているのよね?」

 本音を垣間見ようとしたのか、シャドレスは思いきったことを聞いたなと、ガオスは思った。しかし、質問の内容はガオスの思っていることとは正反対とも言えるものだった。

 シャドレスは続ける。

「この前の川原の時や、この牧場跡まで行き着く間、アタシやエラリィを避けているみたいだった……。いえ、別にアタシたちはそれでも仕方がないって思ってたのよ……。あんたを殺しかけたようなものだし、そう態度をとられても当然だと思ってた……。ごめ……」

 シャドレスが謝ろうとしたのはわかった。だがガオスのその場で出た一言は、シャドレスの謝罪を遮った。

「ここしばらく体が熱っぽかったからな。風邪だったら移しちゃいけないと思ってある程度距離を取っていたんだ。川原の時は、鍋を洗う下流の方で、エラリィが顔を洗おうとするもんだから、自分から動こうとしたんだ。まあ、鍋はほとんど洗い終わっていたから、すぐに寝床に戻ったんだがな。そっか。誤解させちゃったみたいだな……」

「そういうこと! じゃあ『淀』に対しての恐怖心とか、アタシたちへの嫌悪感とかは……」

「今さっき背筋に悪寒が走ったのは正直なところだが、おれたちはもう仲間だろ? 恐怖心も嫌悪感も抱いちゃいない……」

 そう言ってガオスは立ち上がり、ピローの近くにあった「淀」をそっと掴んだ。

「このとおり、あんたのことももう平気だ……。んで、エラリィたちの場所は?」

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